第26話

* 岡引探偵事務所


 美紗は、7月26日日曜日の朝から、丘頭警部から貰った似顔絵と睨めっこをしている。

 一心はヒント4の土台建設関係で集めた複数の写真と睨めっこをしている。

 静は丘頭警部から提供された総見証券の取引先一覧表と睨めっこをしている。

 数馬は「電子錠はこうして開ける」書と睨めっこをしている。

 一助は恋人の三条路彩香(さんじょうじ・あやか)の画像と睨めっこをしている。


「あのさー」揃って声をあげる。

「ふふ、美紗はどうした?」一心は皆一斉に声を上げたのが可笑しくて、笑いながら美紗に声を掛けた。

「ふ〜む、この似顔絵さあ、ネットで色々購入したおばさんだけど、実在はしない。黒子に着目するとアメリカに行った総見幸子。でも、帰国していない。ってことわよ、総見の血縁関係とか体形似た人が、黒子付けて装ってるって事じゃ無いのかな?」

一心は、美紗のその考えもありだと思う。

「そうすっと、関係者に体形似たおばさんを探すって事だな。黒子は除いて。だな」

「そう、そう思った」美紗が頷いた。

「次は、静か?」

「へえー、総見はんの取引先にな、田鹿浦議員も田鹿浦貿易もあるんや。そうすっとな、田鹿浦に関係ある役員はんとか、秘書はんなんかも総見はんとこで株買うてる人いるんやなかな思てん。でな、その中に総見はんと個人的に親しいお人がいるちゃうかなと思おて」

「ん〜、犯人像な。無いとは言えない。まして今、容疑者が浮かんで無いからな。可能性はあるな」

「そやろ」静はそう答えたが、一心は、名簿を当たるのは一人じゃ無理だと考え、それで残りの二人に先に声を掛けた。

「数馬は?」

「えっ、俺、電子錠の開け方研究だ!」

「何?お前開けられない鍵あるんか?」

「開けられるけど、時短じゃ」

「なる」

「一助は?」

「はっ?俺?・・俺は、彩香可愛いなと・・」

「バカか!とっととデートにでも行ってしまえ!」

「良いのか?」

「ダメ!」

「だよな・・なんかやる事、言えや!一心は、何か考えてたんじゃ無いのか?」そう一助に言われ「うむ、土台建設の借りてきた写真に、いつも写ってる奴がいるんだ。そいつが誰かなと思ってさ、今日から当たってみるかなと思ってるんだ」

「じゃあさ、今日から少しは自分の考えで行動してみようぜ?1週間してまた話し合うって、どう?」

「そうだな。美紗の意見で行くか。一助は静の手伝いだな。軒数多そうだもんな」

「へえ、そうしまひょ」

「数馬も静の手伝いだな」

「へい、一助!数馬!手分けしてさっさとやりまひょか」

呼ばれた二人は、静の手鈍さを知っているから、暗黙に議員関係は数馬、総見関係は一助と分けて、静が着手した人だけ静に任せる方法で話をつけた。

それを知らない静が「ほな、数馬、一助分担しまひょ」とやる気だけは一杯。

「静は何処から着手すんの?」数馬が訊く。

「へえ、株主一覧の上から順にあたろか思おてる」

「じゃあ、数馬が議員関係。一助は株主一覧の最後から着手するわ。いいか?」

「あら、はよおおますな。一助はどないや?」

「それで、決まり。じゃあ行ってくる」

一助はそう言って名簿をコピーし、一部を取ってカバンに入れ階段を走って降りてゆく。

それを追うように数馬もコピーを持って出ていった。

「ほな、あて着替えてから行くことにしまひょ」そう言って奥に引っ込む。

 

* 浅草警察署


 一心は真っ直ぐ浅草署の丘頭警部のところへ行って、自分らの調査報告を始める。そして気になっていた写真に写っていた若者の話をする。

「一心、それ四国斗一じゃないの?」

警部に言われドキッとする一心。

「えっ誰それ?」

「あら、ヒントの関係者名簿あげたでしょ」

「あ〜貰った」

「その中の土台建設の関係者の中にいますわよ。探偵さん」

にやにやしながら写真を一心に差し出す。

「この人でしょ?」警部が指差す写真の男の顔を見る。

「あっそうだ。四国斗一って言うんだ。なんだ。で、調べは進んでんのか?」一心はこれから調べようとしたことが、既に捜査済みと聞いてちょっと力が抜けた。

「土台三光に世話になった。というとこまでね。次々事件でそこで止まってるわ。行くの?」

「おー、どの程度の恩義を感じてるか確かめる。それと事件の時のアリバイとな」

「アリバイはあるようよ。そこだけは本庁も真剣にやってるみたい」

警部は本庁の中途半端な捜査に不満がありそうに口を尖らす。

「それの資料は?」

「そこの山の中」

 警部の机の隣に大きなテーブルがあって、そこに20センチほどの高さの山になった資料が、テーブルの半分を我が物顔に占有している。

「これ、全部今回の事件絡みか?」

「そう、手が回らないのよ。ついでに整理してくれると助かるなあ」ずるい笑みを浮かべる警部。

「ちぇっ、小間使いじゃ無いっつーの」とは言ってみたが、四国の資料をもう一度一から調べ直すのは大変だから、片付け始める。

「あらー悪いわねえ、一心さま。お昼ご馳走しますわ」警部はにやにやしている。

「おー、焼肉な」

「分かりました。カツ丼ですね。ふふふ」

「けっ。何でも良いや。しゃーない」


 本当に昼までかかって、ヒント毎に資料を分けた。身代金奪取の場面は別に。脅迫状やメディアは順に並べた。

「一心!出前きたわよ。カツ丼で悪いけど我慢してね」ウィンクするが可愛くは無いと思う一心。

 それでも、資料を読むと四国の情報が足りないと感じて、記載されていた住所に行くことにした。

勿論、食べてからだ!


* 千葉県松戸市


 目的地は新京成電鉄の松戸新田駅から松戸運動公園に向かって5分ほど歩いた住宅街にあった。

 仕事場の自動車修理工場は自宅から西へ常磐線を越えて10分ほどのところにある。今日は日曜日で工場は休みでシャッターがおりていた。

電話を入れておいたので四国斗一(しこく・といち)は自宅で待っていてくれた。部屋はリビングの他にもう一部屋ある古いが綺麗な感じのアパートだった。母の美希(みき)と同居しているというので、カフェで話そうと外へ連れ出した。

一心はコーヒーを頼んで早速口を開く。

「土台三光さんとの関係をお願いします」

「おっちゃんには母ちゃん共々世話になりっぱで、行方不明になっちゃって、悲しいです。恩返しを一杯しようと母ちゃんと話していた矢先だったんで」

大人し目の話し方をする青年だと思った。暗いと言った方がピッタリかも知れない。

「いなくなった理由は聞いてる?」

「あ〜、いなくなる前、おっちゃんが騙されたって言ってた。変な噂で仕事が急に減って、それで金借りることになって助かったって言ってたのに、急に金返せって言われたって、そんで返せなかったら、仕事を貰うって言われて、建設工事とか土木とかみんな取られて、実質、潰れたのさ。つまり、破産っていうか」

「それで、今の会社を自分で探したの?」

「いやぁ、おっちゃんがいなくなる前にこっちで働けって、自分の友達できちっとした人だから、と言ってオレを今の社長に紹介してくれたんだ。職種は違うけどお前なら務まるから、今の家から通えるし頑張ってなって言ってよ、そんで今の社長が良いよって言ってくれたんだ。その二日後くらいにおっちゃんいなくなった」

「誰に騙されたとか聞いた?」

「ん〜と、田鹿浦なんとかっていう偉い人だって聞いたぜ」

「で、君はその人を怨んだりした?」

「まあね。それよっか新しい仕事覚えるのが大変だったから、忘れた」

「お母さんは、その事をなんか言ってた?」

「母ちゃんは、同じパートを続けてるから特には・・」

「君の休みは?」

「日曜日だけ。土曜はたまあに社長が、今日はこれで止めようとか言って、だから、突然午後休みになることはあった」

「そうすると、土曜日は仕事なんだ。今年の4月、5月は有給とか取らなかった?」

「そんなの無いし。だから、本当に暇な時以外は、休みたいと言っても、それ終わったらなって言われるから休めない」四国はそう言って笑った。

「あと、モーターボートとかの操縦はできる?」

「オレ、できない、だから、おっちゃんに何回か母ちゃんと一緒に海に言った事あるけど、そん時おっちゃんが操縦してた」

「母さんは何やってるの?」

「スーパーのレジ打ち」

「休みは?」

「店が決める。週3日休み」

「出勤はタイムカード?」

「ははは、そんな贅沢なもの無いよ。表に事務の姉ちゃんが手書きすんだ。そしてひと月経ったらコピー渡されるんだ」

「ほー、その表、後でコピーでいいんだけどもらえる?」

「何で?」

「君知らないかな、最近の誘拐事件。田鹿浦議員が脅迫されてるやつ」

「あー、知ってる。で、オレ関係あるの?」

「ほれ、悪事のヒントに土台建設ってあって、だから、そこで働く若い人の調査をすることになってるんだ」

「探偵さんもやるの?」

「実は、警察の中では有名な探偵なんで、今回も捜査の手伝いをしてるんだ」一心はちょっとだけ鼻を高くした。

「へー、なら良いよ。うちのプリンターでコピーしてあげるよ」

「助かる。ありがとう」


 帰りがけに貰った、二人の4月以降の出勤表をみると。二人とも事件の日は出退勤の時刻が書いてあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る