第21話
* 千代田区の国営放送局
6月27日月曜日朝9時、十勝川キャップが出社すると、机に小包が置かれていた。
送り主を確認すると山田太郎と書いていた。
毎回郵送で、警察もどうして配送業者から送り主を特定しないのか?と疑問に思って、ビルの管理人に訊いてみた。
「あのー今朝来た小包みはこの大和近距離配送が持ってきたんでしょ?」
「そうです。制服を着ていました。最近よくそこが封書とか小荷物とか持ってきます」
「そう、わかった、ありがと」
十勝川は大和近距離配送に電話を入れてみた」
自社名と送付書に記載されている配達番号を読む。
「ちょっと、待ってくださいねえ・・」
電話を受けた係の人がそう言って、かちゃかちゃキーボードを叩く音がする。
「あれー、番号間違いないですか?その番号の受付票が無いんですが。そもそも、番号の頭が数字ってのはおかしいんですよね。機械で印字するんで、頭は、dky、の三文字から始まるんです。会社の頭文字なんだよなぁ」
「え〜、来たのは手書きで書いてるわよ!じゃあ、これ、用紙はお宅のだけど、誰かが書いたってことね!」十勝川が確認すると「多分そうじゃないですかねえ」と係の人が言う。
「そう、わかった。ありがと」
十勝川は即、警視庁の万十川課長に電話を入れ、その話をした。
課長は送付書の手書き部分の鑑定をする為、関係者の筆跡を集めていた。1件目の時からやっていたそうだ。しかし、誰とも一致しなかった。それで、その大和近距離配送に確認したら、時間外とかで配送者が受け付けることもあるので、そう言った場合は運転手や補助人が記載するので、手書きもあり得るという事なんだ。
「なんだ、会社の電話を受けたやつが私に適当なこと言ったってことね、くっそう、問題なしで良いんですね」
「ああ、それに疑問があったら警察は真っ先に調べるよ。十勝川キャップ、焼きが回ったかな、ふふ」
「はいはい、そうかもですね。失礼しました」
「それだけか?」
「あっそうだ、肝心なこと忘れてた。来たんですよ封書!身代金は29日東京湾のボートって書いてます」
「誘拐だ」課長がボソリと言う。
「もう電話が入ってるんですね?誰です?」
「そのメモにも書いてあるはずだが、大分寺葵(だいぶんじ・あおい)20歳だ。田鹿浦の事務所と貿易会社と両方の顧問弁護士だ」
「え〜っ弁護士には護衛がついていたのでは?」
「家族にはついていなかった」
「それは手落」十勝川は指摘する。
「そう言われても仕方がないが、関係者10名、その家族を含めると50名を超えるんだ。限界がある。犯人が護衛の付いていない人間を誘拐したとするなら、何十人護衛しても、防ぎきれない」
「確かにね。で、今回は2億円です。10万円の発見をテレビでやったでしょう。それを見て、やっぱり番号控えたね。罰として倍にするって、メモに書いてある。他の要求は同じ、議員のヒントの悪事を暴露することよ。それと、子供二人の命の保障ができなくなったとも書いてあったわよ」
「丘頭警部が大分寺宅に行ってる。向かってくれ。こっちに現物な、一応指紋など確認するから」
十勝川は、了解、と返事をしてクルーに誘拐事件の発生を知らせる。
「高瀬、脅迫状が来た!一緒に被害者宅行くぞ。それとコピー4部くらい取って、誰かに警視庁行かせて、脅迫状の原本と送りつけてきたバッグ二つ持たせてな。ただし、お前らの指紋付けるなよ。それと岡引探偵にもメモを渡してくれ」
* 大分寺孝介宅
1時間後、十勝川は荒川区の大分寺宅のリビングに座って、丘頭警部にメモを渡した。
「お孫さんが大変なことに」挨拶する十勝川に「いや、心配していた通りの事になってしまった。俺の護衛なんか良いから、孫の護衛してくれと何回も警察に頼んだんだが、手が回らないとか言ってこのざまだ」
「私も万十川課長に聞いたらそんなようなこと言ってましたわ」
「さっき、田鹿浦宝蔵に電話で孫の命が一番だから、知ってることは全て告白すると通告したんだが。余計なことはするな、と言うんだよ奴は。自分の子供が殺されても何とも思わないのかもしれんな、議員であることが一番なんだ。命より議員。情けない人間だよ」
「弁護士として何を知っているんですか?」
「明日の朝までに文書にします。会見はしませんが、それをテレビで読み上げて頂いて結構です。私は顧問弁護士を解任されたら、次は孫と幸せに暮らすことだけを考えますよ」
「あなたが、話してもお孫さんを返すとも思えませんが」
「かもしれん。かもしれんが、今の俺にはそれしか出来んだろうがっ!」悔し涙を流して作った拳をワナワナと震わせている。
「犯人からの電話は今朝ですか?」
大分寺氏は一呼吸置いて「え〜、昨夜帰って来なくて、心配で夜中に警察には届け出たんです、電話は朝7寺半頃だったかな、なあ母さん。」
「そ・・」それだけしか言えないのだろう。それもか細い声で。俯いてずっと目頭を押さえている。
「我々も少しは議員の悪事を暴いたんですが」十勝川がそう言って、腕組みをしなおして「上司に確認しないとはっきり言えないんですが、局が掴んだ悪事を放送しようかと」
「だが、田鹿浦が認めんと、ダメだろう」
「そうかもしれませんが、犯人の人間性に訴えられるのでないかと。周りがこれだけ一生懸命悪事を暴こうとしていると、時間は掛かっても暴くだろうと、思ってくれることを祈って、です」
「議員より殺人犯を信じたいと?」大分寺氏に言われて、自分のやろうとしていることはそうなるな、と思い、人命より保身を優先させる田鹿浦を憎く感じる。
「そうも言えるかもしれません。大分寺さんと同じ気持ちですよ。今できる最大の努力をする。それだけです」
「ありがとう。頼む、孫を。まだ、たったハタチになったばかりなんだ!葵を救いたい!」大分寺氏は頭を下げ膝の上で拳を強く握っている。
「これから議員のところへ行って、すべてを話せと掛け合ってみてはどうです?議員なら言い方を考えろ!と」
「あ〜そうだな。やれることをやる。か」
「はい、そうですよ。大分寺さん」
「これまで、散々警察とかマスコミとかとやり合ってきたのに、こんな風に警察やマスコミを頼りにするとは、我ながら変われば変わるもんですな。ふふ」大分寺氏は苦笑し天を仰いだ。その目には涙が溢れていた。
「大分寺さん、それだけじゃないですよ。警察が頼りにしている岡引探偵も我々と共同戦線を張って、走り回ってますよ」
「そう、ありがとう。じゃ、早いうちに議員の所へ行って、話してみます。色々ありがとう」
そう言って大分寺氏は立ち上がり、自宅を出て行った。
自宅には丘頭警部を筆頭に数名の警視庁の刑事がいるので、十勝川は岡引探偵事務所に寄って帰ろうと、腰を上げた。
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