第19話
* 総見証券(株)
5月13日月曜日。ヒントの5番の捜査を担当する太田黒警部は部下を連れて総見証券を訪れている。
応接室で対応してくれたのは、受け取った名刺に専務理事遠辺野道子(とおべの・みちこ)と書かれた女性だった。
「行方不明の社長さんだった総見幸子さんを探しているのですが?」太田黒が切り出す。
「田鹿浦議員関係ですかしら?」と訊き返され「はい、現在も筆頭株主になっておられますが、その背景を探ろうと動いてます」太田黒はそう言って専務の様子を窺う。
「議員に私の言うことが知れたら、私、解任されますので、極秘、と言うことでよろしいですか?」専務は身を乗り出して小声で囁くように言った。
「はい、勿論です。それで、先ず株式を売却された方を含めて、株主一覧がありましたらいただきたいのですが?」
太田黒の依頼に専務は、分かった、そう言って内線で人事課に指示をして、名簿を持って来させる。
「これは、公開している株主名簿です。議員が筆頭になる2年前の名簿となった後の名簿です。これで判断してくださる?」
専務はちょっと厚手の名簿をテーブルに置いた。
「ありがとうございます。助かります」太田黒は部下にそれを渡す。
「で、当時、この会社の株価は好調な業績を反映して上昇していました。それで多少の株式を持っていた田鹿浦貿易がさらに株式を買い始めようとしていると噂が流れたの。
そしてどこから出たのか、社の噂が流れたようなんです」
「ほう、どんな噂ですか?」
「不良債権を大量に抱えて、今期収益が赤字になる。とか、数億円にも上る横領があって、それをひた隠しに隠して、国税が手を入れる準備をしている。とか、社長の報酬が高過ぎるとか、会社を私物化していて経営の危機になっているとか、かしら。他にも色々あったような気がするけど・・・すぐ出てこないわ」専務は思い出しながらゆっくりとした口調で話を続けた。
「いやいや、それだけ分かれば十分です。ありがとうございます」太田黒がお礼を言うと「それで、数年かけて一株千円を超えて上がっていた株価が、急に下落に転じ数週間先には倒産!の噂まで流れて・・、株価はどんどん下がって行ったんです。その時に売った方は、底値で売ったようなもんだから、相当の損をしたはずですわ。それで社が気付かないうちに、田鹿浦の保有割合が20%を超えたんです。社は対抗して株式を買ったんですが、社には、株を売らないと言っていた株主が、掌を返して田鹿浦貿易には売るんですよ。あっと言う間に50%保有されちゃって、初めて田鹿浦宝蔵が出席した株主総会で田鹿浦が社長の解任を言い出して、自分の親戚に当たる田鹿浦東蔵(たがうら・とうぞう)を社長に指名したんですよ。社長は覚悟してたと見えて表情を変えず。最後まで議長を務め上げてたと聞きました。部下思いの立派な方でした。私らは、それ以来、社長に一切反論できなくなったんです。数名が反論して解任されました。
勿論、業績は下降線を辿って、今の株価は二千円近く下がってます」
「どういう手法で株式を入手したんでしょうねぇ」
「議員の立場を利用して、売らないとその会社の仕事ができないように行政に圧力をかけるぞっとか何とか言って、半分脅したようですわよ」専務の話し方から太田黒は、会社への愛情とか、仕事への意欲とか、そう言ったものをこの人は全く持っていない、持てなくなってしまったようだと感じた。そして「それが悪事だっと言う事ですね?」と確認すると「そうでしょうね」専務は認めた。
「そうすると、怨むとすれば社長さんだけですかね?株主さんはどうだったでしょう?」
「株を売った人は損したり儲けたり、元々そう言うものですから、多少の恨みはあるでしょうが、今、株価がさらに下がってるから、逆に感謝してるかもね」専務は苦笑いをしてそう言った。
「ただ、そのまま社長が変わらなければ、業績は上がる一方で、株価はもっと上がったかもですね」
「ふふふ、それを言い出したらキリがないわ」専務の笑いは株取引というものを知らない人を見下すようなそれに見えた。
「なるほど、悪事がどういう事なのか、想像ができました。ありがとうございます。それと名簿ありがとうございました。あっ、最後に社内で総見さんと個人的にも仲良くしていた方はいませんでした?それか、恋人みたいな方とか?」
「ふふふ、犯人探しですの?・・・社内にはいないと思いますよ、皆仕事上だけのお付き合いです。私もです。恋人は・・会社だったかもですねえ」専務は社長を思い出し、懐かしむように遠い目をしていた。
「ははは、そうですか。ところで専務さんは、4月5月の平日は休みなく仕事ですか?」
「はい、人事課に私を始め全社員の出勤簿が有ります。お持ちしますか?」
「はあ、そう願えれば幸いです」
専務は人事に電話を入れて4月と5月の出勤簿を持って来させた。
見ると、事件の日、専務は仕事のようだった。
「面倒をかけました。ありがとうございました」
太田黒がそう言って立ちあがろうとした時、専務に声をかけられた。
「社長はどこに?幸せにしてるなら良いんだけど。警察でも探してるんでしょ?」
「え〜、今も部下が手を尽くしてるんですが、なかなか」
「国内にいるのかしら?」
「えっ、どう言う事ですか?」太田黒には無かった言葉なので驚いて訊いた。
「昔、社長は引退したらフロリダの気候が好きだから、そこでのんびり暮らしたい。と言ってた事あったもんだから」
「そうですか〜おい、江田!パスポート調べたか?」
「そういえば、まだだと思います」
「行くぞ!・・ありがとうございました。パスポート洗います」太田黒は専務の一言に厚く礼を行って腰を上げた。
「あら、お役に立てたなら良かったわ」
専務は微笑んで送ってくれた。
太田黒は社をでて直ぐ、本庁に電話を入れて、出入国在留管理局へ総見幸子の渡航歴を問い合わせしてもらった。
併せて、総見幸子の家族関係を確認した。住所は江東区で謄本によれば、家族は一人もいないことがわかった。親は随分前に亡くなっていて、一人っ子でバツイチだった。
もう一度総見証券(株)の人事課で総見幸子の出身校を訊くと、北道大学目黒校出身だった。そして貰った台帳の写真を見て太田黒は驚いた。
「江田!首に大きな黒子ある」
「えっ、でもあれは、別人ですよ。大川原沖子ですよ」
「あっそうか、別人か、そうだったな」
太田黒は心の中に引っ掛かりを感じたまま引き上げた。
* 太田黒警部の捜査
北道大学の学生課へ行って手帳を見せて、1987年前後の名簿を借りて、学内の応接室でその名前を探した。この頃の総見幸子は樺山幸子(かばやま・さちこ)だった。30歳で結婚し総見になった後、32歳で離婚している。
肩が凝り出した頃、江田刑事が見つけた。1988年入学となっていた。再度学生課のお姉さんに集合写真と名簿をコピーさせてもらった。
そして都内在住の大学の同級生の家を歩いた。仲の良い友達や恋人を聞いた。
卒業まで親しい友達は出来なかったようだった。恋人に死なれ傷心のまま大学へ入学したものの、楽しむことは罪悪のように言っていたらしい。告白したクラスメイトもいたらしいが、断られたと聞いた。
その亡くなった相手の名前は誰も聞いたことは無いと言っていた。
* 浅草の台東高校
江田刑事が大学へ行ったら、ついでだから高校も行きましょうというので、同じ浅草なので寄ってみる。
事務所で手帳を見せて。1985年入学の名簿と卒業写真を見たいとお願いした。
二人で見ていると確かにいた。そして、えっと驚いた。
「おい、江田。これ金谷って、自殺した真一だ!」太田黒が気付いた。
「え〜、見せてください」
江田も集合写真の右端に1人で写っている顔をみて、名簿で確認する。
「本当だ、同窓生ってことですか?」
「そうなる。同級生ばかりに注目してたけど、気付かなかった。いや、中学の卒業アルバムとか名簿で捜査してたから気づかなかったんだ。個人的に何かつながりがあるか調べるぞ」そう言って万十川課長に報告を入れる。
課長も驚きヒント1を捜査している坂上警部に電話して、総見幸子、当時は樺山幸子との関係を調べさせると言った。。
太田黒は高校の双方のクラスメイトをあたった。
意外にその関係は簡単にわかった。公に付き合っていたようだ。16歳と若いが周りは恋人だと認識していたという。
総見幸子の立場で考えると、恋人をイジメで自殺するまでに追い込み、そして自分を解任した。怨みは大きい。
太田黒は、もしかして総見と大川原沖子と繋がっているのかもしれない、と考えた。
そして犯行に及んだか?
それを江田刑事に話すと、自分もそれを考えていた、と言う。ようやく容疑者が二人浮かんだ。
その後、警部は総見証券の株主名簿から株式を売却した人を数人訪ねた。
皆、口を揃えて、半分は脅しで、半分は黒い噂で、自社を守るために売ったと話した。だから、議員をそんなに怨んじゃいない、そう言った。
ただ、1人だけ3、4年前に同じことを聞きにきた中年女性がいたという。顔ははっきり覚えていないが、顎下の黒子が印象的だったと話してくれた。そして総見社長の顔は知っているかと聞くと、総会にも出席したことはないし、会った事もないがディスクロ誌では見たと言う。社長とその聞きにきた女性は似ていたかと訊くと、黒子以外はわからないという事だった。
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