第18話

* 目黒 北道大学目黒病院


 6月4日火曜日は田鹿浦宝蔵殺害予告期間の最終日と思われていた。

議員はホテルから一歩も出ようとしない。

 娘の紬(つむぎ)23歳が祖母の見舞いの帰り、午後1時、病院の3階のトイレから姿を消した。

女性刑事がトイレ前で待っていたが、あまりに遅いので覗くと誰もいなかった。

万十川課長が女性刑事に訊くと、娘が入ってから、中年女性、看護師、掃除婦、女子高生が出てきたという。顔もいちいち確認したという。しかし、別人だったと言う。

 それならどうやって3階のトイレから誘拐するんだ?万十川は首を捻る。

 それで別の捜査員をそのトイレに行かせたが、窓から出るのは絶対無理だという。男子トイレの窓までは3メートルくらいあって、足場は無い。階段も無い。女性を眠らせたとしても、担いで窓からは出られない。

 だから、変装してドアから出た、というのが一番納得できるが、女性刑事は断じてそれは無い。そもそも、それじゃ誘拐じゃなくて、家出になる、と頑張る。

課長も確かにそうだと思った。


 訳がわからないまま時が経つ。これまでは当日か翌日には脅迫状が来ていたが今回はそれが来ない。国営放送局の十勝川キャップにも確認した。

 こないだけに余計気味が悪い。

家出なのか?という疑問も湧き上がる。

議員からも毎日国営放送局の十勝川キャップのところへ電話が入っているようだ。

翌日、自分の殺害予告期間が過ぎたので安心したのか、ホテルを出て自宅にいる。SPはついているが、数人だ。


* 浅草 仲見世通り


 1週間が過ぎようとしていた。

紬の行方はようとしてわからないままだ。

そして、息子の蒼太(そうた)25歳が行方をくらました。

 私服刑事2名が直ぐそばを歩いていた。蒼太が仲見世通りのお土産屋に入ったので、行く先にお土産を買うのかと刑事は思ったようだ。おかしな様子は全くなかったという。

店の前で待っていたが10分経っても出てこないので、中に入ってみると、どこにもいない。店員に訊くと、裏口から帰ったという。何も買わず、入ってきて真っ直ぐ裏玄関に向かったらしい。

万十川は怒鳴りつけた。何故、離れたと。

刑事は、まさか自分から姿を消すとは思っていなかったと頭を下げた。


* 警視庁捜査一課


 田鹿浦議員が警視庁の万十川課長のところにまで来て、雷の如く怒鳴り散らした。

「貴様らあ!何やってんだあ!警護してたんだろうがあ!どう責任取るんだあ!」

万十川課長は怒鳴られ過ぎて逆に冷静になって「議員、落ち着いて。御子息は自分の意思で姿を消したんです。店にいた従業員がそう言ってます」

「だからって、それで良いって事にはならんだろうが!現に息子は戻って来ないんだぞ!」

「だから、周辺で見かけた人がいないか聞き取りしていますから。携帯は繋がりませんか?」

「繋がったらこんなとこには来んわ!」

「そうですか?家出したら、行き先に心当たりは?」

「ばかやろっ!息子が何で家出しなきゃいけないんだ!良い加減にしろ!」

「議員!我々はあらゆる事を想定して御子息を探しているんです。誘拐の線でも何十人もの捜査員が走り回っています。さらに、範囲を広げて御子息を探そうとしているんです。協力してください!いっ時でも早く見つけてあげたいんです。分かってもらえませんか?」

「そんな先ある訳ない。急げ!いいな!」

「最大限の努力をします」

返事が気に入らないのか議員は万十川をギロリと睨んで帰っていった。

周りにいた刑事らが「くそ親父、一生懸命やってるっちゅうの!」

議員の背中に文句を垂れる。


 兄が姿を消したのは理解できる。例えば、妹を返して欲しかったら、仲見世通りで尾行を撒いて、云々。そう言えば自分の意思で姿を消すだろう。

 しかし、妹の時は、兄に連絡がつくのだからそれは効かない。

窓から外へでるのが物理的に無理なら、変装してドアから出ていったとしか考えられない。幽霊でもあるまいしと思う。

 脅迫状が来ないのは、ひょっとして誘拐事件とは関係ないのかもしれない。そんなふうにも課長は考えた。

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