第15話

* 千代田区の国営放送局


 5月27日、3件目の誘拐から2週間余りが過ぎた。

 そして、また十勝川キャップのところへ、封書が届く。差出人は、また、山田太郎だ。

局の関係者を集めて封を開く。メモ用紙だけが入っていた。

「16歳のいじめ、18歳の見せかけの事故、誰かが死ぬ」と書かれ。

下段に「29日水曜日の午後0時に国会議事堂正面玄関と車道を結ぶ歩道の真ん中に1億円を置け。田鹿浦宝蔵が事実を話さなければ、誰かが死ぬ。田鹿浦宝蔵も気をつけろ。1週間以内に死ぬだろう」と書かれていた。

即、警視庁の万十川課長に電話を入れ、コピーを残してメモ用紙を警視庁へ持ってゆく。

岡引探偵事務所へはメモの写真をメールで送った。


* 警視庁 捜査一課


 捜査本部にはいると、課長が手招きする。

メモを一瞥した課長は

「ついに来たな。これが最後の脅迫状になって欲しいな」と半分祈るような感じの喋りをする。

「警護はどうするんです?」十勝川が訊くと

「これから議員の所へ行ってくる。向こうの判断だな。議員のあの性格だ、こっちに任せてくれるとは到底思えん」と応じた。

「そうですね。私らも遠巻きに撮影させて貰います」

「犯人に見つかるなよ!」言わずもがなの事もあえて言う警部の性格が出ている指摘だ。

「分かってますって。議員の反応はメールでも良いです」十勝川はそう言って腰を上げる。

「お、じゃ」

そう言って課長は上司にお伺いを立てに行った。

 

* 千代田区の国営放送局


 1時間後課長からメールが届いた。それを見て、十勝川は思わず吹き出した。近くにいた部下が怪訝そうな顔をし十勝川の周りに集まってきた。

 十勝川は集まった皆に聞かせる。

「田鹿浦議員、自分が狙われると知って、1週間の殺害予告期間を都内の高級ホテルで過ごすそうよ。ホテルの連続した3階分の部屋を全部貸し切って、階段とエレベータにはSPと制服警官を配置して、全室カーテンで締切ってどの部屋にいるのかを分からなくするってさ。飲食は1週間分の材料を持ち込んで、どこかの部屋を調理部屋にして、使用する機材も持ち込むんだって。それに調理人にも警備が張り付くそうよ。24時間警備、なんぼ命惜しいのか。家族には警備が二人ついてるだけなのに」

「それは凄い、犯人が困りますね」と誰かがいう。

「それでも何か作戦あるのかしらねえ?」

「これまでも、やられっぱなしですから、きっと有るんですよ」と高瀬だ。

「それで、国会も1週間議会が延期になるそうよ。別の議員が狙われるかもしれないって」十勝川が言うと皆驚きの表情を見せた。

「それは酷い」

「それで、夕方、官房長官が記者会見するんだって」

「田鹿浦議員、これで事件解決しても総理の話は無くなるでしょうね」誰かが言った。

「えぇ、そう私は願うわ。でも、一筋縄ではいかないお人ひとのようだから、そこは金銭決着かもよぉ」とニヤリとして言うと「キャップ、それは国会議員を侮辱する発言ですよ」

と誰かに言われ「ははは、そんなことここ以外で喋るわけないでしょうが、冗談よ」


* 王室国際ホテル


 5月27日の午後7時王室国際ホテルに予約が入った。連続した三つの階の部屋を全部を予約したいという申し出だった。受付で無理だと断ると、支配人を出せと、相手は怒鳴った。それで電話を代わった。

「はい、支配人の山川です」

「田鹿浦宝蔵だ!さっきの女に言った通り連続する3つの階のすべての部屋を貸切りたい」

「いつから、いつまでの期間でございますか?」

山川が訊くと「今日から1週間に決まってるだろうが!」そう議員は怒鳴るが「お客さま、それは既にお泊まりの別のお客さまもいらっしゃるので、無理でございます」と応答する。

「俺を誰だと思ってんだ。国会議員の田鹿浦だぞ!国賓をそこに泊まるようにしているのは誰だと思ってるんだ!」

「はあ、そう言われましても」山川は努めて冷静に話した。

「もう、いい!社長に頼む!」怒り心頭の様子で、怒鳴り散らしてガチャっと電話が切られた。即、山川はチーフを集めその要望に応えるべく、泊り客の移動の打ち合わせをし、費用の計算もやらせた。


 30分後、支配人に電話が入る。社長からだ。

「はい、支配人の山川です」

「おー谷口だ」

「はい、社長、田鹿浦議員の件ですか?」

「そうだ、できるか?」

「社長命でしたらやりますが」

「じゃ、頼む」

「では、12階から14階を全室、195室になります。費用は一室一日1万7500円ですので、七日間合計で2388万7500万円プラス税で2627万6250円になります」山川は答えた。

「計算済みだったか。山川らしいな。向こうにはわしから伝える。ありがとう」


 山川はやれやれと思う。夕方のニュースででは身代金は29日に議事堂の前の道路に置けだったから、田鹿浦議員が狙われるのはそれ以降だと思うのに、二日も前から姿を消すなんて、議員のくせにどんだけびびってんだ、と思うがしょうがない。まあ、売り上げになるから良いか、と思いニヤリとする。

「各チーフすぐ来てくれ。俺の部屋だ」山川は館内電話で呼びかけた。

10分後、各チーフに事情を話す。特に不審者と思われる人物を発見した場合は、すぐ報告を入れるように指示した。


 午後8時に入館すると聞いていたが、その時刻前からゾロゾロと議員一行が到着する。秘書がカウンターで精算するという。議員はそのままエレベーターで階上へ向かった。支配人の自分でさえ議員のいる部屋は教えられていない。

大きな段ボール箱も幾つ持って行くのか、数えきれない。

 目つきの悪い奴らが数十人も上がってゆき、山川は、内心これじゃ犯人が来ても区別できない、と苦笑いする。


 一日、二日と何事もなく過ぎていった。

三日目、送主の名前のないホテル宛の封書が届いた。

山川が開けると、メモ用紙が入っている。

読んだ山川は真っ青になって、秘書の大塚家仁に電話を入れる。

フロントに来た秘書にメモを見せると、秘書は青ざめた顔をしてどこかに電話している。少し時間が経つと、黒服の男たちが頻繁に行き来する。

メモには「護衛を大勢つけて、蛇口やシャワーからでる水やお湯に毒は混入されていないか?屋上の水槽は大丈夫か?有毒ガスが流れ込んでいないか?換気口は大丈夫か?警護がまだまだ甘いようだな。気をつけろ!」

と書かれている。

防毒マスクが大量に運び込まれた。大量の水も運ばれている。


 ややあって、医師が呼ばれたようだ。秘書の大塚氏がフロント前を通りかかったので、呼び止めて何があったのかを訊く。

議員が貧血で倒れたと言って、走り去った。

山川は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

 その後は何事も起きなかった。

タンクには何もされていなかったし、館内でガスも検出されなかった。各階の天井裏まで捜査したようだった。

単なる脅しだった。しかし、盲点があった事は間違いなかった。


 緊張したまま1週間が過ぎようとしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る