第13話

* 小田原の保養施設


 「警部!もう少しで着きますよ〜」

その声で苫牧警部は覆面パトカーの後部座席で目覚めた。

「おう、速いな」

「警部、もう昼になりますよ。首都高から東名通って小田原ですから、1時間半は経ってますよ」

「そっかあ、じゃ、飯行ってから、一時頃施設に着くように行こうか?」

「そうですね、昼飯時ですからね」

一般道に入ると、ぽちぽちと食い物屋さんはある。

「警部、何行きます?」

「カツ丼だな!」

「ははは、聞かなきゃよかった。警部に聞いたら必ずそれですもんね。わかりました。探します」山崎刑事はそう言って当たりを見ながら車を走らせた。

「俺、そんなにカツ丼カツ丼言ってる?」

「はい、言ってますってか自分で気付いてないんですか?」 

「ふふふ、まあな」


 無事にカツ丼を食べ終えて、1時半に施設に着いた。ちょっと小高い丘の上にあって見晴らしは良さそうだ。駐車場の周りは森になっている。受付で手帳を見せ銀野敏美さんに会いたいと言うと、聞いてますと言って面会室に案内される。こざっぱりした部屋だ。

窓外を眺めていると、車椅子を押されながら老女が部屋に入ってきた。

「こんにちわ、東京の警察の苫牧といいます」そう言って警察手帳を見せる。山崎刑事も手帳を見せ挨拶する。

「そうですか、遠いところ疲れたでしょう」

「いえ、大丈夫です。銀野敏美さんにお話を伺いたくて来たんです」

「どんな?」と銀野さんは小首を傾げる。

「娘さんの供子さんの事です」

「また?」

「また?って、誰か同じことを聞きに来たんですか?」警部は驚いて山崎刑事と顔を見合わせる。

「え〜、確か、3年か4年か前に」

「その人の名前は?」警部が質問し山崎はメモの用意をする。

そう聞かれて敏美は「そうねえ、・・」と言って車椅子を押してくれている人の方を向く。

「ねえ、克美さん覚えてなあい?」

「いやあ、覚え無いです。ごめんなさい」

「男の人?」と警部が問う。

「いや、中年の女性だった」

「で、どんな?」

「お腹の子の相手は?って、言うから、田鹿浦さんと答えたの」

「そうなんですねえ、何か証拠みたいなものは?例えば、そう言うことを書いた手紙とか?」

「これはどうです?私は事故の後でお腹に子供がいるのを知ったんです」

ポケットから母子手帳を差し出す。氏名欄に自分の名と隣に、(夫)田鹿浦宝蔵と書かれている。

「これ、お借りしても良いですか?」

「大事な形見だから、返して下さいよ」そう言って母子手帳を差し出す。山崎が受け取りバッグにしまう。

「お母さん、その訪ねて来た人の顔、写真見たら分かりますか?」

「え〜、多分、分かると思いますよ。そうそう、首に大きな黒子あったのよ。向かって右の顎のすぐ下あたり。それだけ覚えてるわ」

山崎が証言を手帳にメモしてゆく。

「そうですか、写真手に入ったらまた来ますが、その時は見て下さいね」頷くのを待って「それと、お母さんは田鹿浦さんをどう思いますか?」

「そりゃあ、あなた、腹が立ってしょうがないわよ。事故で流産しちゃって、寝たきりになって、6年後よ!亡くなったの。その間一度も来ないの。見舞いも、弔いも。酷い人だと思うわ。・・でもね、今はこの克美さんが私の娘よ。優しくしてもらってる。ねえ」

そう言って、克美さんを見上げる。

「はい」と嬉しそうな克美さん。

二人は丁寧にお礼を言って辞去した。


* 岡引探偵一家の捜査


 一心は、ヒント(2)の銀野供子さんの身辺を洗っていた。

 美紗は、供子さんの通っていた高校へ行ってクラス名簿を手に入れ、一人一人当たっていた。そして木曽川沙織(きそがわ・さおり)に行き着いた。病院へも良く見舞っていた親友だったようだ。

美紗は木曽川沙織のパート先のコンビニへ行って、事件の日のアリバイを訊く。週に五日勤務で不定の休みで、4月10日と20日のアリバイは無いが土曜日は娘と買い物をする事に決めているという。5月11日と12日は勤務していた。コンビニの店長に出勤簿を見せてもらった。沙織は田鹿浦に対しては酷い人間だという。あんな人が大臣なんて世の中おかしいといった。

 


 一心は丘頭警部から借りた銀野供子さんの交通事故の調書から、被害者が通院していた産婦人科医を探す。

 住所通りに来たのだが、そこは空き地になっていた。やむを得ず調書に書かれていた怪我で入院していた病院を当たる。

 しかし、廃院になった病院の患者が何処へ引き継がれたかは、個々の事情で患者さんが決めるので分からないと言う事だった。

一心が諦めて帰ろうとした時、事務員さんが声をかけてきた。

「あのー、何をお知りになりたいんです?」

「ちょっと事件の関係で、亡くなった方のお腹にいた子供の血液型がわかればなあって思ったんです」

「そう、だったら分かるかもしれません」

驚く一心に、待っててといって背を見せて駆けてゆく。

30分ほど待たされて、事務員さんが戻ってきた。

「どうぞ、こちらへ」

そう言って、一階の外来エリアの奥の、関係者以外立入禁止、と書かれた札の下がったドアを開けて中へと導く。そして「資料室」と札のかかった部屋のドアを開けて「入って下さい」と言う。

一心が中に入ると、大きな移動型のキャビネットが何台も並んでいる。部屋の隅にはテーブルが置かれていて、パソコンが載っていた。

「画面を見て下さい」

そう言われて椅子に座って画面を覗く。

銀野供子と表題に書かれた資料のようだった。

「画面を少しスクロールすると、情報が出てきます」

言われるまま、画面をスクロールする。

出てきた。子供の血液型。DNA鑑定までやったようだ。母親O型、子供BO型と記載されている。田鹿浦はB型だと聞いたから、そこに矛盾は無い。

 一心は厚く謝辞を述べ、次の訪問予定の埼玉に向かう。時計を見るともう夕方の4時になっていた。

 上尾市に公務員をしている弟の銀野悟(ぎんの・さとる)が住んでいる。妻と子供が二人いる。

その家庭状況で復讐するとは考えずらいが、一応会っておこうと思い立った。首都高から国道17号線を走る。1時間半ほどで上尾市に入った。

そこからは電話で道順を聞いていた。

 30分後、一心は銀野家のリビングでお茶をすすっていた。

「夕食どきに申し訳ない。田鹿浦議員絡みの誘拐事件を調べているので」

「テレビで見たけど、うちと関係あるの?」弟の悟氏に訊かれる。

「5件のヒントが出されていて、その中にお姉さんの事故が含まれている、と警察も私も考えていて、議員がお腹の子の父親であることはほぼ間違いないです。しかし、事後は偶然に起きていたなら、犯人は議員じゃなくって、撥ねた人を怨むはずです。だから、議員または議員に命令された人がお姉さんを撥ねたとしたらどうです?議員を怨みませんか?」

「えっ、じゃあ、姉は事故じゃなくて、殺されたってこと?」弟は色めき立って身を乗り出してくる。

「その可能性を探っているんです」一心は冷静に静かに話す。

「当時、僕は見舞いにも来ない、弔いにもこない議員を怨みました。殴ってやろうと思ってました。でも、そんな雰囲気を感じて、これが、当時は結婚前でしたが付き合ってはいたこいつが察して、止めてって言うんです。

何を?って誤魔化したんだけど。目を見たら復讐するつもりなのぐらい分かるわよって、ばっちり殴られました。ははっ、恥ずかしい話しそれで目が覚めて、姉の仏前でそう報告したんです」

「はあ〜、奥さん、どうしてわかったんですか?」

「いやだあ、恥ずかしい。だってこの人、目が血走って、私の友達皆言ってたんです。あんたの彼氏なにしでかす積もりか知らないけど、止めなくて良いの?って。そのくらい明々白々だったんです」

「ははは、そうですか。それで今でも幸せそうなんですね」

「そんな事無いです。色々問題ありますよ」と奥さんは旦那を睨みつけながら言った。

「まあ〜、それは今回は聞かないことにします。で、最後にアリバイだけ確認させて下さい。4月10日、13日、14日と20日22日。5月の11日と12日なんですが?」

「えっと、平日は9時から18時までは仕事です。土曜日は近所のスーパーの安売りで毎週必ず外で昼ごはんを食べてから買い物して戻りは・・午後の3時か4時ですね」そう言いながら妻の顔を見る。妻は頷いた。

「毎週ですか?4月と5月は休まず買い物?」

「はい、」そう言って、階段の上に向かって叫ぶ。「おーい、武に康二、ちょっと急用。降りてきてくれー」

少し間があって、ドタドタと足音。

「こんにちわーと二人揃って顔を出す」

「4月と5月と、土曜日にお前らどっちか買い物に付き合ったよな?」

「うん、代わりばんこに行くことにしてるから」兄弟は顔を見合わせていう。

「ほーそうだったんだ。知らんかった。岡引さん、そういう事で良いでしょうか?」

「ははは、はい、充分です。君たちありがとう」

「父さんどうしたの?」

「アリバイさ」

「何か悪いことしたのか?」

「ばーか、してないからアリバイあるんじゃん」

「おっ、そうか、じゃ」

そう言って二人揃ってどどどっと階段を元気よく駆けて行った。

「元気のいい兄弟ですね。将来楽しみだ」

「いやー、手を余してます。ははは、僕に似て運動音痴の機械音痴ときてるんで、公務員しか仕事ないんじゃ無いかと心配です」

一心は笑って返事を避けた。そして時計を見る。午後7時を回っていた。

「長居しました。ありがとうございました。また、何かで来るかもしれないので、その時はまた、よろしくお願いします」

一心の頭の中から容疑者が一人減った。


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