第12話
* 千代田区の国営放送局
その日の午後7時過ぎ「十勝川キャップ!お客さんで〜す」と声をかけられた。
現場から戻ってきたばかりで、やっと席に座ってコーヒーを啜っている途中だった。
十勝川が応接室に入ると、そこではジャパン・エステート(株)社長の大峰大河氏が待っていた。疲れた顔をしている。
「大峰さん!大変でしたね。お金奪われちゃって」
「いや、そんな事は良いんだ。孫の真理愛が戻ってくるならそんな事。だが、田鹿浦議員は例のヒントに自分は関係ないって言ってるんでしょ?」
大峰さんは孫の心配だけをしているようだ。
「そうなんです。それで困ってるんですよねえ。わたしら勝手に話作るわけ行かないし、何も放送しなければ、犯人は被害者を殺しちゃうでしょ」十勝川の胃が急にキリキリと痛み出した。急いでいつもの薬をバッグから出して飲む。
そして大峰氏を見ると、一瞬、目にためらいが浮かんだが、意を決したように、キリッと十勝川を見つめて話し始めた。
「私、ヒント4番目の土台建設の合併に関わってるんです。全てをこれに書いてあります」
そう言ってテーブルに数枚のメモを置く。
「見ていいですか?」
十勝川は、大峰さんが頷くのを待ってメモに手を伸ばした。
若手社員がテーブルにお茶を置いてゆく。
それから、数分の間があって、大峰氏に顔を向ける。
「これ、事実ですか?」そう問うと
「そうです。そのまま公表して下さい。私の署名も欄外に手書きました。それで、孫を救って下さい」大峰氏は覚悟をした様子だ。
「社長を本当に辞任するんですか?」と訊いても「はい、勿論です」と明快に答えるので、十勝川はスッと立ち上がり、部屋の隅に置いてある社内電話で部長を呼ぶ。
「今、報道部長来ますので、ちょっと待ってて下さい」
ややあって、ドアがノックされる。
返事をすると部長が顔を見せる。
「部長の佐伯です」名刺を差し出し挨拶をする。
大峰氏は名前を言って頭を下げる。
十勝川は部長に大峰さんの書いたメモを見せる。
「これを公表して欲しいと仰るんです。孫を救って欲しいと」
しばし読んでから「事実ですね」と部長は念を押す。
「間違いありません」
「すみません。疑うわけでは無いのですけれど、万が一ですが、放送局が議員から訴訟を起こされる懸念もあるもんですから、しつこく確認させてもらいました」
「わかります。で、やってもらえますか?」
部長は腕組みをしてしばらく考え込んでから「社長さんが記者会見、というのはどうですか?」と提案した。
「ふーむ、それでも良いですよ。そっか、その方がお宅に迷惑がかからない。そういう事ですね」
「申し訳ないが、そういうことです」部長が頭を下げる。
「じゃ、用意して下さい」
兎に角、孫のために事実を話したい、という社長の気持ちが伝わってくる。
「この後、8時半からで良いですか?」
「時間は?」
「そうですねえ、15分以内でお願いできますか?編集して9時のニュースに間に合わせますんで」
「それでは、そのようにお願いします」
会見まで1時間余り、報道他社へも通知した。
8時を回ると続々と報道機関が詰めかけ、100名収容可能な会見場は満席となった。十勝川は一番奥の壁によしかかって開始時刻を待っていた。生中継のところも何社かあるようだ。
時刻になり、司会者が開始を告げると。社長が中央の会見テーブルに着席する。
「ジャパン・エステート社長の大峰大河です。
え〜、今月11日に孫の真理愛が誘拐され、12日福島へ向かう常磐自動車道の日立市の手前、天津川橋の中央付近から身代金を川へ落とし、そのまま犯人に奪取されました。
犯人からの要求はもう一つ、私と田鹿浦議員との関係と議員の悪事を暴露せよ。というものです。
不動産業を営む同業者という関係から、10年来議員とは親交がありました。2018年両社とも業況が良いと言える状態ではなかった、一方土台建設は確実な仕事ぶりや、公共事業参加などで業績を伸ばしておりました。
どちらが言い出したことかはっきりしませんが、土台建設の業況が羨ましく、なんとか取り込めないかという話になり、計画を立てました。議員の会社と合併と言うことになっていますが、実質乗っ取りでした。
先ず、私が社員を使って噂を流しました。手抜き工事で被害が出て我が社に修理工事が多く来ている。とか、見積もりと請求が大きく食い違って、指摘すると怖いお兄さんが出て来て、ものが言えなくなった会社があちこちにある、そういった噂です。全く事実ではないのです。私自身がそういう噂を流させた張本人だから、これ以上の証人はいない。
その影響で土台建設は受注が一気に減少しました。この業種は安定的に仕事を続けないと一気に資金繰りが厳しくなる。そういう業種なんです。
そこで議員が土台さんに資金提供の話を持ちかけたんです。どうせ、噂。人の噂も七十五日、とよく言うでしょう。そう話したんです。その言い方も事前に私と議員で考えたんです。
それで土台さんが了解して、議員が資金を出したんです。で、資金融資の契約書を取り交わすことになったんです。そこでは短期としてありました。但書で両者が承認した場合に限り、同期間で契約を繰り返す。と書いたんです。要は自動書替えするという文書です。
融資後2ヶ月して、期日が近いので土台さんが議員の会社に再契約の確認に行ったんです。そこで議員が再契約はしない。期限での返済を求めたんです。
すったもんだして、返済は要らないから事業を議員が引き受ける、という提案を議員がしたんです。土台さんは、騙されたと悔しがりましたが、約定なので文句は言えず、そうなりました。そして土台さんが行方をくらましたんです。
すべて、私と議員が計画した通りに事が運んだという事です」
その後は質問に答えるという形で会見は9時半過ぎまで続いた。
十勝川は9時のニュースでは、大峰社長の話をそのまま流した。
社長は涙を流して孫娘の真理愛を無事に返すように、深く頭を下げて犯人にお願いしていた。そして、今回の責任をとって自分は社長を辞任すると言った、そうアナウンサーが付け加えた。
そして今も会見は続いていますと結んだ。
キャスターは質疑内容は改めて放送しますとした。
十勝川は、敢えて議員のコメントは放送しなかった。同じ発言の繰り返しになるから犯人を刺激すると判断したのだ。
その後、十勝川が他社の放送を見ていると大峰社長の発言をまとめてキャスターが述べ、議員の対応に批判的な論調で時間を割くところもあって、苦々しく思った。
被害者が無事に帰ってくることを、心の底から願い手を合わせた。
翌13日月曜日、十勝川キャップのところへ封書が届いた。送り主は山田太郎だ。
十勝川は自分の顔がひきつるのが分かった。封を切って中身を出すと、メディアとメモが入っていた。
「田鹿浦議員が自白しなければ意味がない」と書かれていた。すぐ警視庁の万十川課長に電話を入れる。
いきなり課長は「十勝川さん、来たんですか?」と訊いてくる。
「はい、田鹿浦が自白しなければ意味がないと書かれたメモとメディアが・・」その後は言えなかった。
ふーっと大きくため息をつく音が聞こえ「今、行きます」と課長は言った。
「高瀬!パソコン用意してくれ。また犯人からメディアが送られてきた」
30分後、応接室に万十川課長、丘頭警部、岡引探偵が顔を揃えた。全員で12、3名が画面を見つめている。
「高瀬!始めて」
画面には普通の住宅の一室。中央に椅子。そして縛り付けられている女性。カメラを見ている。大峰真理愛さんだ。十勝川は画面の横に写真を並べて確認する。
そして、首には紐が食い込んでいる。
女性は泣いて叫んでいる。お爺ちゃんの名を叫んでいる。助けてと叫んでいる。頭を強く振って嫌がっている。全身で逃れようとしている。目が真っ赤に充血して、裂けるくらい大きく口を開いて、舌を突き出して、呼吸をしようとしている。
十勝川は目をそらせたいが、見ることが自分の責任だと言い聞かせて、画面を見続ける。
背後から、きゃー、やめてー、助けてー・・叫び声が止まらない。
画面の中の女性が頭を激しく上下に振る。涙を流し、鼻水や唾液を垂らしたまま、顔を歪めて苦しがっている。それが最期。首が折れたように頭が後ろに倒れた。
数分して黒尽くめの犯人だろう男が紐を解く。
ドサっと横へ倒れる女性。酷い。
そして画面が消えた。
しばらくの間、背後から女性社員のしゃくり上げる声だけが室内に響いている。
それから十勝川が席を立って「高瀬!放送準備にかかれ!」叫んだ声が虚しい。
万十川課長は「これもらってく」その一言だけ残して帰って行った。
残された丘頭警部と岡引一心は動けなかったようだ。
どれほど時間が過ぎたのか。十勝川が戻ってきたのをきっかけに、一心がポツリと言う。
「これ本物なのか?」
丘頭警部が口元を歪めて「一心!なんかあるの?」と訊く。
「いや、あまりに残酷だからさ」
「三人目ですからねえ。ほんと見るに耐えないわ」と十勝川が言うと「キャップ、うちにもコピー貰えます?動画とメモと」そう一心が頼む。
「あ〜良いですよ。高瀬!岡引さんに動画とメモのコピーあげてちょうだい」
「なあ、警部。ヒントが五つあるってことは、あと二人ってことか?」一心がそう言うと「え〜っ、それは考えもしなかった」と警部は驚いた。十勝川も同じだった。
「どうして、本人や家族は襲われないんだ?」一心の言葉に「なになになに・・次は本人ってこと?」と警部は言う。
「あと、狙われそうな奴、警察は洗い出していないのか?」
「それも捜査してる。でも、見つからない」
「議員の周辺と、田鹿浦貿易の周辺っていう意味だぞ」
「議員の身辺は戸女井班が当たってる。後はヒント毎に班割りして当たってる」
「そしたら、会社周辺は誰が当たってるんだ?」
「そこは、議員への聞き取りだけかも」
「その貿易会社の取引先とか下請けとか税理士とか顧問弁護士とか色々あるだろう?」
「弁護士は議員の顧問弁護士と同じだから確認はしてる。でも、抜けが有るかもね。課長に進言してみる。ありがとう一心」そう言って警部は席を立った。
「へへっ、抜かるなよ」一心はその後ろ姿に叱咤する。
「へ〜、岡引さん凄いね。警察に意見言うなんて」十勝川は感心して一心を見つめた。
「長い付き合いだからよ」一心は少し自慢げにニヤリとする。
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