第11話
* 大峰真理愛の身代金の行方
12日日曜日午後3時、ジャパン・エステート(株)の玄関前で大峰大河(おおみね・たいが)社長が身代金を入れたバッグを助手席にドサッと置いて、運転席に座る。警察の合図で車を出す。胸のポケットには犯人から送り付けられた携帯電話が入っている。
可愛い孫が自分のために誘拐されたとするなら、脅迫状に田鹿浦議員の悪事を暴けなどとは書いてくるはずはない。あの不動産屋の一件か・・・。
これは覚悟しないと、孫の命が危ないな・・。
そんなことを考えながら車を走らせる。
ピピッとイヤホンマイクが警察からの呼び出しを知らせる。
「はい、大峰です」
「まだ、何も言って来ませんか?」
「はい、まだです」
「この電話、このまま切らずにいて下さい。そして、相手から電話が来たら、なるべく大きな声で話して下さい」
先ずは首都高の新宿線に乗り、約40分走って常磐自動車道に入る。いつ止まれと指示が来ても良いように時速80キロほどで走行する。
孫の笑顔が何回も頭をよぎる。なんとしても助ける。それが自分の命と引き換えになっても。そう覚悟していた。議員との関係はあの不動産屋を合併した時だけ、それを話そうと決めた。
1時間半ほど走ったところで携帯が鳴った。
「はい、大峰です」と出ると、相手の声はくぐもって、変声機でも使っているのだろう。
「次の橋の真ん中で止めろ!」
それだけ言って切れた。どうして自分の居場所がわかってるんだ?バッグにG P Sでもつけられてるのか?疑問だったが従うほかなかった。
橋の長さは300メートルくらい川幅は50メートルくらいか、ゆったりとして深い藍色をしている。そう思いつつ止まると、また携帯が鳴った。
「赤ペンキでマークしたところから、バッグを川に落とせ!」と指示された。
「赤マークから落とせば良いんだな」大きい声で警察に知らせる。
そして壁を見ると数メートル先の壁に赤いマークがある。壁の高さは2メートル以上ありそうだが、バッグを持ってその下まで行き、力を込めて振り回して、壁の上を目掛けて放る。しかし、届かない。バッグは壁に当たって足下に落ちた。無理だ65歳には頭の高さまで持ち上げるのが精一杯だ。くそっ。
ふと思いついた。車をマークの真下まで移動させてバッグを持って屋根の上にあがる。壁が目の高さくらいだ。壁まで1メートルはない。足を開いて踏ん張り、腸がちぎれるほど力を入れて、振り子のように反動をつけてセッーと気合を込めてバッグを放る。壁の縁にバッグは当たったが、何とか勢いで壁の向こう側へ落ちていった。
息が切れハッハッハッハッと膝に手を当て肩で息をする。息が苦しい中「バッグを橋から川へ落としました」と叫ぶ。
イヤホンから「その後の指示は?」と話しかけられ「ありません」そういって深呼吸する。
「それじゃあ、戻って下さい。後は警察がやります」そう指示されたので「了解しました」と答えて車をスタートさせる。次の出口から降りて、再度自動車道に乗って家へ帰ろうと思った。
*
丘頭警部はバッグが川に落とされたことを確認して、自分の乗っている覆面パトカーだけを高速道路から降ろして、一般道で川に戻る。残りの2台は大峰の車の後を追った。
* バッグの行方
警視庁の万十川課長は本部で各車両に命令を出すためマイクを握り締めて窓の外を睨んでいる。大峰社長が会社の前に車を用意した時点で、丘頭警部班を先頭に、尾行車を3台付けた。ヘリも出して上空から監視を続けた。
身代金を積んだ社長の車が2時間余り走って、橋の上で止まった時、一般道を走っている覆面を川に向かわせた。
橋の上から身代金を落とすことも想定済みだった。よっしゃー、これで犯人とご対面だ、と勢いづいた。
河口までは3キロほどあるが、そこには県警がボートを用意している。海上保安庁にも連絡してあって、仮に海へ逃げられても追う体制はできていた。万十川は自信があった。
ヘリから無線が入った。
「バッグは川に落ち一旦川面から姿を消したがすぐ浮かんで、橋の下を通った。反対側から出てきてそのままプカプカ流れています」
状況を聞いて「どんな川だ?」と問うと「川幅50メートルくらい、ゆったり流れてます。結構深い川かと思われます。橋から河口まではゆっくり左へカーブしてます。橋から河口は見えません。橋の川上も同じように橋から見ると右にカーブしています。そして百メートルほど上流から急なカーブになっています。河岸は数メートルくらいは地面が見えていますがその奥は鬱蒼とした森になっています。そんな状況です」と報告を受けた。
「付近に人影は?」万十川が問う。
「有りません」
「わかった。引き続きバッグの監視を続けてくれ!」そう言ってから「全員聞いてくれ。川の状況は聞いての通りだ。周囲を警戒してくれ!何者かが近づいたら、確保だ!」と指示を出した。
川に沿って走る小道にも覆面が待機している。川のどちら側から道路に出ても捕まえられる。
「全員!集中!ヘリはバッグを見逃すなよ!」
そのまま、バッグは流れ続ける。
1時間経って河口まで流れた。そして海へ出てゆく。周囲には誰もいない。
時計をみながら、万十川課長は不安になってきた。二回もやられている。まさかと思って声を出す。
「バッグ回収!中身の確認!」と命ずる。
ブーンとエンジン音を響かせて制服警官を乗せたモーターボートが向かう。警官がボートから身を乗り出してバッグを拾う。
「どうだ?中身は?」
二人がかりでバッグを引き上げてファスナーを引く。
「わあー、新聞紙です!身代金は受け取ったとメモが入っています!」ファスナーを開けた警官が驚いて大声で叫んだ。
「なにっ!いつだ?いつすり替えたんだ!」
万十川課長は爆発的な大声で怒鳴る一方で、可能性を考えた。
「父親は?何処だ?」これもまた可能性の一つだと思った。
「まもなく自宅に着くかと思いますが」との報告に万十川は「至急、社長の車を押さえろ!中身を抜いたのかもしらん!急げ!」と命ずる。
「了解」
10分後、万十川の携帯が鳴る。
「どうした?」
「社長の車には何もありません」
「自宅に着いた後か?」
「いえ、首都高を降りたところで止めました」
「そうか、わかった。返していい」万十川は父親の可能性は無いと理解した。
「ヘリ!バッグを見失った場所は無いのか?」万十川は理解できないでいた。
「ずっと、川を流れてました。」
「そう言えば、橋の下を通ったんだな」万十川ははたと気が付いた。
「そうです」
「そこだ、そこですり替えたんだ。橋の下へ急行!ボート行けるか?」
「はい、向かいます」
万十川に捜査員から報告が入る。
「課長!橋のすぐそばに自分いましたけど、誰も泳いだりしている人はいませんでした、まだ犯人は水中じゃないでしょうか?」
「おう、それも考えられる。河岸にいる捜査員はその場で待機、河口でもこれから上がってくるかもしれん」万十川が指示をだしたすぐ後「課長!水中にいるなら、川下だけでなく、川上も監視しないと逃げ道になります!」と誰かが叫んだ。
即「上流に向かえるやついるか?」と万十川が問うと「はい、丘頭、行きます」と警部が手を上げる。
「自分も行きます。3台で向かいます」と捜査車両の誰かが叫んだ。
「おー頼むぞ!」
30分経過した。川下からはなんの連絡も無い。
丘頭警部から報告が入る。
「課長、川上100メートルにウィンチ有ります。河岸にワイヤーを引きずった跡も残っています。それに大きな足跡が沢山」
「鑑識班を向かわせろ!自動車道の出口検問だ。上下線の可能な限り全部だ。県警にも依頼!各班一般道路検問急げ!」万十川はまたやられたと感じた。しかし、まだ逃げ切れてはいない、検問で引っ掛かってくれと祈るような気持ちで命じた。
*
上流と叫んだのは丘頭警部だった。橋の上で停まっていた一心のアドバイスだった。十勝川もその後ろにいた。車から降りて一心に話しかける。
「また、やられたな。なんて賢い奴らだ!ヘリッ!川上のウィンチのある場所を写せ!」十勝川も悔しさ一杯だ、橋を蹴った。
「甘いんだよ警察!川は上から下へ流れるが、今時、水中スクーターもあればああいうワイヤーで引っ張るなんてことも考えられるっしょ!腹立つ!」そう言って一心は拳で車を叩く。
「逃げられたな。帰るわ」と一心。
十勝川も諦め顔で「検問に引っ掛かると良いんだけど」そう言いながら腰を上げた。
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