第10話

* 千代田区の国営放送局


 報道局の十勝川キャップの所へ小荷物が届いた。十勝川はある想像をして、苦い顔をしながら、警視庁の万十川課長に電話を入れる。

「また、来ましたわ。来て下さい」怒りで声も震え身体も震えている気がした。

「いや、行けない。開けて見てくれ。たぶん脅迫状だ!」

「課長!被害者宅?」

「いや、俺は捜査本部、現場へは出ないことにしたんだ。大峰宅には浅草署の丘頭警部が行ってる。挨拶に行ったろ?」

「わかった」そう言って箱を開けさせる。

「空のバッグと封筒が入ってる」

「で?」

十勝川がメモを読む。

「1億円を5月12日日曜日だから明日ね。午後3時に社をでて常磐自動車道を通って福島へ向かえと書かれているわ。そして箱の中に携帯電話が入ってる。これを持っていけということね。走行中に何か言ってくるわね」

「あとは?」

「それだけ。でも、社って何処の会社か書いて無い?」

「あ〜それはわかってる。新宿のジャパン・エステート(株)だ。そこの娘さん、大峰真理愛(おおみね・まりあ)さんが誘拐されたんだ。大学生で学校へ行ったはずなのに、変声機で声を変えた犯人が、娘さんの携帯を使って母親に電話して来たんだ。今までと同じだ。すぐ持って行ってくれ!警部に言っとく」

「待って、住所は?」

「おーごめんごめん、えーと、・・・」

十勝川は聞いた住所をメモして「高瀬!カメラほか行くぞ!誘拐事件発生だ!」と叫ぶ。

 途中、車の中で一般企業の社長と田鹿浦議員との関係は?と考えた。

「高瀬!どういう会社かわかる?」十勝川が訊くと「エステートって不動産屋じゃないですか?」と答えてよこす。

「ふ〜ん、そうすっとヒント(4)の土台建設絡みか」

「そうですねえ、誘拐されるんだからそこが合併に何か仕掛けて議員の会社に利益を与えて、怨まれたって感じですかね」

「したら、犯人は土台建設関係者ってことになるわよ」

「警視庁の資料からすれば、四国斗一とその母か行方不明の社長かその妻朱莉って事になります」

「あとは、アリバイね」

「もう、着きます」


* 大峰宅


 十勝川がインターホンを鳴らす。

女性が応答して名乗ると、どうぞとドアが開かれる。

出迎えたのは妻の真帆さんで、十勝川は名刺を差し出す。

真理愛さんの祖父母に当たるとのこと。両親は海外に居住し三人暮らしで、まだ社長の大峰大河氏は戻っていない。

「丘頭警部、こんにちわ。話は聞き終わりました?」

「え〜一通りは。後で伝達で良いですか?」

「はい、これ今日届けられた犯人からの脅迫文です」そう言って警部に渡す。

警部が目を通して妻に渡す。

妻は食い入るようにその紙を見続けている。

「ジャパン・エステートは不動産業でよろしいですか?」

「そう。ヒントの4との絡みが有るそうよ」警部が答えてくれた。

「じゃあ、議員とは?」

「同業者なので仕事上の付き合いもあったようよ」それも警部が答えた。

「こちらに議員が来たことはあります?」

警部が妻の顔を見て質問する。

「そうですねえ・・2回くらいあったかしら」

メモをテーブルにおいて視線を斜め上に走らせ考えてから答えてくれた。

「なるほど、親密な関係ということなんでしょうね」十勝川は誘拐の対象になった理由を何となく理解した。

「悪事。ということについてご主人から何か聞いたことは?」と言う警部の質問に「わかりません。主人が悪事などするはずがありません」少し語勢を強めて妻はいう。

十勝川は、自宅で悪事は語らないか、そう思った。そして、ご主人の帰宅時間を訊くと「地方へ行ってるみたいで、9時くらいにはなると」と言うので、今日はこれ以上居ても仕方がないと思って「警部、どうします?」と訊いてみる。

警部は少し考えて「今日は、帰ります。明日、身代金の輸送のことがあるので、午前中に来ます。奥さん良いですか?」と言う。

「良いも悪いも、刑事さんの仰る通りにします。主人にも言っておきます。仕事なんかしてる場合じゃないですから」

奥さんからの返事を聞いて、「じゃ、お願いします」と言って警部は立ちあがろうとする。

それで十勝川は「警部、私まだ探偵さんに話してないので寄って行きたいのですが?」と訊いてみる。

「そう、じゃあ一緒に行きますか」そう警部が言ってくれたので、それでは、明日、と言って頭を下げ、二人一緒に被害者宅を辞去した。


* 岡引探偵事務所


「こんばんわ〜」

いつもの丘頭警部の声に一心が出迎える。丘頭警部と十勝川キャップ?。

「あっ、どうも、国営放送局の女鬼キャップの十勝川さんでした?」

「あらー、鬼はないでしょう!ただのキャップの十勝川洋郁(とかちがわ・よういく)です」少し膨れた顔を見せる。

「あっ、ごめんなさい、ついうっかり」

一心は頭をかいて誤魔化す。

「笑ってられないのよ、一心、事件よ!」真顔の丘頭警部が言う。

「まさか、誘拐?」一心に不安が広がる。

「そ、ジャパン・エステート(株)という会社の社長さんの孫で、大峰真理愛さん21歳の大学生。で、明日、身代金を常磐道を通って福島に向へと言ってきた」

「どこかで、連絡するってことか?」一心は次々に身代金の受取方法を変えてくる犯人を小賢しい奴、今度こそ捕まえると気を吐いた。

「そうよ、行くでしょ?」

「もち、バッグにGPSは?」

「付けるわよ」

「防水?」

「もち」

「福島の何処かの町ってか?」

「道路上ってこともあるかもだし、サービスエリアって事も有るかもね」

「何台で尾行するんだ?」

「高速は3台、後、ヘリ、一般道には20台ほど」

「お〜大層なもんだな」

「海川あるから、海上保安庁へも通知してるし、モーターボートも海岸線を走って行く」

「絶対に逃さんって感じだな」一心はこれなら漏れは無いだろうと思った。

一心が「報道さんはどうすんの?」と訊くと

「こっちはワンクルーで高速を行く。ヘリは1機ついて来る」と言うので、こっちは大した役には立たないかなと想像した。

「一心はどうする?」と警部から訊かれ「静とドライブでもするわ。他の連中はあちこち聞き回ってるから」と答えた。

「岡引さん!よろしくお願いね!」

十勝川も丘頭も、何とか残酷な犯人を捕らえたいという気持ちが強いのだろう。二人とも藁をも掴みたい境地を表情に出ている。

喋っていたら腹が減ってきた。

「警部、飯は?」

「まだ」

「十勝川さんは?」

「わたしもまだ」

「じゃあ、十和ちゃんとこのラーメン食うか?」

「は〜い」と奥からゾロゾロ岡引一族が出てきた。

「あっ、お前らいたのかー失敗した〜」

苦笑いの一心。電話を掛ける。

15分ほどで十和ちゃんが「まいどさまで〜す」と階段途中で声をかけてくる。流石に7個は重たいのだろう、一助と数馬がすかさず岡持ちを取りに向かう。そして二人がラーメンをテーブルに並べる。

狭いが7名で応接セットに座って、ずるずるとラーメンを食べる。

「十和ちゃんの分頼べば良かったなあ。ごめんなぁ」一心が失敗顔で十和ちゃんに話しかける。

「いえ〜、店のおじさんとさっき食べましたから」にこやかにそう言って、汗を拭きながら空の岡持ちをぶら下げて帰って行った。

「そうだ、十勝川さん、十和ちゃんの店の

宣伝してくんないかな。客減少気味なんで、ひさご通りなんてなかなか仲見世通りからは客来ないんだよねえ。上手いしょラーメン。事情あって俺たちの二人目の娘なんだ」

聞こえているのかいないのか、それには反応しない十勝川。ラーメンを啜っている。

しばらくしてから「え〜美味しいわ。近いの?」と十勝川キャップ、話は聞いていたらしい。

「階段降りて、左手5、6軒目かな。暖簾かかってるから分かるよ」

「そう、浅草の企画あったら入れてみるかな?事情あってって、一心さんの浮気してできた娘って事?」

一心はドキッとして静を見ると、ボクサー色に輝く目。慌てて「違う違う!事件絡みよ!」慌てる必要のないところで動揺し、静に不信感を与えてしまう一心。

「そう、奥さん大変ねえ、この旦那、ふふ」

「へえ、えらいくろおさせられておます」と眉をぴくつかせる。

「何回食ってもうまい!んー味は俺が保証する」何とかこのやばそうな雰囲気を誤魔化そうとする一心。

「え〜美味しいのはわかった」そう言って十勝川キャップは微笑んだ。

 その後、たわいない話に花が咲いて、キャップが「久しぶりに息抜きした気がする。これが、警部も時々ここへ来るという理由なのかな?」と警部に呟いて、警部は微笑んで大きく頷いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る