第6話
*浅草の中学校グラウンド
4月22日、夕方から降り出した雨が時間と共に強くなる。午後10時には激しい降りとなって、跳ねた雨水が白い煙のように地表を覆いグラウンドのベンチからピッチャーマウンドすら霞んで見えない。
十勝川は警視庁の万十川課長のそばに陣取った。そして父親の大雪山彰氏がバッグを持ってグラウンドに一歩踏み込む所から、バッグを置いて戻るまでの間、バックネット裏とセンター側の道路との2ヶ所からカメラで撮影することにしている。全員イヤホンマイクを付けていて、一人の喋りは5名全員に聞こえる。カメラのほかマイクや照明も連れてきたので、課長の許可が出たら、グラウンドを照らし出せるが、雨が強すぎる。
「万十川課長、雨がこんなに降って、犯人くるでしょうか?バッグのありか見えないんじゃ?」十勝川は心配する。
「どうかな、一昨日から予報は出てたから、逆にこれを狙ったのかもしれんぞ!」
「な〜る、それもありか」
10分前になる。課長が隣の父親の背中を叩く。父親も警察のイヤホンを付けている。
父親が一歩踏み出した。
「カメラ!」十勝川が叫ぶ「了解!」と返事が返ってくる。
父親はバッグをしっかり胸に抱いて、一歩一歩中央へ向かって歩いてゆく。しだいに見えづらく姿が霞んでゆく。
「おい、カメラ!見えてるか?」十勝川が叫ぶ。
「はい、何とか、暗視カメラも回してるんで何とかって感じです」心配な回答が返ってきた。
十勝川から父親がバッグを置いた姿は見えない。
ややあって返ってくる父親の姿が薄っすら見えてくる。
「バッグ置いたとこ写せた?」
「いや〜、多分、うまくいって影程度だなあ」
「わかった、そのまま写し続けて」
「はい、続けます」
「警察はカメラとかは?」十勝川が課長に訊くと「いや、無い。GPSだけだ」との返事だ。
「今の場所は?」万十川課長が車中のパソコンでGPSの位置を確認している刑事に訊く。
「動いていない」
時刻になった。
「どうだ」課長がマイクに向かって話しかける」
「まだ、動きません」
10分が過ぎた。我慢の時間だと十勝川は自分に言い聞かせる。
「課長!動きました!校舎の方向へ動いてます」
「よし、確保だ!校舎に向かってる」課長が叫ぶ。
バシャバシャと多数の足音がグラウンドの中へ進んでゆく。
「バッグ有りません!」
「誰も居ません!」
「校舎だ!急げっ!」
「逃すな!」そう叫んでから課長もバチャバチャと走り出す。
十勝川も走る。自分の後ろからも誰かがバチャバチャ走ってついてくる。
「G P Sが校舎の中に入ったようです!」
「追えーっ!」課長が叫ぶ。
「校舎に入れませーん、鍵が掛かってます」捜査員から困惑の叫び。
十勝川の後ろから若い女性の声が
「屋上だ!非常階段を上がれっ!」と怒鳴っている。
「屋上だ!急げっ!」課長が叫ぶ。
十勝川が「あなたは?」と訊く。
「探偵の岡引美紗。父一心が事務所を開いていて、そこで働いてます。今回、依頼を受けて来たの。警察は知ってると思いますけど?」
「そう、でも、良い指摘だったわ。わたし、国営放送の十勝川洋郁(とかちがわ・よういく)と言います。よろしくね」
非常階段の入り口には2メートルほどの高さの鉄柵がある。捜査員の一人がどろんこの地面に四つん這いになっていて、続く捜査員がそれを踏み台にして次々に鉄柵を越えてゆく。課長は無理だと思ったのか立ち止まった。そして振り向いて
「あんたが、岡引探偵の娘さん?浅草署の丘頭警部は随分あなた方に助けられたと言ってた。俺、警視庁の万十川です。よろしくな」
話してる間も階段を駆け上がる捜査員のガチャガチャいう足音が響く。
「そう、美紗です。ついでに、犯人バルドローン使ったんじゃないかな。そうじゃないとこんな動きできないと思う」結構、怒鳴っているようだが、それでようやく聞こえる。
「何だ、その何とかドローンって」課長も怒鳴っている。
「モーター付パラグライダーのモーターをドローンに替えて足の下に置いて、羽を羽型のバルーンに変えたようなもんよ」
「そんなものあるのかしら?」と十勝川が言うと「うちにも有るよ。見せるか?」と美紗が応じる。
「あ〜、頼む」課長は疑いの眼差しを美紗に向けている。声を張り上げていたので肩で息をしていて苦しそうだ。
十勝川はいつも課長席にばかりいるから運動不足ね、とニヤリとする。
彼女は後ろを向いて電話をかけてるようだ。
「どうだ、屋上にいたか?」課長が叫ぶ。
「いませーん。空のバッグだけありました。
G P S 残ってます。身代金を受け取りました、とメモに書いてあります」
「なにー、くっそー、またやられたか!全員、校舎を取り囲め、出てくる奴はみんな逮捕だ!」課長の頭から怒りで湯気が上がるのが見えるようだ。
「カメラ!何か写ったか?」十勝川が確認すると「後で見ないと分かりませんが、ダメかと」そんな残念な報告がきた。
「今、うちのバルドローンってやつ来るから」美紗が自慢げに言う。
「何処で作ったの?」十勝川が訊くと、待ってましたと言わんばかりに「私、私の手作りよ!」と反応する。
「ほ〜、それって、もしかして法令違反じゃないのか?」課長が突っ込む。
「えっ、そんなことない。犯人追跡にしか使ってないし」美紗の目が少し動揺する。
その時、目の前にブーンと結構大きな音を立てて、それが着地した。
「それだよ」美紗が二人に言う。
課長と十勝川がそばでじっくり眺め、触る。
「重量制限は?」
「二百五十キロは大丈夫」と操縦士。
「君は岡引探偵の?」
「そうです。一助といって、車から飛行機までの運転免許持ってるんだ」自慢一杯のドヤ顔。
「そう、課長これならバッグ奪えそうですね」
「そうだな、きみ、一助くん、君が犯人じゃないのか?」課長の冗談とも思えない発言に「え〜、俺、これを見せて上げてっていうからここに来たんだぜ。事務所で関係者調べてたのに」と答える一助。
「本当か?」さらに課長がしつこく言うと「ちょっと、刑事さんそれってあんまりじゃないの、これまで散々捜査手伝わせといて!」美紗はマジで怒っているようだ。
「まあまあ、課長もその言いようはないですよ」十勝川が間に入って課長を止める。
「ははは、一助くん許してくれ、どうも悪い癖で、すぐ疑うんだ、職業病だと思ってな」
「わかりゃー良いんですよ」とは言うが不満顔だ。
「だが、君のおかげで手口がわかった。犯人はそういう技術を持ってるってことだな。これ特許は?」
「いや、とってない。特別な技術ないから、組み合わせだから」聞いてる二人が頷く。
課長がマイクに喋る。「おい、ヘリは何か航空機と接触は無かったのか?」
「空には何も飛んでません。そもそも、見えません。高度200以下には危険なので下がれません」
「屋上は、何か証拠は無いのか?」
・・・「ありません」・・それしか応答は無かった。
「一助!帰るぞ」美紗は機嫌悪そうだ。カッパを着ていても染みてずぶ濡れだ。
「わたしも引き上げます」課長にそう言って部下に引き上げを指示した。十勝川もカッパを着ていたがずぶ濡れ。
「美紗さんこんな雨でもそのドローンは平気なの?」十勝川が尋ねる。
「まあ、作りによるけど、うちのは私作ったから大丈夫」と自慢げににっこり。
十勝川はこの娘、笑うと可愛いのにと思った。
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