第5話

*岡引探偵事務所


4月21日日曜日。

「ごめんくださ〜い」

久々の客の声だ、と喜ぶ一心。この探偵事務所の所長でもある。

「は〜い、今行きますから、そこへ座ってて〜」そう言って身支度を急ぐ。

 探偵事務所は浅草ひさご通りの貸ビルの2階。事務所の奥と3階は自宅になっている。妻の静(しずか)、長男数馬(かずま)、長女美紗(みさ)、親戚の子一助(いちすけ)

自慢ではないが、この家族でこれまでも数々の難事件を解決してきた実績がある。

 奥から事務所のドアを開けて顔を出すと、スーツ姿の40代くらいの男性が座っている。静がお茶を勧めていた。

「お待たせしました。俺、岡引一心(おかびき・いっしん)この探偵事務所の所長です。家族五人でやってます」

名刺を差し出す。

「はあ、警察署で聞いたらここに探偵事務所あるって言われてきました」と男性が言う。

「ほ〜、浅草警察?」一心が訊くと「そうです」と答える。

「あ〜なるほど、あそこには随分捜査協力してきたからねえ。で、何のご相談で?」

「あっ、失礼しました。自分こういうものです」

男性はそこでやっと名刺を出す。差し出された名刺を見ると、田鹿浦宝蔵議員事務所大塚家仁(おおつか・いえひと)と書かれていた。

「テレビで見ました。誘拐事件の関係ですか?」

「はい、実は20日秘書仲間の大雪山洋行(たいせつさん・ようこう)の娘さんで大学生の美鈴さんが誘拐され、身代金と議員の悪事を暴露せよとの脅迫状がきまして、身代金は議員が用意すると言ってくれたのですが、悪事には心当たりがなく、インタビューで説明したことしかわからない。どう言ったら犯行を止めて貰えるのか分からない、と仰って・・ですから、美鈴さんが殺害される可能性が高い。それで何とか岡引さんに助けて欲しいと・・」

大塚氏は頭を下げる。そして、もそもそとバッグから札束を出してテーブルの上に重ねる。帯封が五つあった。

「これは、結果がどうあれ、期間がどうあれお支払いするものです。足りませんか?」

一心は余りの大金を前に心臓がドキドキして言葉が上手く出てこない。

そこへ静が出てくる。

「おおきに、ほな早速お話しお聞きしまひょか?」

後から美紗も数馬も一助も姿を見せる。

大塚氏が1枚のメモ用紙をテーブルに置く。

「これが、犯人が寄越した五つのヒントです」

一心はじっくりと見る。

「警察はどう言ってるんですか?」

「関係者を13名洗い出したので、夫々今当たっていると」

「一人目の方は、殺害されたとニュースでやってましたが」

「はい、動画が送り付けられ、それを映し出すと女性が裸で椅子に縛り付けられて、首に巻かれた紐が絞められ、そして紐が解かれて床にドサっと倒れ込んでそのまま。で、一緒にその女性の右手小指が国営放送局に送り付けられていて、動画にも血を流していた様子が映されていました。可哀想でした」

「あなたも見たのですか?」

「はい、警察が、議員に見せたんです。実はその女性山陽麗衣さんといってご両親がいるのですが、実の父親が田鹿浦議員のようなんです。議員になる前付き合っていて、別れてから当時の父親田鹿浦道山(たがうら・どうさん)の秘書だった山陽彰(さんよう・あきら)と結婚したんですが、すでにお腹に子供がいた、ということのようです」

一心は不審に思う。

「それさ、子供出来ちゃって、堕ろせばそれでスキャンダルだから、無理矢理秘書に押し付けたんじゃないのかな?」突っ込むと「いや〜、それは・・」と大塚氏は言葉を濁す。

「まあ、事件には関係ないからいいですが」

そう言って一心が大塚氏を観察していると、冷や汗をかいているから、自分の想像は当たっていると確信する。

「それで、今回の身代金は?」

「はい、1億円を明日22日月曜日の夜11時半に浅草の中学校のグランドの真ん中に置けと」

「えっ、そんなとこに取りにきたら即逮捕じゃない?」とは美紗の発言。

「そ、そうなんです。警察も何を考えているのか疑問視しています。空にヘリコプターも配置するそうです」

「闇に紛れて逃げおうせるつもりか?何か妙案でもあるのかな?」流石の一心も首を捻る。

「さー、自分には想像できません」

「分かりました。俺らで警察とは別に捜査しますが、そちらに入った情報は電話なりFAXなり SNSなり、先ほどあげた名刺の裏に書いてますから提供をお願いします」と一心が言い大塚氏が了解した。

「それと、議員本人か事務所への訪問、警視庁、国営放送局へ聞き取りしますので、話を通しておいて下さい」

「分かりました、それは今日中にやっておきます。それと動画はコピーを取ってます」

大塚氏はそう言ってメディアをテーブルに置いて「ですが、動画が動画なので取り扱いには充分ご配慮をお願いします」と続け、深く頭を下げる。

「勿論です。それと、明日の夜俺らも行きますので、それも伝えて下さい」

大塚氏は立ち上がって、深く一礼して帰っていった。


 その後、美沙にメディアを渡して動画を見る準備をさせる。

えーっ、うおーと驚きとも悲鳴ともとれる声が事務所の中を駆け巡る。

「ひどい!あんまりだ!。この娘に怨みがある訳じゃないんでしょ!残酷過ぎでしょ」数馬が声を震わせて怒鳴る。

静も美紗も数馬も一助も、多分俺も怒りで溢れた目をしていたと思う。


 テレビのニュースでも余りにひどい所業にキャスターも声を震わせている。と同時に、田鹿浦議員に被害者が殺害されないような物言いは無かったのか?と疑問を投げつける。議員の事務所前は報道陣で大混乱しているようだ。


テレビをみてから一心はみんなに気合いを入れた。

「みんな、今回の依頼では今までより凶暴な犯人を相手にするかもしれん、注意してな。それと、被害者を捜すのは警察に任せて、ヒントの調査を全員で全力で当たろう。で、俺丘頭警部のとこ行ってヒント絡みで洗い出された人と捜査状況聞いてくるから、皆1件目の身代金が奪われるとこ見ててくれ、な」

「わかったぜ、俺が前みたいに見抜いてやるぜ」数馬は以前、警察も一心も見つけられなかった監視カメラに写っていた証拠を唯一見つけて、警察からも大層褒められたのをいまだに自慢している。


* 浅草警察署


 一心が久しぶりに浅草署を訪れた。大体の警官は知っている。すれ違うたび片手を上げて挨拶。捜査課のドアを開けると、丘頭桃子(おかがしら・とうこ)警部の姿が遠くにあった。

「おばんで〜す」そう言いながら入ると、警部が応接室を指差す。

「誰から頼まれた?」警部から訊かれ「田鹿浦議員事務所の大塚さんて人」と返事する。

「ほ〜、あの人、大雪山氏の代わりに行ったんだね。あの動画見たら酷いから心配になるもんねえ」

一心は捜査状況を訊こうと「で、どこまで行ってる?」と言うと「はい、これ、特別よ」

警部が置いた紙には、捜査の進捗状況が細かく書かれていた。関係者リストと状況も書いてある。

「ありがと。さすが警部、頼りにしてます」

一心が資料をバッグに入れると、警部が「明日、現場?」と訊いてくる。

「あ〜勿論行くよ。とっ捕まえてやる」

「それは、こっちが先!ふふふ」

「ははは、そうだったな。じゃ」そう言って腰を上げる。

帰り道、関係者は今の所十数人いる。都内ばかりじゃないし、大変な予感がする一心であった。

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