第3話

* 浅草寺


 13日土曜日、浅草の浅草寺前の仲見世通りは、本堂へ行き来する観光客で混雑している。十勝川は放映こそできないが小型のカメラやマイクを現場に配置させた。捜査官は20名はいるみたいだ。

10時50分宝蔵門の陰で待機していた被害者のお父さんが、肩を叩かれて歩き出す。その前後少し間をあけて私服刑事が歩いてゆく。そして警察に促されて所定の場所にバッグを置いた。周りをぐるりと見回してから戻って宝蔵門を抜け、自分の勤めるお土産屋で待機する。

十勝川が小声で胸のマイクに話しかける。「カメラ!お父さんを撮った?」

「キャップ、ばっちりです」返事が返ってくる。

目の前を大勢の観光客が道幅一杯に広がって歩いてゆく。真ん中を歩いている人は、バッグを邪魔そうに避けて歩いてゆく。激しい往来だ。修学旅行風の百名を超えるだろう学生の団体が通り過ぎる。次に先頭で旗を振るガイドに連れられて、数十人のお年寄りの団体がぞろぞろゆく。歩みが遅く、和服姿も多くバッグが見え隠れする。後から後から個人や団体の観光客が過ぎる。帰りの客もいる。ロングスカートや着物姿なども多く見づらい場面も多々あるがバッグは無事のようだ。

もう、11時を20分過ぎている。警察の万十川課長らもやや離れたところから監視を続けている。

12時になるとき、スーツ姿の中年男性がバッグに手をかけた。持ち去ろうとしている。

「確保っ!」万十川課長の叫び声が十勝川にも届いた。一斉に私服の刑事があちこちから飛び出してきて、その男を取り囲んで、男の腕を両側から掴んで、通路から少し離れた場所へ連れてゆく。

「カメラ、マイク追え!」叫んで十勝川もそこへ走る。

「な、何ですか?あなた方は?」とその男は驚いた表情で怒鳴る。

「被害者はどこだ!」鬼の形相の万十川課長が男の顔を睨みつけて大声で怒鳴り、警察手帳を広げる。

「警察?なんで警察が?」

「あんたが、そのバッグに入った身代金を持って逃げようとしたからだ」

「え〜、私は寺務所の人間で、客から通路に置いてあるバッグ邪魔だからどけろ!って言われて、今、寺務所へ持っていくところなんですが」男は警官に捕まえられ動揺している。

「なに?あんたが誘拐したんじゃないのか?」万十川課長の表情が一変して困惑顔になった。

「な、なにをばかな。私は真っ当な人間です。誘拐だなんて、とんでもない」男は怒り出した。

「バッグをこちらに渡して」万十川課長がバッグを受け取ると軽いことに気付く。

「おい、高橋くんこれ開けて」高橋刑事にバッグを渡す。

「はい」と返事をし刑事がバッグを開けると、中身はぐちゃぐちゃの新聞紙。それにメモがみが1枚。

課長がそれを読む。

「身代金は受け取った。だとう、すり替えだ!犯人が同じバッグとすり替えたんだ。付近を探せーっ!」

捜査員がバラバラっと散らばる。

「課長やられましたね」十勝川が声をかける。

「くそー、十勝川さん!あんたは見なかったか?バッグをすり替えたところ。カメラは?」

「え〜、回してましたよ」

「じゃあ、あとで警察に出してくれや」

「わかりました。何も写ってないと思いますが、届けさせますね」

「しかし、どうやって?いつ?」

「あら、人混みに紛れてに決まってるんじゃありませんこと?それとすり替えなんて考えてなかったから、じゃないですか?私もそうだから偉そうには言えないんですけどねぇ」

「俺は、ずっと見ていたんだ。くそー」

「課長、放送してもいいかしら?」

「あ〜」それだけ言って課長は引き上げる。

鑑識がバッグとメモを持って行った。

 十勝川は議員会館に田鹿浦議員にインタビューを申し入れるよう局へ指示する。

そしてカメラマンに撮影データのコピーを警視庁の万十川課長に届けるよう指示し現場を離れた。


* 千代田区の国営放送局


 夜9時の国営放送のニュースでは、誘拐事件のこと、身代金をまんまと奪われたこと、田鹿浦議員が人道上お金を融通したこと、犯人が挙げた五つのヒントに対して、自分は悪事と思われるようなことはしていないと明言したことなどが流された。

そしてその五つのヒントも公開した。その後で田鹿浦議員のインタビューの様子が流されている。

議員は質問者に対して「人質にされたお嬢さんが助かるようにと思ってお金はご両親に代わって出しました。その場で犯人逮捕に繋がらなかったのは非常に残念だし、警察の対応がどうだったのか、そう思います」

 五つのヒントについてはどう思われますか?との問いには。

「前回、文書を持って警察へ報告した通りです。それ以上でも、以下でもない」

「しかし、犯人は誘拐という重大犯罪を犯してでも、悪事を暴きたいと言ってます。何も無いというのは、素直に信じ難いし、仮に、議員の仰る通りだとしても、被害者を救うための方便ということもあるんじゃ無いですか?」

「じゃあ、君!どう言えば良かったと言うんだ!良い加減なことは言うな!命がかかってるとすれば、迂闊に良い加減に認めたとしても、犯人が嘘だと思ったら、それこそ被害者の命が危険に晒されるんじゃないか?そう思わんのか?」

「それは、わかりますが、例えば、ヒントに自分は関わりは無いが、誘拐するほど、自分を怨むとすれば、何か自分に落ち度があったのかもしれない。そうであれば、そこは謝罪する。しかし、被害者には関係のない話だ。被害者を解放した上で、話をしたい。とか、言ったらどうなんでしょうか?議員だからもっと上手い言い方があるのでしょうけど、僕でもそのくらいのことは思いつきますよ」

「そんなことでは、到底納得させられるとは思えん。君たちも私を責めるのではなく、犯人を説得したらどうなんだ!犯人にインタビューを申し込むとか?そうじゃないかね」

「それでは、あくまで自分は無関係だと言い続けるんですね!」

「それが事実だ。しようが無い。嘘はつけん」

それでインタビューは終わった。十勝川は被害者が心配だった。


 翌14日、また十勝川キャップのところへ小荷物が届いた。発送元は千葉市の山田太郎になっていた。開けると、女物の衣類、下着に若干の髪の毛がゴム輪でまとめられて入っていて、メモが添えられていた。

「田鹿浦の悪事を暴け、さもないと死ぬ」

キャップが読むと、悲鳴が上がる。急いで万十川課長にその旨を伝える。なんとか議員に話してもらえないかと、女性の命がかかっている。と伝えた。

 しかし、十勝川が夜9時のニュースで流せたのは、前日と同じ答えの議員の姿だった。


 翌15日、国営放送局の十勝川キャップのところに、ちょっと膨らんだ封筒が届いた。発信は横浜になっていた。

十勝川は、部下数人を呼んで、恐る恐る封を開けさせる。メディアと太字マジック大の黒いビニール袋が出てきた。少し怖くなって開ける前に万十川課長に電話を入れた。

 課長たちが来るのを待って、刑事にビニール袋を開けてもらう。

ゴロンっと人間の指らしき物が出てきた。

きゃーと悲鳴をあげる女性たち。十勝川も悲鳴が出そうな自分の口を思わず両手で塞いだ。

「か、課長!あと頼みます」十勝川も尻込みした。それでもメディアを確認しないと、と気持ちを入れ直す。

「加瀬くん、メディアをパソコンに入れて」

加瀬は「はい」と返事をしてパソコンを操作する。数分で準備ができる。

「キャップ、準備ができました」

「はい、課長!一緒に見ましょう」

警察と局の人間と10名以上でパソコン画面を見守る。

少しして、普通の住宅の一室のようなところだ。正面の椅子に裸の女性が縛られ座っている。

「山陽麗衣さんだっ!」十勝川も貰った写真と見比べたが間違いない、山陽麗衣さんだ。右手の小指を押さえている状態で紐でぐるぐる巻きにされている。抑える手の間から赤い血のようなものが流れ、固まっている。

女性のキャスターが悲鳴をあげる。

「きゃー、キャップ!手から血が・・」

「黙って!」十勝川も自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。

そして、首にも紐が巻き付いて上に吊られているようだ。しだいに首の紐が強く食い込んでいく。苦しそうだ。さるぐつわをかまされているが、悲鳴をあげて泣いている。

頭を左右に振っている。大きく口開けている。目が充血して真っ赤だ。その目から涙が流れている。鼻水も唾液も垂れ続けている。

顔は恐怖にひきつり、とても若い女性のものとは思えないほど歪んでいる。

「やだー、止めてー」女性キャスターが叫ぶ。

やがて被害者の全身から力が抜けてゆくのがわかった。程なく黒尽くめの犯人が後ろ姿で現れて、二度と動くことが無いことを確認しているかのように、じっと被害者のその姿を見ている。それから縛っていた紐を解く、女性は操り人形でもあるかのようにドサっと頭から床に崩れ落ちた。

きゃーとまた十勝川の背後から悲鳴が上がる。

倒れた女性はそのまま動かない。数分が過ぎて画面が切れた。

 十勝川は悔しくて、残酷で、可哀想で拳を強く握りしめた。

「なんてことを!万十川課長!許せないこんな、何もしていない女性を殺すなんて、ましてや指を切り落とすだなんて!わたし絶対に許さない!」自然に十勝川の頬を涙が伝う。

「証拠品、もらっていくぞ!」課長は唇を噛み締めている。目がつりあがり怒りに溢れている。

「わたしが、動画を家族に届けますか?」十勝川がそう言うと「いや、警察に呼んで見てもらう」そう言った。

「そうですか、じゃ、頼みます」十勝川はそれをみた時の両親の心情を思い、涙が止まらなかった。その場の全員が泣いた。



* 警視庁


 その日の夕方警視庁は記者会見を開いた。万十川課長が時系列に沿って誘拐事件の概要を次のように説明した。

 4月10日山陽麗衣さんが誘拐され脅迫状が国営放送局に届けられた。犯人は身代金以外に国会議員の田鹿浦宝蔵氏の悪事を暴けとも言ってきて、五つのヒントも与えてきた。しかし、議員は清廉潔白として、怨まれる心当たりはないと言った。 

 13日身代金を奪われた。

 14日に身につけていた衣類や髪の毛が国営放送局に送り付けられた。

 15日被害者の小指が国営放送局に送り付けられ、同封されたメディアに被害者が絞殺される動画が記録されていた。

 この間、議員は一貫して悪事は無いと主張した。

 そして課長は、最後に情報の提供を広く求めますと結んだ。


 次の日から、世論は人道上身代金を出したことは評価したが、悪事に関して被害者のことを考えた発言ができなかったのか、と追求した。

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