第2話
* 誘拐された娘の母親
午後2時、山陽壮子(さんよう・そうこ)の携帯電話がなる。娘の麗衣(れいい)からだった。
「どうしたの?珍しく」と言いながら電話にでる。
しかし、相手は娘ではなく、変な声の男のようだ。
「娘は預かった。警察にはいうな。また、電話する」
それだけ言って切れた。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。誘拐?って、家は一般の家庭でお金なんか要求されてもないし、そう思いながら娘にリダイヤルする。長い時間呼び出しているが誰もでない。そしてお繋ぎできませんでしたと言って切れた。心配になって夫に電話をかける。
「何だよ、職場になんか電話して」迷惑そうな夫の声。
「れ、れ、れいが誘拐された」それだけ言うのが精一杯だった。
「ははは、なに冗談言ってんのよ。お前、今日は4月も10日だぞ、エイプリールフール終わってるし」呑気な夫に腹が立つ。
「何言ってんのよ!冗談でこんな事言わないわよ!何の、何の要求もないけど、れいの電話から知らない変な声の男が、娘は預かったって、また、電話するって・・・ど、どうしよう・・」涙が頬を伝う。
「ほんとか!分かった。警察に電話する!」
漸く夫が事態を飲み込めたようだ。
「するなって言われたわよ、大丈夫かしら?」不安と心配で頭が混乱して、どうして良いのか分からなくなる。
「大丈夫だ、俺もすぐ帰るから」
夫がそう言ってから20分ほどして、玄関のチャイムが鳴る。壮子が応じると、警察と名乗るので、開けた。数名の警官が入ってきた。
「事情は旦那さんから聞きました。奥さんの携帯を貸して下さい。逆探知します」
そう言われて携帯を警官に渡すと、別の警官が何やら装置をバッグから出して携帯に装着している。
それから、10分、夫が帰ってきた。
堪えていたが抑えられなくなった。夫の胸で泣いた。が、すぐに自分を奮い立たせる。名刺を貰うと、警視庁捜査一課の課長万十川建造(まんとがわ・けんぞう)と名刺に書かれていた。
「私は母親の山陽壮子(さんよう・そうこ)夫は彰(あきら)で、娘は麗衣(れいい)です。どうして誘拐なんかされるんでしょう?」
「わかりません。何か要求は?」
「何も・・娘に電話してもでないんです」そう言うと、また涙が溢れる。今朝は普通にパン食べて牛乳飲んで父親と一緒に会社に行ったはずだったのに、そう考えるとまた涙がでる。
*千代田区の国営放送局*
国営放送の報道局のキャップ十勝川洋郁(とかちがわ・よういく)は鬼の女キャップと言われている。見るからに厳しそうな顔立ちにいつも黒っぽいスーツをきちっと着ていて、埃の一つでも付けたら怒鳴り散らされそうな雰囲気の中年女性だ。その十勝川キャップのところへ小荷物が届いた。4月10日午後5時だった。
送り主は都内の山田太郎となっている。嘘臭い名前だ、何だろうと思いながらダンボールの蓋を開けてみる。空のバッグが一つと手紙が入っていた。手紙には「山陽麗衣27歳を誘拐した。1億円をバッグに入れて13日土曜日の11時浅草寺本堂と宝蔵門の通路の中間の真ん中に置くこと。札の番号は控えるな。それと国会議員の田鹿浦宝蔵(たがうら・ほうぞう)の悪事を暴くこと」と書かれていた。即、警視庁に照会した。
「あの〜局に山陽麗衣さんを誘拐したと封書がきたのよ。わたし悪戯とも思ったんだけど一応確認で電話したんですよねえ、そういう事件起きているのかしら?」
電話は万十川課長に回された。
「課長の万十川です。まだ極秘ですが、その件で今、山陽さんのお宅にいます。すぐ要求を教えて下さい。そして、警察に持ってきて下さい」と言われ、内容を教え、コピーをとって原本を警察に持ってゆく。もう一部を被害者宅に持参する。
* 山陽家
1時間後、十勝川キャップから渡されたメモを万十川課長が見て、それを父親に確認する。
「1億円用意できますか?」威圧感のある落ち着いた声の持ち主だ。
「いえ、無理です。俺は仲見世通のお土産屋の従業員ですよ!そんな金あるわけないでしょう!」興奮している父親に万十川課長がゆっくりとした口調で質問する。
「文書に、田鹿浦議員の悪事のヒントが書かれています。
一つ目は16歳、
二つ目は18歳、
三つ目は大山金属、
四つ目は土台建設、
五つ目は総見証券、です。心あたりは?」
「何のことかサッパリわからない」父親は髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱す。声が甲高く叫ぶような話ぶりになっている。
「わかりました。お父さん落ち着いて、今、議員本人に確認しますから。議員とはお知り合いで?」そう言って、捜査員に顎で指示する。
「ん〜、いやあ・・・」父親が何かはっきりしない。壮子が横から口を挟む。
「麗衣の実の父親です」キッパリ言い切った。
「お前、そんなこと簡単に言って・・」窘めようとする夫に「何言ってんのよ!娘が誘拐されてるのに、隠し事なんかしてどうすんのよ!万一のことあったら、あなたどうすんのよ!」泣き叫ぶような声になる。
「お母さんも、落ち着いて、その事情はあとでもう少し詳しくお聞きします」
2時間ほどして万十川課長に電話がはいる。議員の回答をメモしているようだ。電話が終わってからそれを父親に見せる。
一つ目、16歳の時にクラスメイトの金山真一(かなやま・しんいち)が自殺した。自分には関係のないいじめだと噂を聞いた。
二つ目、18歳の時に、高校を卒業してすぐ、クラスメイトだった銀野供子(ぎんの・きょうこ)が免許取り立てだった同じクラスの都地川源(とちがわ・げん)の車にはねられ、植物状態になった。何年かして死んだと噂を聞いた。
三つ目、大山金属とは輸出入関係の取引先だった。他社から大量発注を受けたが、途中でキャンセルになった。キャンセル料は無しとしていたため資金に行き詰まり、自分に相談してきた。その結果わが社の一部門になった。
四つ目、土台建設は、我が社も不動産に進出し業績を伸ばしていたところ、地の利に疎かったという弱点があった。一方、土台建設は資金不足になっていて、話し合いで合併した。社員をそのまま受け入れたが、社長だけが突然いなくなってしまった。いまだに理由はわからない。
五つ目、総見証券は、わが社の資金運用のため利用していた。伸び盛りの同社の株がたまたま大量に売りに出されていたので買ったまで。
そう書かれていた。しかし、夫婦は何のことかサッパリわからない様子だ。
万十川課長は議員の言葉を添える。
「議員は誘拐の話を聞いて人道上の問題だとして金は出す。と言ってくれました。
加えて、自分は清廉潔白、人に怨みをかうような事は一切ない、と言い切りました」
それを聞いて夫が「なんか、政治家に良くある誤魔化し言葉のような気がする・・」と反応する。
「それで、なんでうちの子が誘拐されなければいけないんです?」夫人は心配のあまり、声はうわずっているし、手が震えている。
「刑事さん娘を、助けて下さい。お願いします」夫人が頭を深く下げた。夫も続いた。
課長は大きく頷いた。
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