八 アンモナイト・ミューアジムセンターにて

アンモナイト。古生代シルル紀末期から中生代白亜紀末まで、およそ三億五千万年までの間、地球上の海洋に広く分布して繁栄していた。分類名は「アンモナイト亜綱」といって、頭足類の一分類であり多くは多くは平べったい、巻貝のような殻を持っているのが、ひとつの特徴でもある。

 このアンモナイト亜綱は、現生するオウムガイとよく似た特徴を持ち、短い足の中央部に口が付いていたことから、イカやタコの遠祖ではないかという説が有力である。

 では、何故そのような永い期間地球の海に君臨してきた、アンモナイトが姿を消してしまったのかというと、その時代に棲息していた恐竜同様、六千六百万年前メキシコのユカタン半島に衝突した、小惑星が大気中の有機物を燃焼させ、大量の煤(すす)を成層圏に放出された。これにより太陽光は吸収され、干ばつや水温の低下を引き起こし、海水中の光合成の減少をも併発したことによって恐竜やアンモナイトなど、地球上の七六パーセントの生き物が絶滅したと言われている。それから六千六百万年が経過した現在、われわれ人類を始めとした数多い生物たちが、生きた時間の中で生活を送っているのだから、大自然の力というものは逞しく偉大である。

 さて、山本たちは夏休みの締めくくりとばかりに、海辺に近い街にある「アンモナイト・ミュージアムセンター」に、耕平が母親の亜紀子も誘ってはるばるやって来ていた。

料金を支払い受付を済ませて館内に入ると、これまでに発掘された様々な形のアンモナイトが展示されていた。

館内には大小のアンモナイト化石の展示物のほかに、棲息していた頃を描いた極色彩の想像図や、当時の海の様子を表したCGアニメーションが、パノラマビジョンに映し出されていたた。

「キャー、気持ち悪い…。こんなのが太古の海にいたなんて、あたしとても信じられないわ…」

 と、いうのが、奈津実の第一声だった。

「んでも、見てみろよ。奈津実、この大きなアンモナイト足は短いが太さは十分だ…。コイツを刺身にでもして喰ったら、案外うまいんじゃないのかなぁ…」

「キャー、止してよ。徹さん、こんなところまで来て、食い意地張ったこと云うのは…」

 奈津実が、いかにも気持ち悪いというような表情で、不快感を露わにして顔をしかめた。

「しかし…、こんな原始的な生き物、ホントに食えるのかよ…」

 耕平は、山本とは別の意味合いで訊いた。

「さあな…、喰ったことないからわからないけど、たぶん喰えんじゃないのかぁ…。同じ地球の生きてたんだから…」

 山本はいかにも物欲しそうな顔で耕平に言った。

「まあ、まあ。徹ちゃん、そんなに食べたかったら、あとでイカ刺しでもご馳走してあげるわよ…」

 亜紀子が食い気をもろに出しながら、アンモナイトのアニメーション映像を見ている山本に言った。

「ホントですか。おばさん、ごっつあんです…」

「おい、山本。お前何しに来たたんだよ。こんなところまで…」

 耕平も半ば呆れ顔で山本に訊いた。

「まあ、そう云うなって耕平、それよりぼちぼち体験発掘館のほうに行ってみないか…。制限時間はあるらしいが、発掘したものは貴重なものを除けば持ち帰れるそうだ。みんなで行ってみようか…」

 体験発掘場は、センターの建物に併設されていて、周りに囲いはついているが屋根は設置されていない。

「わあー、中はけっこう広いんだね…」

 耕平は自分で思っていたよりも、はるかに広い発掘場内を眺めまわした。

 発掘場には親子連れや学生などが、体験発掘をしている程度で人影もまばらだった。

「化石を掘るハンマーとタガネは貸してもらったけど、軍手は自前だそうだ。お前ら持ってきてるか…」

「あたし持って来てないわ。どうしよう…」

「オレも持ってきてないぞ…」

 奈津実と耕平が相次いでいった。

「へ、そんなこともあるだろうと、オレが持ってきてやったよ。ほらよ…」

 山本はザックを下ろすと、中から軍手を取り出してふたりに渡した。

「これ、おばさんの。はい…」

亜紀子にも手渡そううとすると、

「あたしはいいわよ。徹ちゃん、みんなが掘るところを見てるから…」

 と、言って断った。確かに明子には化石の発掘なんて、似合わないだろうと思って山本はザックに戻した。

 それから二時間かけて体験発掘が始まった。山本も耕平もハンマーとタガネをふるって、少しづつ岩を砕いて掘り起こすのだから、根気のいる作業ではあった。

 山本も必死で発掘をやっていたが、ひとりで掘るのは効率が悪いと思ったのか、耕平と奈津実を呼び寄せた。

「おい、耕平も奈津実もお前らひとりで掘っていたって、どうせ仕事がはかどらないだろう。オレと一緒に、ここ掘ったほうがよっぽどいいぞ…」

「うん、それもそうだな…。じゃ、オレもここを掘ろうか」

「なら、あたしもそうするわ」

 ここから三人の共同作業が始まったのだが、しばらく掘っていると山本のタガネが何か硬いものに打ち当たった。ガチンと音がして、さらに掘り進んでみると大きなカボチャ大の岩が露出してきた。周りをさらに掘り起こして、三人がかりで岩を上に持ちあげてみた。

「何だ。こりゃ…、とにかくコイツも割ってみよう…」

 山本は岩を周りから少しづつ削り落として行った。岩がなくなるにつれて、ほぼ完全な形のアンモナイトが姿を現してきた。

「おお、こりゃ凄い…。さっき展示室に展示されていたものより、こっちのほうがはるかにきれいだし、とても化石とは思えないくらいだ…」

「まあ、ホントね…。つい最近まで海の中にいたみたいにきれいだわ…」

 奈津実も山本からアンモナイトを受け取ると、両手を上に指し伸ばすと陽に翳(かざ)してみた。

「山本、そのアンモナイトを閉じ込めていたのは、もともとは岩じゃなくて海の泥が蓄積された物みたいだぞ。何よりの証拠に、外にも小さな貝も一緒に閉じ込められている。見てみろよ」

 耕平のいう通り、山本の砕いた岩の塊りには、小さな巻貝がへばりついていた。

「もっと細かく砕いてみたほうがいいぞ。他にも何か出てくるかも知れないから…」

山本は言われた通り、さっきアンモナイトを包み込んでいた、残りの岩塊も砕き始め何個目かの岩塊を砕いた時、岩が砕けた弾みで何かがコロコロと転がり出た。

「何だ…。いまのは…」

四人の目は、いま飛び出して行った物のほうに一斉に向けられた。

山本が砕き割った岩塊から飛び出した物は、一体どこに転がって行ったのか四人がかりで隈なく探した。すると、奈津実が何かを見つけたらしく、

「あ…、あったわ。これじゃないかしら…。まあ…、きれい…」

 奈津実が拾い上げたもの。それは一センチほどの丸い球形をしたものだった。奈津実の掌の上で、それは淡い虹色の光を放って輝いていた。

「何だ。それは…、まるで真珠みたいだな…」

 山本が言った。

「うーん…、虹色の真珠か…。もしかしたら、これはこのアンモナイトの中から、吐き出されたものかも知れないぞ…。山本」

「何だって…、耕平。そんなバカな。真珠貝が自分から真珠を吐き出すなんてことは、オレはいままで見たことも聞いたこともないぞ」

「でもな。山本、アンモナイトについてオレたちが知っていることなんて、ごくごく一部にしか過ぎないと思うんだ。だから、これがアンモナイトのものだとしたら、世界的な大発見になるかも知れないんだ…。わかるか、山本。これは大変なことなんだぞ」

「そ、そんなこと云われても、オレは、オレは…。どうしよう…」

 柄にもなく山本はおろおろして奈津実につがみついた。

「どれ、奈津実ちゃん。あたしにも見せてちょうだい…」

 横から亜紀子が手を伸ばして、奈津実の掌から虹色真珠をつまんでしげしげと見つめた。少しでも角度を変えると色彩も微妙変わり、とてもこの世のものとも思えぬほどの美しさだった。

「……もし、これがアンモナイトから出たものだとしても、そうでなかったにしても世界中で、これひとつしかないことだけは確かだわ…。とても、値段なんか付けられたものじゃないかも知れないわねぇ…」

「そ、そうなの。母さん…」

 最初は事態を冷静に分析していた耕平も、亜紀子から値が付けらないほど貴重なものだと聞いてから、急にそわそわし出して山本に言った。

「や、山本…。一個あったということは、探せば外にも見つかるってことじゃないのか。みんなで手分けしてもっと探そうよ…」

「バカだな。お前も、いいか…。よく聞けよ、耕平。これは確立の問題なんだ。こんなもの、あとどこにあるってんだ。たまたま見つけただけで、百億分の一くらいの確率で、また見つかるなんて保証はどこにもないんだぞ。そんなに欲しかったら、お前ひとりで探せばいいだろう。オレはイヤだね…。金が欲しかったら、自分で稼げばいいんだよ」

「そうだわよ。徹ちゃんのいう通りよ。耕平、あなたはいつからそんなに欲深な人間になったの…。それから、これはあたしからセンターの係りの方に渡しておくわ…」

 亜紀子は、手に持った虹色真珠の球(たま)を、ハンカチに包むと大事そうに、自分のバッグに仕舞った。

 こうして、既定の時間まで体験発掘を楽しんだ四人は、山本が掘り出したアンモナイトと、虹色をした真珠を係員に見せたところ、原型をそのまま残した化アンモナイト化石も、虹色の真珠も大変貴重であると喜ばれて、ほかの掘り出したアンモナイトは、お礼にとすべてもらい受けて帰ってきた。

「でも、あんな虹色の真珠のような球は、世界上探したって絶対にないと思うよ。もう少し必死になって探せば、あとひとつぐらい見つけられたかも知れないのにな…。惜しいことしたよなぁ…。ホント…」

「まだ云ってるのか、耕平。あんなものはな。ホントに珍しいくらい稀なんだよ。ホントにまぐれなの。まぐれ…」

 まだ惜しがっている耕平に、山本はダメ押しをするように言った。

 夏休みの最後のリクリエーションに出掛けた、アンモナイト・ミュージアムセンター巡りも、いろいろと擦った揉んだはあったものの、四人ともそれぞれ満足したように帰路についた。

 それから、また二・三日ほど経って、耕平が山本の家を訪ねていた。

「この前のアンモナイトセンターで見た、虹色の真珠のことなんだけど、いっくら調べてみてもそんなものは全然出てこないんだ…。あれはやっぱり、アンモナイト独特のものなんじゃないのかな…」

「何だ。お前、まだあんなことを調べてたのか、やっぽどヒマ人なんだな。お前も…」

「だってさ。あんな色をした真珠なんてお前見たことあるか…。大体だよ。あんな大きな真珠だぜ。一センチはあったと思うなぁ。あれは…、オレは誰が何と云おうと、絶対にアンモナイト独特独特のものだと思うんだ」

「だけどよ。耕平、お前が何を考えようと勝手だと思うが、アンモナイトそのものが絶滅した現在(いま)となっては、どうやってそれを証明するかだ。そんなことは誰にもできやしないよ。何しろ相手は絶滅して、もうこの世にはいないんだからな…」

「でも…、何か方法があるんじゃないかな…。例えば、あの虹色真珠を専門家に調べてもらうんだ…。そうすれば、普通の真珠とは違うってことがわかると思うんだよ」

「だがよ。そんなことするヤツがいると思うか…、もうあんなもの。あそこの職員が子供の玩具に持って行ったかも知れんし、捨ててしまったかもしれないだろう…」

「そんなぁ…。せっかく山本が発掘した、世界的な発見かも知れないんだぞ…。

 よし、オレが明日もう一度行って、あの職員に鑑定に出すよう掛け合ってくる…。このまま、うやむやにされてたまるものか…」

「わかったよ。耕平、ほんならオレも付き合ってやるからよ。明日一緒に行って掛け合ってやっか…」

「ホントか、山本、やっぱり持つべきものは友だちだな。ありがとう、山本…」                                                             

翌日の朝早く、山本は奈津実にも何も告げず駅へと向かっていた。奈津実に言えば一緒に行くと云うに決まっているからだった。駅で耕平と待ち合わせると、早々にミュージアムセンター行きの電車に乗り込んだ。先ほど買った駅弁を開けながら、山本は少し不満そうな顔で言った。

「なんだ。この駅弁は、最近のは中のおかずがちょっとセコイんじゃないのか…」

「ん…。でも、しょうがないんじゃないのか…。最近は物価高で、値段はそのままで質を落とすのは、どこでもやってることだから、仕方がないんじゃないのかな…」

「ちぇ、まったく暮らしにくい世の中になったよなぁ」

 そんなことを話しながら、朝飯を食べずに出てきたふたりは、ガツガツと駅弁を貪り食っていた。

 昼前にはアンモナイトセンターに着いて、事務室に直行して三日前に虹色真珠を渡した職員を探した。すると、ふたりの姿を見かけた当の職員が寄ってきた。

「あ…、山本さんと佐々木さんでしたね。この前は大変失礼いたしました…。

 実はですね。おふたりが発掘された、あの虹色の真珠のようものなんですが、あれがまた大変な代物らしいんですよ。私は門外漢ですので、詳しいことはまったく分かりませんが、専門家の先生のお話に寄りますと、なんでも…、人類史上稀にみる大発見だとかで、ここ倉庫の一部を区切って研究室にして、連日研究を続けているところなんですが、あれを発見された時のことを聞きたいと云われまして、近々おふたりに来ていただくことになっていたのです。それをわざわざ出向いていただけたのは幸いでした。先生方にご紹介いたしますので、どうぞこちらのほうにお越しください。どうぞ、どうぞ…」

 言われたふたりは、多少面食らったように顔を見合わせたが、職員のほうはそんなことには一切お構いなく山本と耕平を、倉庫を改造した研究室のほうに案内して行った。

「こちらです。どうぞ…」

 コンコンとノックをして職員はドアを開けた。

「失礼します。ただいま、第一発見者の山本さまと佐々木さまが見えられましたので、ご案内いたしました」

 専門家たちが一斉に山本と耕平のほうを振り向いた。

 ひとりの老紳士が、ふたりのほうにやってきた。

「いやぁ、あなた方でしたか。あれを発見された方は…。私は考古学を担当しております、吹田と申します。どうぞよろしく」

「山本徹といいます。よろしくお願いします…」

「佐々木耕平といいます…」

「まあ、とにかくこちらに来てください。。ひとつ見て頂きたいものがあります…」

 吹田と名乗る老博士について行くと、ふたりが発掘した虹色真珠を入れた、容器の前に連れていかれた。

「これを見て、あなた方はどう思われますかな…」

 何を言っているんだろうと、ふたりは中を覗き込んだ。

「あれ…、オレたちが見つけた時より、球が少し大きくなってるんじゃないか…。山本」

「ホントだ…。最初は確か一センチ程度だった思ったが、いまでは…、一センチ五ミリくらいになってるな…。どうしたんだ。これは…」

「その通りなんです。この球は毎日少しづつではありますが、微妙に成長しているようなのです。普通に考えれば真珠というものは、貝の中に入っていればこそ成長するものであって、このような形で貝から分離されたものが、さらに成長を遂げているというのは、われわれとしては到底考えられないことなのです…」

 吹田という老考古学者は。いかにも不可思議そうに答えた。

「んん…。確か、アンモナイト・というのは約三千万年くらい前に、世界中の海に棲息していたんでしたよね。先生…」

「そうです。君たちがこれを掘り出した時のことを、もう少し詳しく話してもらえないですか。できだけ詳しく…」

「いいですよ。あれは三日くらい前になりますが、コイツと、もうひとりいたんですが、三人でアンモナイト発掘体験に来ていたんです…」

 と、山本が話し出した。

「そしたら、これくらいのかポチャみたいな黒い岩が出てきたんです。中はどうなっているんだろうと思って割ってみたら、岩のわりには意外と簡単に割れて、中から出てきたのがきれいな形そのままのアンモナイトだったんです」

「だけど、山本が割った岩の欠片を見たら、小さな貝もへばりついていて…」

 と、耕平が代わって話し始めた。

「残りの欠片も砕いたら、もっといろんなものが出てくるんじゃないかと、みんなで割っていたら突然コロコロっと、これが転がり出たんです…」

 と、耕平が虹色真珠のケースを指さした。

「なるほど、そういうわけでしたか…。しかし、いかにして何千万年もの長期間、岩の中に閉じ込められていていたものが、現在(いま)になって復活したように成長するんですかね…。しかも、真珠の球がですよ…」

「先生、これはぼくの想像なんですが、あのアンモナイトが閉じ込められたものは、完全な岩じゃないと思うんです…」

「ほう…、完全な岩じゃない…。すると、何だと思うのですかな。佐々木さんは…」

「はい…、これはあくまでも想像なんですが、海の底に長期間にわたって積もり積もった泥が、何千万年というとてつもない時間をかけて固まったのが、あのアンモナイトと虹色真珠が閉じ込められた、岩だったのではないかと感が得てみました…」

「うむ…、確かに一理はありますね。しかし、虹色の真珠のような球だけが、何故に生物並みに仮死状態のまま生存できたのか、謎は深まるばかりです。まあ、何れにしてもあの球は生きているようですので、われわれとしても深い興味を持っておりますし、ここはひとつじっくりと時間をかけて、真相を究明して行きたい所存でおります。

 なお第一発見者である、あなた方には真相が判明次第ご報告するということで、ご納得いただければと考えております」

 それだけ言うと老考古学者の吹田は、そそくさと自分の部署へと戻って行った。

「ちぇ、何だい、何だい…。あのじぃさん…、ひとがわざわざ来たって云うのに、あれじゃ、まるで邪魔者を追っ払うみたいじゃないいか。クソー…、オレたちは第一発見者なんだぞー。頭に来るなぁ。クソッタレ…」

「でも、よかったじゃないか。考えてたみたいに粗末に扱われてなくて、それだけでも来た甲斐があったと思わなくちゃダメだよ。それに、あの人たちも真剣に取り組んでいるみたいだし、そのうちにきっと虹色真珠の秘密も解いてくれるだろう…。さあ、オレたちも帰ろうか…」

「ちぇ、ちぇ…、わざわざ来てやったのによ。つまんねえの…。帰ろ、帰ろ…」

 こうして山本と耕平の夏休みも、いよいよ終わりに近づいて行った。

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