第3話 オカルト体験記『通称 逆さ仏塔』裏

風念寺 封滅堂 すき焼きパーティー前日


志堂しどう 涼慶すずよし


今・・・俺と親父を含めて8人の僧で封滅堂を取り囲み、数珠を構え必死で経文を唱えている。


封滅堂からは、絶え間なくが聴こえる・・・風なんてまったく吹いていないのに・・・


どす黒い瘴気が、今にも封滅堂から溢れ出ようとしているのを、8人がかりで必死に抑え込む。


「親父、いったい何が起きているんだ?」


「わからん・・・が原因は間違いなく、冨士の風穴ふうけつで見つかったあの呪物だろうな」




そうして8人がかりで抑え込んでいる内に、この突発的な緊急事態に協力を申し出てきれた、輝夜かがやと祝永の姉さん、そして盤動さんが来てくれた。


「盤動さん、すまない。とりあえず封滅堂の周囲を結界で覆ってくれるかな?」


「わかりました10分だけ時間を下さい」


そうして盤動の多重結界が張られ、一時的にだがその場を離れる事ができた。






風念寺社務所内


「志堂さん、結界のあの様子なら、数日は大丈夫だと思いますが・・・封滅堂に何が起きたんですか?」


「おそらく封滅堂に最近置いた、自然呪物が原因だと思う」


「あの冨士ふじ風穴ふうけつから見つかった呪物ですか・・・・」


涼慶すずよし、あの呪物の反応からみて、呪物が本来持っていた特性と封滅堂の相性が悪かったんだと思う。あの呪物、封滅堂の中で力を取り戻してしまっているな」


それまで考え込んでいた親父が重い口を開いた・・・


「いよいよとなったら滅する事も決断せねばならんな・・・」


「親父、本来予定されていた次の封滅の儀までまだ50年あるんだぞ。再建の準備だってもちろん出来ていない。今、封滅堂を失って大丈夫なのか?」


「すみません、浩慶こうけい住職。先に言っておきますが、盤動の曼陀羅呪物もやっと安定してきた所なので、寿富堂での呪物の受け入れは無理ですからね」


「それも承知の上だ。封滅堂が限界にくれば、この風念寺の住職として中の呪物が解放される前に焼き払う決断をしなければならない」


沙姫さきさん、祝永の術式であの自然呪物の瘴気を押さえるか、せめて別の方向に散らせませんか?」


「ごめんね、天梨紗ありさちゃん。冨士の風穴の呪物と祝永の術式は、それこそ相性が悪すぎるの。下手に手を出すと、あの呪物もっと暴れるわよ」


「相性が悪いって、何かありました?」


祝永いわなが神社の祀神さいじん磐長姫いわながひめなのよ、冨士にまつられている木花之佐久夜毘売このはなさくやびめとは、とても仲が悪いと言うのが通説ね。冨士の霊脈に出来た呪物に祝永いわながの術式なんか当てたら、それこそ何が起きるかわからないわよ」




涼慶すずよし、こうなったら最後の手段だ。星崎に冨士の自然呪物をはらわせよう」


「「「どうやって?」」」


「それはこれから考える。今夜中に台本を作るから、涼慶すずよし、とりあえずすき焼き用の良さそうな牛肉を確保してくれ」


輝夜かがや、なんですき焼きなんだ?」


「バーベキューや焼肉は次の祝永神社で準備してたからな。明日はそのすき焼きになんとしても星崎を風念寺ここに連れて来る」





そして翌日、輝夜かがやの台本を元に風念寺の僧侶全員で、芝居をする事になったんだが。すぐに問題が発生した・・・


「親父、いいかげん泣くのをやめろ・・・封滅堂に案内するのに、親父が道を間違えてどうする? それから、3人の話を聞き終わる前に、何も言わずに封滅堂に行こうとするな」


親父を台本通りに動かすのは、困難を極めた。


涼慶りょうけい・・・私には無理だ・・・・」



「わかった、台本を変更しよう。住職は星崎の送り迎えお願いします」





風念寺、物見台


【絶華 輝夜】


ここは、風念寺の本堂の一角にある物見台と呼ばれる場所だ。


昔から封滅堂の監視場所として使われているこの場所から、何か起きた時に備えて3人並んで双眼鏡を覗いている。


今は、涼慶すずよしと星崎が封滅堂の前に到着した所。


「絶華さん、今更ですけど、双眼鏡越しでも瘴気って見えるんですね?」


「実際は視覚だけでなく、それ以外の感覚を脳内で変換しているって、どこかの学者に言われた事が有るな。窓ガラスの向こうや、眼鏡やコンタクトを付けても瘴気は見えるから、ガラスや鏡くらいでは霊視に影響は出ないんじゃないか?」


天梨紗ありさちゃん、防犯カメラやテレビの映像だと瘴気は見えなくなるからそのあたりに違いがあるのかもしれないね」


「あっ、2人が封滅堂に入ります・・・あっ?」


「どうしたの・・・天梨紗ありさちゃん?」


盤動さんが涙目で、ポケットから千切れた身代わり符を取り出した。


「封滅堂に張った結界に、星崎さんが入れるように手を加えるの忘れてました・・・今、多重結界がで消し飛びました」


「・・・天梨紗ありさちゃん、身代わり符を身に着けていて本当に良かったね」


「今、どす黒い瘴気の方も消し飛びました・・・」


「あの、気味の悪い風の音も止まったわね・・・」





封滅堂の中から、ヘッドライト付のヘルメットをかぶった星崎が、両手で石を掴んで現れた。


「盤動さん、あの呪物を星崎が強引に祓った事で、封滅堂の中に設置された他の呪物にも影響が出るかもしれない。すまないが、もう一度封滅堂に多重結界を頼む」


「わかりました。今度こそ星崎さんが入れるように手を加えます」


「そうだな、星崎が関係する可能性がある結界は、全て手を加えた方が良さそうだな」




封滅堂に多重結界を張り終えて社務所に向かうと、玄関の台の上に、かつて自然呪物青黒い石が置物のようにすええられていた・・・


「こうして見ると、この呪物も何かおもむきがある様に感じられから不思議だな」


「ホントね、あのどす黒い瘴気を纏ってないと、落ち着いた良い色に見えるわね」


「絶華さん、沙姫さん、変な事を言わないでください。志堂さん、最近何か吹っ切れたみたいですから、本当に座敷の床の間に飾りそうです」


「あの数珠の事で色々と吹っ切れたみたいだな。さっきも、あの数珠を手にしてなかったら星崎を案内して封滅堂には入れなかっただろうし、良いんじゃないか?」


「絶華君、天梨紗ありさちゃん、そろそろ行かないと志堂君が待ちくたびれてるわよ」


「そうですね。あいつはともかく、星崎には牛肉を食べさせないと行けませんから」







祝永いわなが 沙姫さき


祝永神社


風念寺の食事会を終えて祝永神社ウチに帰って来た私は、自分の部屋に戻る途中で、その泣き声に気が付いた。


泣き声が聞こえるのは、おそらく妹、姫翠ひすいの部屋からだ、嫌な予感がする・・・


姫翠ひすいちゃん、私・・・入ってもいい?」


泣き声は変わらない・・・私は意を決して襖を開けた・・・






磐長姫いわながひめ木花之佐久夜毘売このはなさくやびめ、日本書紀の方のお話しから引用させて頂きました。

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