第5話 曼陀羅呪物
【盤動 天梨紗】
そして翌日のサークルルームで私ははじめて霊力の竜巻を体験した。
こんなのを毎回体験してたのなら、確かに昨日の方が楽に感じるかもしれませんね。
「星崎、昨日言ってた加工場所の件OKだ。まあ、ちょっと掃除するから来週末には使えるぞ」
「そうなの、ありがとうタチバナ君」
「それから、星崎。よかったらアルバイトしないか?」
私の身体が一瞬強張る。
「アルバイト? 僕は人と話すの苦手なので、接客業とかなら無理だと思うよ」
「いや、接客じゃない。古物商の裏方になるのかな? 盤動さんのお父さんの店なんだが人手が足りなくてな。なんなら土曜の午後から、一度体験で行ってみないか?」
「盤動さんのお父さんの店?」
練習通り・・・練習通り・・・練習通り
「はい、父が一人でやっているんですが。私は、母の実家の教会の手伝いがあって行けないので」
「それじゃあ、役に立てるか分からないけど行かせてもらうよ。どこに行ったらいいかな?」
「それでは今度の土曜日に案内します」
「そうなの、じゃあお願いします」
ミッションコンプリート、頑張った私
そして、土曜日の午後、私は星崎さんをつれて
「おとうさん、話していた星崎さんをお連れしました」
「あなたが星崎さんですか。私が
「南関東大1年の星崎昂志です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、実は私が腰を痛めて困ってたんですよ」
「そうなんですか」
お父さん、今後は腰痛持ちキャラを貫いてね。
「星崎君。ウチには地下に宗教関連の物を専門に収納してある収納庫というか、お堂があるんです」
「そんなのがあるんですか?」
「はい、宗教関連なので出し入れの順番と日程が厳密に決められてまして。
それほど重い物では無いのですが、宗教儀式ですので時間と順序が大事なんです」
「なるほど」
「それで、星崎さんには地下のお堂から特定の物を取り出して1階の設置室に置いてもらいます。これは後日、宗教団体の方が持ち帰る形になります」
「僕はどれ位の頻度で、いつ伺えば良いんでしょうか?」
「毎週出す事にはならないと思いますが、星崎君さえよければ、水曜日の午後7時から3時間お願いしたいんです」
「それでしたら授業もありませんし大丈夫です」
「良かったら、そんなに難しい内容ではないので・・・一度やってみますか?」
お父さん、泣きそうだ・・・さすがにその嘘は辛いよね。
「そうね、お父さん。地下も見て置いて欲しいし。私が地下に案内するわ」
そう言い切って、私は星崎さんを寿富堂の地下にある危険物保管庫、通称『曼陀羅呪物』に案内した。
『曼陀羅呪物』は巨大な自然空洞の中に螺旋状に呪物を配置する事で相互に力を弱め合っている。
螺旋の中心の真上に巌止教会の結界基点が置かれていて、現在は、かろうじて霊的なバランスを保っているのだ。
螺旋にそって、数百に及ぶ石の台が置かれて、その上に呪物が置かれている。昨年末に置かれた【嘆きの壺】が螺旋の端の最後の石の台に設置されてからは受け入れは出来ない状態になっていて、常に上の結界を圧迫し続けている。
「すごいね、自然の空洞を利用してるんだ。まるでポーランドの塩の教会みたいだね」
「はい、ここはあくまで保管庫なんですが。記録が残っている分だけでも300年ほど前から使われているらしいですね」
実際には300年前から呪物を封じ始め、限界になって地上に封印堂と作って、それが限界に達して他の12ヶ所の封印堂と連結したのが真相だ。
100年前の震災によって崩れそうになった結界を
「螺旋状に置かれているんだね」
「はい、何か意味があるらしいですが。必ず螺旋の端の物を取り出す必要があります。途中の物を設置場所から動かしてはいけません」
「儀式だから、そうなんだろうね。あの壺を持ってくれば良いのかな?」
私には、あの壺がまるでどす黒い炎に包まれている様に見えるんですが。
「はい、あの壺です。アレを1階の設置室までもっていってもらいます」
「わかった、キレイな壺だね。でもあの壺、前にタチバナ君に頼まれて運んだのに似てるな」
星崎さんには、アレがキレイに見えてるんですか?
「ええ、聞いてますよ。同じ中国のモノで、ほぼ同じ時代の物になります」
星崎さんは気にする様子もなく両手で壺を抱えた。
壺から噴き出していた、どす黒い炎の様に見えたモノが一瞬で消えさって、
中から美しい壺が現れた・・・こんな壺だったんだ。
緊張に強張った顔を見せない様にしながら
「では、その壺を1階の設置室までお願いします」
1階の設置室に案内して部屋の中央の台に置いてもらう。
「はい、星崎さん。ありがとうございます。これで完了です」
やった、これで関東一帯は救われた。これで結界の再構築に集中できる。
「それで、
「星崎さん、私の方が年下なんですから
「・・・盤動さん? 同級生だよね?」
「もっ・・・もちろんそうですよ。えっと、なんでした?」
「いや、あんなに高い時給で雇ってもらって。3時間の中で荷物を運ぶだけだと悪いから何か手伝おうかと」
泣いちゃダメだ・・・
星崎さん、一般的な時給で危険手当も保険も付けずに、その上内容を知らせずに危険物を運ばせているの。
唯でさえ罪悪感が強いのに、これ以上手伝って貰ったら、申し訳なくて星崎さんの顔が見れなくなる。
「え~と、それでは、預かったモノの埃を落としてもらうとか?」
「ああ、そういうのは得意だからまかせて」
星崎さんが帰ってから・・・
お父さんと2人、テーブルに突っ伏していた。
「あの、お父さん」
「何かな?」
「星崎さんに対して罪悪感が」
「そうだね、私も、あんまりな嘘に疲れたよ」
「そうだよね」
お父さんは、何か決心したように
「でも、天梨紗。これから10個でも減らして貰えれば、将来に対して少なくとも20年の余裕が出来るんだ・・・・・そうしたら、ちゃんと説明して謝ろう」
「でも、星崎さんには霊力の事を内緒にしてるんだよ」
お父さんは、力なく笑いながら
「あくまで一時的にでしょ。少なくとも君が話をしていたマスター基金の口座については税務署から調べられる前に対策させないと不味いと思うよ、なんせ星崎君名義なんだから」
「そうなんだ」
「しかし、彼が来た時は驚いたよ、
あれは・・・私も久々にゾッとした。
「明日は星崎さんの霊力に少しでも親和するように、結界に手を入れてみる。【嘆きの壺】の炎みたいな瘴気も触っただけで消し飛んじゃった」
「それで『曼陀羅呪物』のバランスはどうかな?」
「今の感じだと来週も来てもらって大丈夫だと思う」
「それじゃあ、2、3か月後には10個減るんだ、夢みたいだね」
ホントに夢みたい、次は・・・・・・
「教会の結界についてもお母さんに相談したいんだけど。お母さんから連絡は?」
「何も無いんだ。おそらくお盆には帰ってくると思うけど」
「シスターやってたおばあちゃんの供養にお盆って、どうなの?」
「まあ、他に無いからね。クリスマスやハロウィンに帰って来られても困るしね」
「そうね、今年のクリスマスのミサは足元の『曼陀羅呪物』を気にせず出来そうね」
「それは、ありがたいね」
サークルルーム、土曜日の午後
【盤動 天梨紗】
「それでは、加工室に向かおうか」
景浦さんに送ってもらって、タチバナ特案の隣の小さな倉庫にやってきた。
倉庫のシャッターを開けて、中を見回した星崎さん。
「タチバナ君、念のために聞くけど。君のお爺さんは一体何を作ってたの?」
「いや、趣味で何か作る時に使ってたけど、何を作ってたかは聞いてないよ」
挙動不審な
「どうかしたのかな?」
「いや、ガラス細工の教室が出来そうな電気炉とか、金属加工用の旋盤とサンドブラスターのブース、他に見ただけだと分からない機器もある。電気炉を使えばそれだけで電気代もかなりかかるから、これは使用量を払わなければ使っちゃいけない設備だと思う」
さて、絶華さん。どう切り返す?
「星崎、確かにそうなんだけど。使わなければ機器も不具合が出るし、なにより機器の処分は許してくれないと思う。
まあ、電気代がどれだけ掛かるか分からないけど、隣の会社にある動力設備と同一の契約になっていて一緒に使うから、そんなには変わらないと思うぞ。逆に使って見て、どの程度電気料金に差が出るのかも確認しておきたい。あと、何か作ったら見せてくれよ」
うん、上手い。さすがはタチバナ特案の代表ですね。
「そうなの? それじゃあ、僕も見た事の無い機材もあるから使い方を調べてみるね」
「ああ、そうしてくれ。そちらの棚にマニュアルの類がまとめてあるみたいだ」
巌止教会や寿富堂も問題解決が済んだら星崎さんに何か作って貰おう、ロザリオと結界の要になっている祈祷台の本は絶対だ。
『曼陀羅呪物』の件さえなければ、私だって自分の修行に時間を掛けられる。
意気揚々と自宅に帰った私に、父が絶望的な言葉を投げかけた。
「天梨紗、宮内庁から通達だ。岩手県の廃寺から崩壊寸前の封印仏が発見された。今、こちらに向かっている」
「へ? どうして? 今は受け入れ不可にしてるよね」
「どこかから、【嘆きの壺】解呪の情報が宮内庁に入ったらしい。まだ『曼陀羅呪物』の霊的バランスを確認中と答えたが、向こうも待った無しなんだそうだ」
それにしたって、無理があるでしょう・・・え~と
「封印仏だったら風念寺も大丈夫だよね」
「あちらに冨士の風穴で見つかった自然呪物が送られたらしい。そちらの対応で他は無理だそうだ」
「なんで同じタイミングで」
「それと、中等級の呪物が今度の水曜日の夕刻に何点か運び込まれるから設置室に結界を頼む」
思わず頭を抱えてしゃがみこむ、これって、もしかして?
「完全に星崎さんの情報が外部に漏れてるよね。無理じゃないコレ?」
「どこもウチと同じで無理矢理維持していたからな。一ヶ所に余裕ができたら地方から流れてきたようだ」
「『曼陀羅呪物』だって減らして安定させないと、このままじゃ爆弾を抱えたままだよ」
「中等級の呪物だって、ウチが1日に、いくつも受けることはできない。
こうなったら、なんとか星崎君のバイトを増やしてもらうしかない」
情けないけど、現状他に手段が無い。
「そうだね、中等級の呪物も星崎さんにお願いしよう」
もう、こうなったら・・・困った時の星崎さんだ。
「しかし、天梨紗も大変だな」
「え? どういうこと?」
「いや、設置室の結界を張る頻度が増えるんだぞ。13ヶ所の結界の維持も変わらずにあるのに大丈夫か?」
5つある設置室は、今でこそ星崎さんが除霊した呪物の仮置き場になっているが、通常は中等級の呪物の仮置き場として使われている。私は設置室に中等級の呪物が置かれる度、周囲に影響が出ないように設置室に3重に結界を張っていた。
それが、何点も入って来る?・・・・・・
「大丈夫じゃない、絶対に無理。あした、何とかして星崎さんが仮に作った術具を借りてくる」
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