第4話 教会系退魔師 盤動 天梨紗


【盤動 天梨紗】


 現在、私が居る、この巌止いわど教会は色々と厄介な問題を抱えている。


そもそも関東地方は古くから様々な結界が張られているが、それは、あくまで都市を外敵から護る結界であって、内部で発生した物や入り込んで結界内で力をつけた物に対しては、あまり効果のない巨大な壁のような構造になっている。


それに対して建物や敷地など特定の場所に内外どちらにも対応できる結界を張るのを得意とするのが盤動ばんどうの術式だ。


この巌止教会を中心として外周6ヶ所の教会が退魔師の避難用結界として、

内周6ヶ所の教会が要人保護用の結界として使われているのだが・・・


「今では、外周のうち3ヶ所が弱体化して使えない」


幾度となく退魔師の避難先として使われている内に、結界自体に緩みが出てしまっている。

私がいくら結界の補強を行っても、もう崩壊を止めるための時間稼ぎにしかならなくなっていた。


本来なら、一度、全ての結界を解除して、張り直す必要があるのだけど・・・


「張り直すには、最低3人の結界術師が必要だというのに。おばあ様が亡くなって、ここにいるのは結界術師として力の足りない私1人だけ。教会本部に連絡を取っては見たものの、結界術師があと3人なんて集まるのかな?」


結界術師なんてマイナーな退魔師、どこを探しても、ウチの母以外には、おばあさまの知り合いのあの人1人しか思いつかない。


・・・その上

「この巌止教会の結界の基点が不安定になっている」


祭壇の下に据えられている、重厚な存在感を持った1冊の祈祷書。


大正時代、あの震災の最中にこの教会に持ち込まれたと伝えられていて、

その中を見る事はおろか、開ける事さえ許されていない。


この本が、およそ100年の間、結界の基点になってくれていた。


もしこの基点が崩れたら13ヶ所の結界が一瞬で崩壊する、

それまでに何とかしないと。


あまりの絶望的な状況に、胃の辺りがキリキリと痛み出した。


「天梨紗ちゃん、ちょっといいかな?」

お父さんが声をかけてきた。


「ん、お父さん、どうしたの?」

お父さんの顔色も悪い。


「天梨紗ちゃん、寿富堂の地下結界はもう限界だ。受け入れはもちろん無理だけど、

せめて何点か他所よそに持って行かないとあふれるよ。

他の教会が無理なら、なんとか風念寺か祝永神社に協力を頼めないかな?」


お父さんの言いたい事は、わかるんだけど・・・


「ごめん、お父さん。頼むにしても、最後に入れた品を出さないといけないよね。

最後に入れたのはアレだよ」


「そうだな【嘆きの壺】、中国の・・・出来れば言葉にしたくない類の呪物だ」


あまりにも酷い事に使われたので、目録はおろか記載された書物さえ破棄されたという、それでも目録の写本が中東で見つかったんだっけ。


「あれは、風念寺と祝永神社が受け入れ不可能と判断して、こっちに来たの。

あれを取り出して預ける事が出来る場所が無いのよ」


「あれって、国からの緊急依頼という建前の脅迫に限りなく近い命令だったよね。

それじゃあタチバナの特危倉庫は? あそこなら何とか受けてくれるんじゃないの?」


「それが・・・ダメなの」


「え?」


「あそこの特危倉庫には、同じ系統の【怨嗟の壺】が入っているの。

中国でも危ないから同じ都市には絶対に置かなかった代物が、今、都内に2個揃ってるの。同じ場所なんかで一緒にしたら何が起こるか分からないわ」


「でも、ウチの地下結界もどんどん揺らぎが大きくなってきてる。このままだと、おそらく数か月で揺らぎが限界を超えて破綻するよ」


「そうなると、この巌止教会の結界も一緒に吹き飛ぶから、連動して他の12ヶ所も消えてしまうわね。それだけは何とか阻止しないと」


「でも、ウチで打てる手はもう無いんじゃないかな?」


「もうすぐ、沙姫さんが来るから、協力を頼んでみるわ」


お父さんを寿富堂の方に追いやって・・・


気が付けば、祈祷書を見つめながら涙を流して立ち尽くしていた。





天梨紗ありさちゃん、大丈夫?」


いけない、沙姫さんに声を掛けられるまで気が付かなかった。


「すみません、沙姫さん。ちょっとボーっとしてて」


「教会の方? 寿富堂の方?」


「ははははは・・両方ですね」


沙姫さんは、言いにくそうに、

「そんな大変な時になんだけど、今ね、祝永ウチと風念寺とタチバナが協力している監視対象がいるの」


「なんですか? その危険物は」


祝永神社と風念寺とタチバナが協力するって、どこの永久封印指定だ?

しかし、それは沙姫さんの次の言葉で吹き飛んでしまった。


「それがね、ウチの学生で無自覚な霊能者なの」

ごめんなさい、意味がわからないです。


「へ? 相手は生きている人間なんですか?」


「そう、それがね、持っている霊力が強すぎて、一緒に監視している私たちの霊力が底上げされる位の強さなのよ」


「沙姫さん。すみませんが、まったくイメージ出来ません」


「当然ね、それで私達3人で彼を【山伏の碑】に連れて行ったの」



沙姫さんの言葉を理解するのに数秒を要した。


「・・・・いや、退魔師でも危ないのに、素人を連れて行ったらダメでしょう」


沙姫さんは力なく笑っている。


「まあ、彼に会ってなかったら当然そう思うわよね。でも連れて行ったら【山伏の碑】が一瞬で除霊されてしまってね」


「いや、それは無いでしょう」


「藪の中で石碑を探してて、間違えて石碑を蹴倒して『あっ』って、笑いをこらえるのホントに苦労したわ」


「何なんですか、その人・・・ほんとに人ですか?」


「ウチの大学の1年生なんだけどね。それで天梨紗ちゃんも監視に加わらないか誘いに来たの」


「私がですか?」


「ええ、これで霊力の底上げが出来れば、あなたが結界を張り直す3人目になれるかもしれないでしょ」


えっ、それって?


「・・・良いんですか?」


「そのつもりで、誘っているの。それに彼を寿富堂でアルバイトさせられないかと思っているの」


「ウチでですか?」


「あの子なら、かなり危ないモノでも触るだけで除霊できるわよ」


「でも、さすがにウチのは危険過ぎます。しかも最後に入れたのは、あの【嘆きの壺】なんです。命に関わりますよ」


さすがに素人に、あんな危険な呪物を触らせられない。





「そういうと思って、先に彼にタチバナにある【怨嗟の壺】に触って貰ったの」


「なんて事をさせるんですか。その人、大丈夫なんですか?」


「【怨嗟の壺】の怨念が消し飛んだわ。笑ってしまうくらい簡単にね」


「・・・・え?」


「でも、曼陀羅呪物をいきなり除霊したら、さすがにバランスを崩しかねないから、まず1つ除霊してみましょう。まずは【嘆きの壺】、その後はバランスをみながら減らしていきましょう」




沙姫さん、この間、私が泣きながら電話したの気にしてくれてたんだ。

うれしくて、また涙が出てきた。


「すみません、実現したら夢みたいな話なので」


「でも、天梨紗ちゃん。問題もあるのよ?」


「なんですか? なんでもやりますよ」


「ウチの大学のサークル活動だから女子大生の振りをしてもらわないといけないわね」


「私がサークル活動ですか? 何のサークルですか?」


「TRPGっていうの、一から丁寧に説明してくれるから大丈夫よ」


それなら大丈夫かな? それよりも


「その人にアルバイトに来てもらうのに、アルバイト料はどうしましょうか?」


「普通に時給で払ってね」


普通にって・・・


「除霊した分は、どうするんですか?」


「本人には全く自覚が無いから、上にお願いして、本人名義の特別口座を作ったの。そっちに入れてもらう事になるわね」


「私は高校生だとバレない様にするんですね?」


「そうね、ばれないように学部なんかの設定を考えましょうか。彼が英文科だから、

まずそれだけは避けないとね」



サークルルーム


【盤動 天梨紗】


何? コレ?

「あの、初めまして。商学部1年の盤動ばんどう天梨紗ありさです。よろしくお願いします」


良かった、練習していた通りに口が動いてくれた。


「というわけで、知り合いの天梨紗ちゃんを連れて来ました。星崎君、初心者だからよろしくね」


沙姫さん・・・人間だって言いましたよね?


その部屋の中にはがいた。


「初めまして英文科1年の星埼昂志です。よろしくお願いします」


「ヒィ、よろしくお願いします」


「ごめんね、星崎君。この子、少し人見知りなの」


「いえ、僕も普通の会話は苦手ですから」


から声が聞こえる。


「天梨紗ちゃんの事は絶華君も志堂君も知っているから、他の人に紹介は良いよね」


「ああ、今更だからいいよ」


「だな」


「じゃあ、ゲームの説明をして、ばんどうさんのキャラクターを作りましょうか」


そうして、一通り説明を受けてから、キャラクターシート?を受け取り、

自分のキャラクターを作った。


私は、自分で違和感の無い西洋宗教系のシスターを選ぶ。


テストプレイ? をしながら20面ダイスを振る。


こんなゲームなんだ。


この嵐のような混沌とした霊力に少し慣れてきた。


星崎さん?の顔がようやく見えた。


髪がボサボサの痩せた男の人だった。


沙姫さんがお茶とお菓子を用意してくれていた。


それを頂きながら雑談をする、ボロが出ない様にしないといけない。


《私は大学生・私は大学生・私は大学生》


必死に自分に言い聞かせる。


「そういえば、タチバナ君。この間言っていた西洋魔術系退魔師と西洋宗教系退魔師をプレイする時の差別化の件なんだけど」


「ああ、あれね。どうもイメージが湧かなくてね」


「それで、小道具や特定のセリフや呪文で特徴を作れば良いんだけど。

宗教系は、あまりリアルに作ってしまうと問題になるんだ、偶像崇拝だとか宗教を侮辱するのかとか言われて」


はい、その辺は厳しいと思います。


「まあ、考えられるな」


「なので、仏教系は数珠や独鈷杵、神道系は祓い串か鏡や勾玉、西洋宗教系はロザリオや一見すると経典に見える本とか、どの宗派かわからない物にするのが一般的なんだ。ただ、そうなると、今度は西洋魔術系退魔師のイメージが広がりすぎてね」


まあ、西洋魔術系というと中世ヨーロッパの黒魔術的なイメージの方が強いですね、魔女狩りとか宗教と対立して迫害される印象が強いですし。


「広い? そうなのか?」


「真面目に資料から探すと魔法剣かタロット、もしくはタリスマンやルーン文字まである上に。創作物フィクションになると銃や暗器の類まで色々なんだ」


創作物フィクションの西洋魔術系退魔師、すごいな」


「まあ、簡単にこういうのなら作れるけど、西洋魔術系で何かイメージに合う物はあるかな」


そう言って、星崎さんが紙袋から何かを取り出し・・・・なに?


取り出したモノから目が離せない。


視線を無理矢理外すが、沙姫さん、絶華さん、志堂さんもあまりの事に動揺してしまい、動けないでいた。


目の前に出された・・・黒い数珠と独鈷杵、祓い串と勾玉、そしてロザリオと古びた皮の装丁の本、どれもが凄まじい力を感じた。


「へ~、良く出来ているじゃないか」絶華さんの声が震えている。


「ああ、星崎。触ってもいいか?」志堂さんの声も上ずっている。


「もちろん、どうぞ」


私は動けないでいた。


志堂さんが独鈷杵を手に取る・・・と意外そうに、


「軽いな、星崎、もしかして、これ木を削って塗装してあるのか?」


いや、金属にしか見えないですよ


「うん、金属加工はやった事が無いから。削って塗装して金属っぽくしてある」


「私も見せてね」沙姫さんがやっと動けた。


祓い串を手に取って振ってみる。


次に勾玉を手に取って・・・・


「星崎君、この勾玉は何で出来てるの?」


「レジンといって合成樹脂です。多分1年程で劣化しますけど、まあゲームの小道具ですから」


ごめんなさい。私には見ているだけで圧迫されるコレに手は出せません。


「なあ、星崎。さっき言ってたけど、タロットって作れるのかな?」


「実は若気の至りで、こんな物を作りました」


小さな木箱を取り出した。きれいに塗装されて表に五芒星が彫り込まれている。

絶華さんが木箱を手に取って蓋を開けた。かすかに手が震えている。


「すごいな、手描きのトート・タロットか?」


「うん、僕は市販のトート・タロットも持っているけど、占いをする人はタロット・カードを占い以外の事に使うの、すごく嫌がるからね。ゲームの小道具用に自作したんだ」


「すごいな、星崎。これだけ出来るなら金属加工や自然石やガラスの加工が出来たら、もっとすごい物が出来そうだな」


「いや、あくまでゲーム用の小道具だけだよ。材料も工具も簡単な物で出来るからね」


絶華たちばなさん、その沈黙・・・・怖いです。


「星崎、ウチの会社の隣に亡くなった爺さんの加工部屋があるんだが使って見ないか? どうせ使って無い場所なんだ。

まあ、使っても良いか両親に確認をしてからだけど」


絶華たちばなさん、いま思いついたように話してますが、目がギラギラして怖いです。


「へえ、そんな場所があるんだ。今度見せてもらっていいかな?」


「ああ、多分大丈夫だと思う。なにせ使って無いしな」


「どんな工具があるんだろうね」


絶華たちばなさんの霊力が、何かに抵抗するように一気に膨れ上がった。


「ところで星崎、俺の知り合いでタロットの好きな人がいるんだが、この自作タロットちょっと貸してもらって見せていいか?」


「いや、こんなので良かったらあげるよ。持ってって」



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