第3話 オカルト体験記【山伏の碑】



【絶華 輝夜】


そして、土曜日の午後。タチバナ特案ウチが用意した車で移動する。

目的地は【山伏やまぶし】と呼ばれる都が観察対象に指定している霊障だ。


凶悪な霊障で危険度は高いが、人が立ち入らない様にさえすれば危険が無いと判断された霊障である。


確実に除霊できるという自信があれば、都に申請して除霊作業に着手できる案件ではあるが・・・


観察対象に指定されてから30年、その間に6度の除霊が行われ、いずれも失敗している。


「タチバナ君、これから向かう先は、どんな心霊スポットなの?」


「通称【山伏やまぶし】。心霊スポットの典型の1つ、原因がはっきり分かっているタイプだな」


「原因がはっきりしてる? どういう事?」


「枝を切るとたたられる樹とか、古いほこらを壊して呪われたとか、そういったタイプだ。その屋敷の庭に石碑があって、それが原因だと、ほぼ確定している」


「じゃあ、その石碑をどけようとしたら祟られるんだ」


「ああ、しかも呆れた事に、その石碑に関する伝承が失われてた状態で、屋敷が売りに出されてたんだ。気の毒に、その事を知らずに購入した人が庭の石碑に触れた途端に倒れて入院、そのまま死去してしまった」


「さわっただけで、ダメなの?」


「そのようだ。その後、庭に入った庭園業者が倒れた事で、実は付近に有毒ガスでも出ているんじゃないかと疑われて、やっと警察が動いた」


「大騒ぎになったんだ」


「しかし、当時の警察の科学捜査でも有毒物質は見つからなくてな、不動産業者が『形だけでもお祓いしよう』と呼んだ霊能者が・・・・・石碑を見て逃げ出したんだ」


「逃げ出したの?」


「ああ、『こんなモノに関われるか』って台詞ぜりふを残してね」


「霊能者は・・・ちゃんと見える人だったんだね」


「そうだな、眼に関しては嘘じゃ無かったみたいだな」


まあ、あれだけ濃密な瘴気が見えない人間が、霊能者を名乗るのはそもそも無理があると思うけどね。




「でも、その話に山伏が出てこないけど、なんで【山伏の碑】なの?」


「それが、後になって屋敷の蔵から明治の頃の記録が出てきてね、そこに石碑についての記述が残っていたんだ」


「それに、山伏の事が書かれていた?」


「そういう事。ある日、山から山伏が肩に石を担いで下りてきて。庭に石を突き立てて『呪われろ、滅びろ』と叫んで死んだらしい」


「無茶苦茶、恨まれてるね。この屋敷の人」


「この屋敷に住む一族が、その後、原因不明の病で全員が亡くなるまで、1月程だったようだ」


「その山伏との間に何があったか、わかったの?」


「近年になって石碑には近づかない様に表面を調べた結果、その石碑は、実は古い墓石みたいでね。

屋敷の近くの山間部に当時あった村の名前が出てきたんだ。それで古い役場の資料から、その村の跡にも調査に入ったんだが・・・」


「入ったら?」


「畑の跡らしき場所に合計25体の遺体が、きっちり並べて埋められていたのが見つかったんだ」


「・・・一体何があったの?」


「当時何があったのかは今も不明だな。おそらく25人が亡くなった原因が屋敷の関係者にあって、山伏が何か行動を起こしたのかなと想像はつくな」


「そんな危ない所に、これから行くの?」


「いや、恨みの対象の一族は、もうこの世にいないんだよ。恨みは晴れてるし、石に触らなければ大丈夫だよ」


「でも・・・屋敷を買った人は、関係無かったよね?」


「それも、昭和の頃の話だからね。どこまで本当かわからないよ」


「そもそも、タチバナ君。よその庭に勝手に入ったら不味くない?」


「今は屋敷も庭も管理会社の持ち物だからね、もちろん管理会社の許可は貰ってるよ。門の鍵も借りてきてあるから、他の人の事は気にせずに入って大丈夫」


そうして、東京都A市にある現地へと向かった。







「立派な門構えだね、所々崩れかかっているけど土塀も立派だ」


「そうだな、今、門のくぐり戸のカギを開ける」


大きな門の脇にある木のくぐり戸に、穴を開けてチェーンロックが取り付けられている。


「そういえば、タチバナ君。日本の古い門って鍵が無いよね」


「中に必ず人が居る前提だからね。門の脇にあるくぐり戸も外からは開かないし、

門は内側からかんぬきを掛けてあるから開けられない」


チェーンロックを解錠して門の中に入ると、中には今にも朽ちそうな古い日本家屋が見えた。


「庭は塀の内側を左手に行けばいいらしい、さあ行ってみようか」


と4人で庭に向かってみたが・・・






「当然、明治時代から放置された庭なら、こうなるよね」


我々の胸位の高さまで、草が生い茂っているのを見て、星崎がぼやいている。


確かに、これは庭では無くて、もうやぶじゃないだろうか?


涼慶が虫よけスプレーをとりだして、自分にかけてから祝永さんに手渡した。


「みんな、コレをかけておいてくれ。この辺でヤマビルは確認されて無いから大丈夫だけどマムシには注意な」


「ちょっと志堂君、ヤマビルって何?」


「星崎は知らないか? 木の上から落ちてきて血を吸う大きなヒルだな、もう少し奥に行くといるみたいだが。このあたりは大丈夫だぞ」


「ここ東京都だよね?」


「気にするな、小笠原諸島の南鳥島も東京都だ」


一応、フォローしておこう。


「さすがに明治時代から放置されてたわけじゃないぞ。石の調査がされたのが10年くらい前のはずだから、その時に一度、手入されているはずだ。これは、ここ10年で出来た藪だな」


「そうなの?」


瘴気の一番濃い、藪の一方を指さして


「石碑はこっちの方向なんだが、星崎には一番安全な順番で歩いてもらおうか」


「それは悪いよ、安全な場所は女性の方がいいでしょう?」


星崎、殊勝な心掛けだが、意味が違うぞ。


「マムシは1人目を警戒して2人目に噛みつくらしいからな、星崎、先頭よろしく」


「・・・なるほど、そういう事ね。わかった、方向が間違っていたら指示してね」


星崎は藪の中に入って行った・・・・ためらいも無く。


「星崎、思ったよりも慣れてるな?」


「僕は大阪出身だけど、ここ本当に大阪っていうくらいの山の中の出身なんだ」


「へー」


「でも、ウチの近所では、猪とアライグマの被害が多かったけど、ヤマビルは聞いた事無かったな」


「本当にそこ大阪か?」


「失敬な、ちゃんと大阪府だよ。ホタルも綺麗だしルリビタキだっているんだよ」


「すまない星崎、大阪のイメージと何一つ重ならない」


「志堂君、それはテレビの大阪イメージだ、実際には違うからね」


「そうなのか?」


「そうだよ、あんなイメージを付けられて、結構めいわく・・・あれ?」


「どうした? 星崎? マムシか?」


星崎が引きつった顔で、こちらを振り返った。






「どうしよう、僕・・・今、石碑せきひ蹴倒けたおしたかもしれない。

 触って起こしてもいいかな?」


「・・・星崎、ちょっと見せて」


「え?タチバナ君?」


確かに石碑だな、周囲に充満していた瘴気は消し飛んでいる。念の為、石碑に触れてみたが、何も残っていない。


「うん、コレみたいだな。星崎、一緒に石碑を起こそうか。ちょっと手伝って」


「ああ」


2人でヨイショっと石碑を起こした。


「多分、石碑の下に木の根が入り込んだせいで、傾いてたのかな? 星崎の方に倒れてこなくてラッキーだったな」


「僕の足には大して力が掛からなかったから、向こう側に傾いていたのかもしれないね」


「管理会社に注意しておくよ。でも、この様子だと100年経ったら、恨みは残って無いみたいだな」


「そうか、100年か・・・さすがに100年も恨んでいられないよね」


「ああ、恨む相手も居ないしな。写真を撮って帰ろうか? 帰りは牛肉なんてどうだ?」


「それは素晴らしいな、輝夜、焼肉に行こう」


「どうしたんだ、涼慶? 喰いつき方が異様なんだが?」


「今、ウチは大事な法要の前でな。帰ったら食事は精進物限定なんだ、さすがに毎日はキツイ」


「え? 志堂君の家って、お寺さんなの?」


「星崎に言ってなかったか? それに寺か神社で預かると言ってたろう?」


「え? じゃあ、神社って?」


「私の家が神職なんです」


「祝永さんの家が神社なんですか?」


「そう、そして星崎は寺の副住職の目の前で墓石を蹴倒した訳だ」


「ごめんなさい」


「輝夜、変な脅し方をするなよ。流石にこれは不可抗力だ、なんにせよケガが無くて良かったよ。そう言う訳で、焼肉に行くぞ」





※諸説ありますが、マムシは山道を並んで歩いていると、何故か2番目の人に咬みつくと言われています。

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