第2話 神道系退魔師 祝永 沙姫

祝永いわなが 沙姫さき


私の家は代々神職についている。


世間では人形の奉納が多い事で有名な神社であるが、

退魔師の世界では、呪詛じゅそけがれなどを代わりに受ける形代かたしろ使いとして名が通っている。


およそ平安の頃より、人を呪詛から守る事を生業なりわいとしている私の家系だが、

その為に呪詛をかける側からの恨みを受けてしまい、それが積み重なる事で形代では受けきれないねじれた呪詛じゅそが纏わりついていた。


その呪詛じゅそまれに、ただ必ずにだけ発現した。


それは人面疽じんめんその形を取って・・・に現れた。


ソレは月が新月に近づくごとに大きく醜悪な顔になっていく。


伝承では新月になると口から呪いの言葉を吐き、

それを聞く者は死を迎えるのだそうだ。


私は毎月、新月になる前に、医師に局部麻酔を打ってもらってから、人面疽の口を真っ赤に焼けたコテで自分で焼き潰している。


過去には外科手術による切除が行われた事もあったらしいが、

執刀する医師が錯乱する事件が起きてからは、必ず本人が行うようになった。


私は、その痛みと臭いで、月の半分くらいはまともに眠る事ができない。


そんな日々が続く中、タチバナの当主から電話があった。


『すみません、祝永さん。

 緊急に相談したい事があるので学内の会議室に来てもらえますか?

 志堂にも声をかけました、この3人で話がしたいんです』


子供の頃ならともかく、彼が当主となった今では相談事などあり得ないと 

思っていた。


それも風念寺の志堂君まで巻き込んで。


けた外れの霊力を持った一般人の監視? 


まったく実感が湧かないけど本当なら大変だ




「ところで、絶華たちばな君。ちょっと聞きたいんだけど?」


「なんでしょうか?」


「志堂君にはサークルルームの確保を頼むとして。

 私の方は何か準備をした方がいいのかな?」


「祝永さん、すみませんが今回はお茶と・・・何か茶菓子を。

 どうも彼を見た感じ、栄養状態があまり良くないみたいなんです。

 その辺りの状況を探りながら、すみませんがフォローをお願いします。

 万が一、彼に何かあったら、この大学一帯が永久封印になりかねませんから」


何かあったらって・・・永久封印クラスの悪霊になりそうな人間なの?

この世の恨みつらみの詰まった、悪魔のような人間をイメージした。


「その人は・・・その・・・悪霊になりそうな性格なの?」


絶華君が、私の話の何がおかしいのか、大笑いをしている。


「いえ、きっと自分が死んだのに気が付かずに、霊体のままシナリオ書いてますね。

 その後、死んだ事に気が付いてスッと消えるタイプです」


「・・・現世に執着が無さ過ぎでしょう。なんでそんな子が永久封印なの?」


「内包している霊力が大きすぎます。本人にその気が無くても、その地域の霊脈くらい変えてしまいそうですよ」


「自然災害みたいな子ね」


「その認識でおおむね合ってます。自然災害が餓死がししない様に、

くれぐれもお願いします」





そして、今、サークルルームで彼が来る待っている。


「失礼します」ドアが開いて・・・


な・ん・な・の・こ・れ・は・・・・・・・


反射的に視覚に意識を集中したら、極彩色の霊力の濁流以外何も見えなかった。


強引に霊的視覚を塞いで、やっと目の前に居るのが人間だと理解した。


・・・納得した、本当に永久封印に指定されそうだ。


こんなモノが街中にいたら、普通は噂ぐらいにはなっているでしょう?






が、呑気にサークルルームの話をしている


「まあ、部屋に関してはそれくらいで。私は国文科2年の祝永沙姫いわなが さき

TRPGは初めてだけど、お茶とお菓子を用意してきたから食べながらでも

説明をお願いね」


よく見ると、確かに彼は酷く痩せているように見える。


この膨大な霊気を放出している影響が、身体に出ているのだろうか?


そして、彼との邂逅が終わってからの会議室


「祝永の姉さん。気が付いている? 顔色がすごく良くなってるよ」


「うそっ?」


バッグから手鏡を取り出している。

自分の顔を確認した後で、自分の左肩にそっと触れて確認すると

小さく呟いた。


「信じられないわ、


涼慶君も一緒になって驚いている。


「すごいな、祝永の捻れた呪詛アレに干渉できるのか? 

 それなら大抵の霊障どころか、永久封印レベルの霊障でも大丈夫じゃないか?」


「まあ、前回のゲーム中には最終的に極彩色の竜巻みたいな霊力になっていたな。

いっそのこと、ゲームの後に星崎を霊障現場に連れて行ってみようか? 

おそらく何一つ残らず消し飛ぶんじゃないか?」


涼慶がポケットから数珠を取り出して。

「どうやら我々の霊力も底上げされているようだな」


「とりあえず、俺達3人の連名で監視対象兼協力者として

 申請を出す形でいいかな?」


「ああ、それで行こう」


祝永ウチの呪いに干渉出来る存在ですからね。絶対に守りますよ」






そして翌日のサークルルーム


シナリオの導入部イントロダクション、絶華君の言ったとおりの竜巻の様な霊力の洗礼を受けた後、

皆でお茶を頂きながらの雑談に移ったので、

私は気になっていた事を勇気を出して聞いてみた。


「星崎さん、昼食はちゃんと食べましたか?」


「はい、食堂で食べました」


「そういえば、 うどん だったな」


「早く食べれるしね」


・・・ちょっと待ちましょうか、星崎さん。


「朝は食べてますか?」


「食べ・・・・て無いですね、今朝は」


だんだんと、口調がキツイものになっていく。


「昨夜は・・・何を食べましたか?」


「はい、ゆうべは・・・・・あれ? そういえば気が付けば朝だったので、

 食べて無いかもしれないですね」


「・・・昨日のお昼は」


「はい、それはちゃんと食べました」


「うどん・・・だったよな。星崎」


「いや、タチバナ君。僕もたまにはちゃんと食事をするよ」


「・・・なあ、星崎。悪いんだが、ちょっとここで食堂のうどん以外に

 口に入れた物を思い出してみてくれないか?」


「ここで頂いたお菓子と・・・・・水? あれ? タチバナ君、

 どこに電話してるの?」


「ああ、景浦さん。すまないが大学こっちまで車を回してくれないか? 

 ああ、南関東綜合病院まで送ってほしい。

 おそらく栄養失調だ、摂食障害の可能性もあるので、

 それを前提に予約を入れてくれ」


「いや、タチバナ君。そんな大げさな」


「祝永さん、涼慶、すまないが、このまま連れて行くぞ」


「私も一緒に行くわ」


「ああ、そうだな。倒れたら担いで運んでやるよ」


「え~と?」


「星崎、今お前に発言権は無い。どう考えても摂取カロリーが足りていないのに、

 身体の方からの要求も危険信号も出て無いんだぞ、明らかにおかしいだろう」






南関東綜合病院 待合室


「どうだ、輝夜。星崎は?」


「今、栄養剤の点滴を受けている。だそうだ」


「どうして、そんな事に。なにか家庭に問題? それとも精神的な問題なの?」


「祝永さん・・・聞かない方がいいですよ」


「そんなに、酷いの? 彼の家庭環境?」


生活環境? 虐待? 悪いイメージが脳内を駆け回っている。


「いや、聞いたら頭が痛くなりますから」


「え?」


「輝夜、諦めて話してみろ。私も知りたい」





絶華君は心底呆れたようすで、深くため息をつきながら・・・


「みんなでゲーム出来るのが嬉しくて、文字通り飲食を忘れてシナリオを、

俺達3人用に書き直してゲームの準備をしていたらしい」


「「はい?」」


「よかったな、とりあえず俺達のせいで、大学が永久封印になる所だった」





星崎さんの状況に、これからどう対応していくかを3人で話し合う。


「ところで、星崎さんの御実家は、どちらなんですか?」


「大阪だって、結構意外だね」


「確かに言葉からは分からないな」


でも、それなら・・・・


「彼、ウチの神社で預かりましょうか?」


「祝永さん。一応、本人の意志も確認しないとね」


「まあ、それは最終手段として、とにかく今後、星崎に1日3食ちゃんと食べさせればいいんだろ?」


「昼は学内の食堂だとして、問題は夕食だね? 

 帰りに、それぞれで食事に連れて行こうか?」


「お昼も、いつもうどんだけではいけませんね、何か持ってきましょうか?」


「朝は、いっそ食堂に朝食を準備しておこうか?」


「それなら確実だな」


「星崎さんは、今どこに住んでいるんですか?」


「電車で2駅、真山駅の近くだな、アパートで一人暮らしだ」


「しかし、我々の為に乗り気の所、かわいそうだが、

 その創作活動シナリオ作り自体を控えさせないといけないんじゃないか?」


「どうやってだ? 一人暮らしだろう。どこかに監禁でもしないと無理だ。

 やっぱり祝永さんに預かってもらうか、それとも風念寺そっちに預けるか?」


「ウチの寺にか? それでもいいが、ウチは時期によっては精進料理限定になるぞ。まあ、特に飲食を忘れて没頭しそうな土日に、どこかに連れまわすのが現実的かな」


「それなら、いっそ土曜日の午前中にゲームさせて。

 そのまま霊障の現場に連れて行こうか? 

 多分、どんな霊障も抵抗すらできずに消し飛ぶんじゃないか?」


「確かに、彼のシナリオのネタにはなりそうだが、報酬はどうやって渡すんだ。

 そもそも、こんな話、本人に説明しても嘘臭くて信用できないぞ。

 実は君は霊能者でしたなんて」


「報酬は・・・そうだな、とりあえず上への監視報告を兼ねて、

星崎名義で特別口座を作ってもらおうか?

 いずれは説明するにしても、今後、どんな状況になるかは

 実際に現場に行ってみないと分からないだろう」


「そうだな、それで・・・最初はどこに行く? 翌日が日曜とはいえ、

 あまり遠くはまずいだろう」







いくつか、現場の名前が出た所で、志堂君が、とんでもない事を言い始めた。



「いっそ【山伏やまぶし】なんてどうだ?」




「あの、手を出すと危ないから都の観察対象に指定されたアレか?」


あれは永久封印一歩手前の霊障でしょう


「あれなら、万が一の時に逃げる事はできるだろう」


なるほど、それが理由ね


「あそこなら都の許可は、すぐに下りるだろう。

 しかし、行くのは星崎の回復を待ってからの方が良くないか?」


「まあ、今夜ひと晩は入院だからな。明日になったら星崎に相談するかな」







翌日のサークルルームで


「昨日はご迷惑をおかけしました」


星崎君が深々と頭を下げている。


「さて、星崎。我々3人で話し合った結果、一人暮らしの君に対して、

 生命維持に必要な飲食の習慣を付けさせる為の、2つの案が出たんだが、

 君に聞くつもりはあるかな?」


「色々心配をかけてごめんなさい。良ければ、聞かせてもらってもいいかな?」


「シナリオ書きを1ヶ月封印して、神社で1ヶ月生活するか、

 それとも寺で1ヶ月生活するか・・・どっちにする?」


「・・・どっちでもいいけど、シナリオ封印だけは勘弁してください」


星崎君が、半ば反射的にテーブルに頭をこすり付けて許しを請う、

いや、そこまでしなくても。


「まあ、そうだろうな。それで星崎、3つ目の提案なんだが。

 君は、おそらく授業の無い土日となれば、また寝食を忘れて没頭するだろう」


「ごめん・・・否定はできない」


「そこで、土曜日の午前中にはゲームを楽しんで、午後からは我々と外に出かけるというのはどうだ?」


「外に?」


「もちろん、君にシナリオの事を忘れろとわ言わない。

 むしろシナリオ作成に役に立つ可能性がある」


「僕に都合の良すぎる話に聞こえるけど・・・なんなの?」





「リアルな心霊スポットの探索だ」


「へ?」


「というわけで、今度の土曜日はゲームの後で出かけるから。

 そのつもりでな」


「あ、はい」


「星崎、草むらに入るかも知れないから長袖長ズボンで来る様に」


「了解です」


「あとの食事については祝永さんに聞いてくれ。

 くれぐれも怒らせない様にな、頼んだぞ」

と絶華さんは星崎さんの両肩を掴んで私の方に向かせました。


「さて、星崎さん」


「なっ・・・何でしょう、祝永さん」


どうしてでしょう、背筋を伸ばされましたね。


「念の為確認なんですが、今日のお昼は何を食べましたか?」


「え~と」


「あら、聞こえませんでした? お昼は食堂だったのですよね?

 何を食べられたのですか?」


「・・・うどん・・・です。すみません」


「そうですか・・・星崎さん、何か食べ物のアレルギーはありますか?」


「いえ、ありません」


私は小さめのお弁当箱をだして


「はい、食べてください」


「え?」


「残してもいいですから、食べてくださいね」


「はい、ありがとうございます。いただきます」


星崎さんが、お弁当を食べ始めた。楽しそうな表情だ。

食事に無関心な訳では無さそうだ。


「星崎さん、食べながら聞いてください。これから午前中の授業が終わったら、

 このサークルルームに来てください。食事を用意しておきますので」


「いや、さすがにそれは、ご迷惑では?」


「青白い顔で、目だけがギラギラしながらゲームされる方が迷惑です。

 それとも神社かお寺で朝晩の食事がいいですか?」


「ありがたく、頂戴します」


「よろしい」


「よし、話は決まったようだな。土曜日の午後からの行き先も

 楽しみにしておいてくれ」






人面疽じんめんそ ヒトの身体に出来る腫物はれものが人の顔の形になって話をはじめたり、何か食べだしたりすると言われる怪奇現象です。


※実際には、個人名義の銀行口座等を他者が勝手に作る事は出来ません。

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