彼女の家で③


「そろそろご飯の時間ね」


「確かに」


日は暮れ、空はもう既に真っ暗。

住宅街の至る所にある街灯だけが、静かに街を照らしている。

そして今の時刻は19時30分。

僕の身体も新たなる食糧の供給を促す頃であった。


「じゃあ、作ってくるわ」


「手伝おうか?」


「大丈夫よ。 そこで待ってて」


「分かった」


ガチャリと扉が閉まる音。

何か、既視感のある光景だが、恐らく気のせいだろう。


あれから数時間が経過。

詩織の手作りご飯を堪能した僕たちは2人用のテレビゲームを楽しんでいた。

有名なキャラたちが登場するレースカーゲームや広大なマップでのすごろくなど、協力プレイから対戦プレイまで。

いろんなゲームをだ。

しかし、そんな楽しい時間も終わりを迎えようとしていた。


「そろそろお風呂の時間ね」


「本当だ」


楽しい時ほど、時は早く経つというものだ。

その逆も然りではあるが。


「先に布団の用意する?」


「賛成」


布団の用意。

聞けば、大変そうに見える作業だが、実はそうでもない。

昔から僕はこの家に来ている。

もちろん、泊まることだって何度もあった。

最近では詩織の家にあがること自体減ってきているが、これからもこういう場面は何回もあるだろう。

だから、当たり前のように僕用の布団が常備されてあったのだ。


「どこに敷く?」


「どこに敷く」とは?

何を言いたいのか、さっぱり分からない。

現在、僕たちが一階の和室。

そして僕の布団が仕舞われてあるのは、この部屋の押し入れだ。

だから、本来はこの和室で寝るのが普通だと思うけど……。

念の為「他にどこかあるの?」と訊いてみる。

だけど、彼女の返答は──。


「なんでもないわ」


「なんでもない?」


えっと……どういう事?

状況が理解できない。

ただ、彼女は本当になんでも無かったのか、無言で布団を敷くと「風呂に入ってくるわ」と告げ、そのまま和室を後にしてしまった。

一番風呂、取られちゃった。


「いってらっしゃい」と告げ、部屋に1人残る事になった。

しかし、このままずっと立っているのも余計に体力を消費するだけなので、唐草模様のマットの上で胡座を汲む事にした。


彼女が戻ってきたのは、それからしばらく経った後の事だった。

コンコンと壁を叩く音がしたと思えば、「入るわ」とゆっくりと襖が開いた。


戻ってきたんだ。

胡座を辞め、詩織の方を振り向こうとする。

ただ、彼女の姿を見た瞬間、僕は吹き出しそうになった。


はだけた格好で白い浴衣を着ていたのだから。

お風呂上がりのせいなのだろうか。

頬は赤く、髪は濡れている。

色っぽいとでも言えば良いのだろうか。

まるで襲ってくれと言わんばかりの格好だった。


「……」


何これ?

えっ、何するの?

まったく予想が出来ない。

それにさっきまで平然としていた体温が、急に上昇していくのを感じる。

まずいかも。


ただ僕の内面とは裏腹に、「ふふっ」と笑みを浮かべながら彼女はゆっくりと近づき、僕の目の前で腰をつく。

それから「どう?」と訊ねてきた。


「良いと思う」


反射的な返答だった。

だから、そのまま去ってくれ。

もう限界だ。


長く息を吐く。

しかし、詩織はその場から動く事は無かった。


「……どうしたの?」


「なんでもないわ……ただ──」


「ただ?」


言葉は続かなかった。

いや、続ける事が出来なかったと言えば良いのだろう。

口を封じられたのだから。

彼女の赤い唇によって。


「……って!?」


キス……された?

思考が止まるとはまさにこの事だろう。

まったく状況が追いつかない。


色っぽい表情をした詩織が目の前にあるだけ。

彼女は妖艶な笑みを浮かべると、口を開いていた。


「ねぇ……この先もしてみない?」


「……」


この後の記憶はあまり残っていない。

ただ分かるのは、目を開ければ、隣には可愛らしい寝顔を晒していた彼女がいた。

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