新婚さん①


──ねぇ……。


声が聞こえた。

優しい女性の声だ。


──ねぇ……起きてる?。


また聞こえた。

耳から脳に直接伝わるような声。


──朝ですよ?


クスッと笑い声が混じる。

誰だろう。

何処かで聞いた事がある声だ。

非常に懐かしい。

でも思い出せない。


──ふふっ、かわいい寝顔。


……誰?

母さんではない。

今週は仕事でいないはずだ。


詩織でも無いだろう。

あの無口少女がこんな声を出すとは思えない。

だとすると……。


「……」


分からない恐怖。

パチっと目を開けると、そこにいたのは見覚えのある銀髪少女だった。


「あっ、起きた」


「……詩織?」


なんでここに?

疑問。

いつもなら、目覚まし時計がやってくる仕事なのに。

それに彼女はどこか嬉しそうで残念そうな表情をしていた。


「いつからいたの?」


「今来たばかりよ」


「そう……」


じゃあ、誰が?

まさか詩織が?

いやでも……そんな事あるかな?

あの無口な詩織がわざわざ起こしに……しかも、あんな声を出してまで。


──無いな。


たぶん寝ぼけていたのだろう。


「おはよう」


いつもの挨拶。

彼女も「おはよう」と返してくれた。


「それで、今何時?」


「六時半。 明け方よ」


「早いな……」


六時半。

一般の高校生ならすでに起きて、登校している時間帯だろう。

しかし、僕たちはならまだ大丈夫だ。

だから──。


「なら、もう少し寝れるな……」


今、起きるの疲れるし。


そんな事を思い、サッと布団に引き籠る。

冬眠している熊のように。

だけど、僕は熊にはなれなかったようだ。

「ダメよ」とその暖かさはすぐに失われる事になった。


「遅刻するわ」


決して寝させないのだろう。

布団を強く握る幼馴染。

でも、僕にも言い分はある。


「まだ、あと一時間はあるんだよ?」


早朝だからやる事も無いし、暇だし。

スマホのゲームもまだ更新されていない。

はっきり言えば、このまま寝たい。

でも──。


「寝過ごして、遅刻したら?」


詩織の静かな声。


「……」


確かに。

それもあり得る。

でも一時間も何をすれば良い?

そんな事を考えていると「大丈夫よ」と声が聞こえてきた。


「私と居れば、一時間なんてあっという間だから」


そう言って、微笑みを浮かべる幼馴染。

いつもは無表情な分、かわいい。


「お腹減ったでしょう? もう朝ご飯は作ってるから。 早く降りてきて」


──それから2人で一緒に食べましょう?

そう言って、廊下に出る幼馴染。


「……2人で食べる?」


彼女の言葉に少しの違和感。


それに一緒に食べるという事はまだご飯を食べていない?


どうなってるか?

分からない。

分からないが、そんな事はどうでも良いのだろう。

僕の胃は「早くご飯を食べろ」と空腹のサインを鳴らした。


「行くか……」


難しい事は後で考えれば良いや。

僕はささっと学園指定の制服に着替える。

そして、机に掛けてあった荷物を持ち、一階に降りた。


「遅いわ」


「ああ、ごめんごめん」


細い視線を向ける幼馴染。

しかし、その顔は嬉しそうであった。


「美味そうだな。 全部作ったの?」


食卓に並べてあったのは、焼いた食パンにベーコン。

そして目玉焼きであった。

品物自体はごく普通の朝食。

でも、詩織が作ったおかげだろうか。

とても美味しいそうに見えた。


「そうよ」


「朝早くから凄いね」


「ちょっと早く起きたのよ。 じゃあ食べましょう?」


「うん……」


ちょっとレベルでは無いと思う。

豪華な手料理だ。

どのくらい時間掛けたんだろう。

そんな事を思いながら僕は鞄を床に置く。

一方、詩織も腕に掛けていたエプロンを丁寧にたたみ、お皿の隣に置いた。


「いただきます」


一緒に手を合わせ、挨拶。

それから箸を手に取って手前の料理を口に運ぶ。


「美味しいでしょ? そのベーコン」


「うん……美味い」


「ふふっ、ありがとう」


機嫌が良いのだろうか?

よく喋るし、表情も豊かだ。


「これもどうぞ?」と勧められたおかずを食べる。

美味しい。


五臓六腑に染み渡るような美食。

幼馴染の手料理はあっという間に無くなってしまった。


しかし何だろう。

朝起こされて、作られた手料理を食べる。

しかも、毎日互いの家に行くほどかなり仲が良い。


なんだか、新婚さんみたいだな。

ついついそう思う僕であった。

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