第四十九話「砂漠の迷宮」

「コットー……。

 お水ちょうだいー……」


 僕の後ろに座るハンナが、気だるげな声で僕に言う。


「はいはい」


 僕は魔法鞄の中から革製の水筒を取り出して、ハンナに渡した。

 水筒を受け取ったハンナは、ごくごくと中に入っている水を飲んで、ぷはーっと水筒を口から離す。


「はー生き返った。

 でも、やっぱり暑い……。

 本当にこんな砂漠に迷宮なんてあるのかな?」


 ハンナは乗っているラクダのこぶに顎を乗せながら聞いてきた。

 ベアルージュ教の修道着を全身に纏っているせいか、ハンナの顔からは汗がだらだらと流れていて暑そうだ。

 

 現在、僕とハンナは南の金字塔ピラミッドを目指してライズ王国を南下しているところである。

 ライズ王国は南に行くほど降水量が減り、乾燥した気候になるので、南半分は砂漠となっている。

 砂漠では砂と暑さのせいで馬車移動ができないので、王都でレンタルしたラクダに乗って移動しているというわけだ。


「そのはずなんだけどね……」


 僕は地図を見ながらハンナの質問に頭をかく。

 王都から南の金字塔ピラミッドまでさほど遠いわけでもないし、ガイドを雇うと出費が増えてしまうのでハンナと二人でラクダに乗ってここまで来たのだが、正直砂漠を舐めていたと言わざるを得ない。


 砂漠での移動は、思っていたよりも数倍大変だった。

 五年前に何度も通った砂漠であるはずなのに、周りがずっと代り映えしない砂景色なので道が分からない。

 砂の道なき道をひたすら南に移動しているつもりなのだが、気づいたら方向感覚が狂って別の方向に進んでしまう。

 その都度、太陽の位置を確認して修正するのだが、これがなんとも面倒で苛立ちを覚える。


 また、ライズ王国の砂漠にはモンスターが出没する。

 出没するモンスターは盗賊ネズミや鉄サソリなど、D級からC級くらいのモンスターなので風魔剣で簡単にあしらえるのだが、この暑くて足元もおぼつかない砂漠で戦闘をするのは体力的に結構きつい。

 できるだけ周囲を警戒し、モンスターに遭遇するのを避けながら移動しているのだが、たまにどうしてもモンスターに見つかってしまい戦闘しなければならないときがある。

 その度に暑い中剣を振り回さなければならないので、僕はまだ迷宮に到達していないのに既に少し疲労していた。 


 すると、急に後ろからぎゅっとハンナが僕の背中に抱きついてきた。


「へっ!?

 ど、どうしたのハンナ!?」


 僕は急に抱きつかれたものだから、驚いた声をあげてしまう。

 疲れが一気に吹っ飛び、ハンナの胸の感触を背中に感じて心臓が高鳴り始める。


「ごめんね、コット。

 コットばっかり戦って疲れちゃったよね。

 何も手伝えてないのに、不満ばかり言ってごめんね。

 私、お荷物だよね……」


 しょんぼりとした顔で僕の背中に額をつけるハンナ。

 どうやら、僕一人で砂漠のモンスターと戦っていることを気にしていたようだ。


「そ、そんなことないよ!

 ハンナの神聖術があるから、僕は全力で戦えるんだよ!

 ほら、さっきだってハンナに怪我を治してもらえたしね!」


 そう言って、僕は先ほど鉄サソリの攻撃が掠った腕をハンナに見せる。

 先ほどの戦闘で、鉄サソリのハサミが僕の腕に掠って少し血を流したが、ハンナの神聖術によって見事に綺麗に治っている。


「コットがそう思ってても、実際、私は足手まといだよ。

 コットが危ない目に合っているときに、私は傍で見ているだけしかできないのが悔しいの。

 後から治療すれば良いじゃなくて、コットが戦っているときに私も傍で戦いたいの」


 と、ハンナはポツリポツリと弱った声で言う。

 僕に抱きつくハンナの身体は震えていて、本気で悔しがっているのが分かる。

 

 どうやら、ハンナはモンスターと戦えていないことを気にしているようだ。

 しかし、それは仕方ないことである。

 なぜなら、ハンナの神聖術には相手を攻撃する術が無いからだ。


 ハンナが使える術は、基本的には、治癒術である治癒ヒールと防御壁を作り出す神の盾ゴッドシールドの二つだけ。

 攻撃をする術が無いのであれば、モンスターに対抗する手段は無いに等しい。

 必然的に、僕がハンナを護衛するような形になってしまうのである。


 だが、僕はそのことを特に気にしてはいない。

 ブラックポイズンで働いていたときもベアルージュ教の神職者はいたが、冒険者のパーティーに参加するときはパーティーメンバーの治癒ヒールだけに徹して、攻撃は全て他のメンバーに任せていた。

 そして、それこそがベアルージュ教の神職者をパーティーに入れるときの本来の戦い方なのである。


 そもそも、ほとんどのベアルージュ教の神職者は基本的に治癒ヒールしか使えない。

 だが、それだけで十分パーティーにいる価値は大きく、ベアルージュ教の聖職者がいてくれるだけでパーティーの生存率は大きく跳ね上がるのである。

 それに加えて神の盾ゴッドシールドなんていう光の壁を形成する防御術まで使って僕の攻撃をサポートしてくれるハンナは、今まで会ったベアルージュ教の神職者の中で一番優れていると言える。


 確かにハンナが攻撃の術も覚えていたらなお良いのは確かだが、僕としては現状に既に満足している。

 そんなに気にしなくてもいいのにとは思うのだが、本気で悔しがっている様子のハンナになんて声をかければいいのか分からない。


 ハンナになんて声をかけようか考えながら移動していると、不意に遠くに大きな影が見えてきた。

 それを見て、これだと僕は思った。


「ハンナ見て!

 あれがライズ王国南部最大の迷宮、金字塔ピラミッドだよ!」


 僕が指を指した方向には、大きな四角推の建造物があった。

 遠くにあるというのに、遠近法を無視したかのような大きさである。

 その天にも届きそうな巨大な建造物は、無数の岩のブロックを積み上げて作られており、いつ見ても圧巻である。


「わあ!

 大きい!」


 今まで俯いていたハンナも、金字塔ピラミッドを見て、あまりの大きさに歓声をあげていた。

 僕も初めて金字塔ピラミッドを見たときは、同じような反応をしたものだ。


 どんな悩みもこの巨大な迷宮の前ではちっぽけに思えてしまう。

 そんな力強さがある金字塔ピラミッドは、今のハンナにぴったりだったようだ。


 僕は手綱を引いて、進行方向を金字塔ピラミッドに合わせる。


「ひとまず迷宮街に行こう。

 今日泊まる宿を取っておきたいしね」


 迷宮街とは、迷宮の周りにある街のことを指す。

 迷宮街は、冒険者が迷宮に入る前に立ち寄るので、冒険者を泊めるための宿がたくさんある。

 砂漠の移動で疲れているし、多少割高だが今日は迷宮街の宿で一泊して、明日金字塔ピラミッドを攻略するとしよう。


「やっと休めるのね!

 お腹すいちゃったし、何か食べたいなー!」


 先ほどまで元気が無かったハンナはどこへやら。

 ハンナは無邪気に笑いながら、後ろから僕に抱きついてくる。

 そして僕とハンナは、金字塔ピラミッドの迷宮街へと向かった。

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