第四十八話「侵入者の居場所」

「か~っ!

 やっぱビールが一番身体に沁みる〜っ!」


 そう言って、大きなジョッキをドカンとテーブルの上に勢いよく置くパストリカさん。

 パストリカさんの対面に座る僕とハンナは、そんなパストリカさんの飲みっぷりを苦笑いで鑑賞していた。


 僕たちがギルドに来てから、パストリカさんは既に五杯以上はお酒を飲んでいる。

 僕たちが来る前からお酒を飲んでいたのも合わせると、もう何杯飲んでいるのか分からない。

 その細い身体のどこにそれほどの量のお酒が入るのかと、首をかしげたくなるほどの大酒飲みっぷりである。


「ん?

 あんたたちは飲まないのかい?

 あたし一人で飲んでてもつまらないんだけどねえ」


 僕とハンナのグラスに入っているお酒が全く減らないのを見て、つまらなそうな顔をするパストリカさん。

 誘ってくれたパストリカさんには申し訳ないが、こんな真昼間からお酒を飲む気にはなれないし、夜だとしてもパストリカさんの飲酒量に合わせられる気はしない。


「まあいいや。

 それで?

 何しにロックブラウンに来たんだい?

 まさか、遠路はるばるあたしに挨拶するためだけに来たってわけでもないんだろ?」


 パストリカさんは質問を言い終わると、また新しくお酒を注いでぐびぐびと飲み始める。

 一体いつまで飲む気なのだろうか。


「僕たちは依頼を受けて、ライズ王国に人捜しに来ました。

 探している人物は迷宮探索をしている冒険者でして。

 冒険者について聞くなら冒険者ギルドが一番だと思い、ライズ王国で一番大きい冒険者ギルドであるロックブラウンに来たというわけです」


 僕が答えると、パストリカさんは首をかしげた。


「人探し?

 今ライズ王国は魔神を狩りに他国から強者つわもの冒険者達が集まってるっていうのに、あんた達は珍しいねえ。

 一体誰を探してるんだい?」


 仕事について言えば、詳細を聞かれることは予想していた。

 しかし、僕は素直にブラックポイズンの冒険者を探していると言うことはできない。

 スナイデル団長の依頼の目的は、不法入国したブラックポイズンの冒険者をライズ王国民に気づかれずに捕獲してビーク王国に持ち帰ることにあるからだ。

 ここで口を滑らして、パストリカさんにブラックポイズンの冒険者が不法入国していることを感づかれてはならないのである。


「そうですね。

 いて言えば、その他国の強者つわもの冒険者ですかね……」


 僕はパストリカさんに真の目的がばれないように、ぼかしながら目的を伝える。

 ここに来たのは情報を得るためなので、相手から欲しい情報を引き出すためにこちらも多少の情報を開示するのは仕方ないと判断したのである。


 すると、パストリカさんはニヤリと笑った。


「ふーん、なるほどね。

 つまり、不法入国したブラックポイズンの冒険者を探しに来たってわけだ」

「なっ……!」


 僕は驚いて思わず声を上げてしまった。

 まさか言い当てられるとは思わなかった。


「はは。

 その反応は図星だね。

 まぁ、あんた達を見たときから大体予想はついてたさ。

 最近、ある迷宮でブラックポイズンの冒険者を名乗る輩がいるって噂が冒険者の間で密かにささやかれてるからねえ。

 もしそれが本当なら、ブラックポイズンの冒険者がライズ王国に不法入国したということになって大問題だ。

 大方、国交を気にしたビークのお偉いさんに依頼されたってところだろう?」


 言いながらぐびぐびとお酒を飲み続けるパストリカさん。

 僕はもはや驚きで声すら出なくなっていた。


 僕がぼかすまでもなく、ブラックポイズンの冒険者が不法入国したという情報をパストリカさんは既に掴んでいたようだ。

 しかも、その情報だけで僕たちに依頼がきた背景まで全て言い当ててしまった。

 こんなにお酒を飲んでいるというのに、その洞察力は物凄い。

 流石はライズ王国一の大ギルドのギルドマスターといったところか。


 すると、パストリカさんは再びジョッキを空にしてドカンと勢いよくテーブルにジョッキを置いた。


「あんたがブラックポイズンのやつらを捕まえようとしてるのか殺そうとしてるのかは知らないけど、協力してやってもいいよ」


 ライズ王国に来た目的がブラックポイズンの冒険者にあることがばれて戦々恐々としていたが、意外な言葉がパストリカさんから返ってきて僕は顔を上げた。


「協力してくれるんですか……?

 てっきり追い出されるのかと思っていましたが……」


 僕が言うとパストリカさんは鼻で笑った。


「ははっ!

 追い出すわけないさ!

 だってあんた達は、あたし達ロックブラウンにとって都合の良い存在だからねえ!」


 面白そうに言うパストリカさん。


「都合の良い存在?」


 僕が聞き返すと、パストリカさんは機嫌よく語りだした。


「あたし達ロックブラウンは今、ライズ王国内のどこかの迷宮に現れたと噂されている魔神を探してるんだ。

 そして、噂のブラックポイズンの冒険者も同じだろうね。

 タイミングを見る限り、魔神を狩りに来たと見て間違いない。

 上手く魔神を狩ることができたら姿を表して、ライズ王国の危機を救ったとか吹聴して出禁を解除してもらおうっていう魂胆だろうね。

 だけど当然、あたし達はそんなことは絶対許さない。

 ブラックポイズンの冒険者より先に、あたしらで魔神を討伐したいんだ。

 だから、あんた達みたいな魔神に興味がなくて、邪魔なブラックポイズンの冒険者を排除しようとしてくれる存在は都合がいいってわけさ」


 なるほど。

 つまり、ロックブラウンは噂の魔神に集中したいから、ブラックポイズンの冒険者の捕獲は任せたいということなのだろう。

 それは僕たちにとってもありがたい話である。


 僕たちにとって嫌なのは、不法入国したブラックポイズンの冒険者がライズ王国で捕まること。

 そうなれば、ライズ王国に身柄を引き渡されて、スナイデル団長の依頼は失敗に終わってしまうだろう。

 だがもしライズ王国で一番大きな冒険者ギルドであるロックブラウンが、ブラックポイズンの冒険者の捕獲を僕たちに任せると言うのであれば、その心配も大分薄まる。


「分かりました。

 それでは、不法入国したブラックポイズンの冒険者は僕たちが捕まえますので、手を出さないことを約束していただいてよろしいですか?」

「ああ、そのつもりだよ。

 代わりに、あんたたちは魔神には手を出さないことを誓いな。

 魔神はあたし達が狩るよ」


 真剣な目で僕をまっすぐに見て言う。

 もし約束を破ろうものなら殺す、といった感情すら見える。

 それほど、今回の魔神狩りに本気ということなのだろう。


「もちろんです。

 僕は魔神なんて関わりたくもありません」


 これは僕の素直な気持ちである。

 パストリカさんは普通に言っているが、魔神を狩るなんて考えを持っていること自体が常軌を逸している。

 魔神は魔の神であり、人智を超えた超常的な力を持っているとされる伝説的な存在だ。

 それを狩ろうなんて僕は思わないし、できれば避けたい存在である。


 魔神を狩ろうなどという考えになるあたり、パストリカさんも根っからの冒険者なのだなと僕は感じる。

 なぜなら、冒険者というのは自分の命よりもスリルや好奇心を優先する人間が多いからだ。

 おそらくパストリカさんもそういったタイプの人なのだろう。


「契約成立だね」


 そう呟いたパストリカさんは、近くのギルドの受付嬢の方に顔を向けた。


「今すぐ迷宮の場所が全て書かれた地図を持ってきな!」


 パストリカさんの指示が飛ぶと、すぐにギルドの職員が大きな紙のロールを抱えて持ってきて、僕らの前のテーブルの上に広げた。

 広げられた紙の上に描かれていたのは地図だった。

 かなり精巧な地図であり、ポツポツと色んなところに黒い点が打たれている。


「いいかい?

 ここが今あたし達がいるライズ王国の王都だ。

 この周りにいくつも黒い点が打たれているだろう?

 これは全部迷宮だよ。

 有名所で言うと、東の天空迷宮、西の転移迷宮、そして南の金字塔ピラミッド迷宮だね。

 三大迷宮と言われている」


 パストリカさんは、言いながら指で地図を指し示していく。

 他の迷宮は黒い点だけなのに対して、その三つだけには赤い丸印がつけられていた。


「最初に魔神を見つけた冒険者は、どこの迷宮で魔神を見つけたのかすら言わずに国を去ったらしくてねえ。

 そのせいで、まだどこの迷宮に魔神がいるのかは特定されていないんだ。

 でもその冒険者が所属していたギルドから聞いた話によると、その冒険者はこの三大迷宮を主に探索していたやつだったらしくてね。

 その情報から、あたしらはこの三つの迷宮のどこかに魔神がいると踏んで、今は東の天空迷宮と西の転移迷宮を探索しているとこだよ」


 そういうことか。

 噂だと魔神が出た迷宮の詳細が無かったので、一体魔神がどこの迷宮に現れたのか気になっていた。

 まさか魔神を見つけた冒険者が、どこの迷宮で見つけたかも言わずに噂だけ流して国を去っていたとは。

 すぐにでもライズ王国を出たくなるほど魔神が恐ろしかったということだろうか。


「そして、ブラックポイズンの奴らがいるのは……ここだ」


 パストリカさんは、南の金字塔ピラミッド迷宮の印を指さした。


金字塔ピラミッドですか……」


 南の金字塔ピラミッドといえば、謎が多い迷宮として有名だ。

 一つ一つが僕ら人間の身体より大きいほど巨大な石を、階段状に数えきれないほど積み上げて四角錐の形と化した巨大な建造物。

 その建造物の中にはありの巣のように無数に通路が掘られており、迷路のようになっている。


 普通であれば、中の空洞のせいでバランスが保てずに倒壊しそうなところではあるが、絶妙なバランスで倒壊せずに成り立っているので、金字塔ピラミッドについて研究する建築系の学者は多い。

 学者がその構造を研究するほど精巧な造りである金字塔ピラミッドは他の迷宮とは一線を画しており、毎年多くの冒険者が金字塔ピラミッドを攻略しようと集まってくるという。


 ちなみに僕は金字塔ピラミッドを五年前に踏破済みではあるが、あまり良い記憶はない。

 モンスターのレベルはまばらだが、奥に行くとBランク以上の危険なモンスターも出てくる。

 それだけではなく、南の金字塔ピラミッドは侵入者を排除するための罠が他の迷宮に比べて非常に多い。

 僕が五年前に踏破したときは何度もその罠にかかり、危ない目にあったものである。


「ああ。

 金字塔ピラミッドの奥深くを探索してるって噂だよ。

 あくまで噂だから本当にいるのかはあたしは知らないけどね。

 もし本当にいるのなら、厄介なことこの上ないね……」

 

 パストリカさんは目を細めて、不快そうに言った。


「……なるほど。

 居場所については分かりました。

 あとは現地に行って確認します。

 情報を提供していただき、ありがとうございました」


 僕はその場を立ち上がり、頭を下げてパストリカさんに感謝を伝える。

 僕の横でハンナも僕に倣って礼をした。


「礼ならこっちが言いたいくらいだよ。

 ブラックポイズンの奴らがいるっていうから、警戒して南の金字塔ピラミッドの探索だけ開始できずにいたんだ。

 ブラックポイズンの奴らを敵にすると、下手したら例の事件みたいにうちの冒険者まで殺されかねないからね。

 もしあんたが捕まえてくれたら、余計な戦闘を避けられるから助かるよ。

 あんたが強いのは知ってるけど、せいぜい気を付けるんだね」


 そう言って、パストリカさんは再びぐびぐびと酒を飲み始めた。


「はい、ありがとうございます。

 捕まえ終えたら、またここに寄りますね」


 僕が立ち上がって礼をすると、パストリカさんはジョッキを持っていない方の手をひらひらさせて僕らを送り出してくれた。

 そして僕とハンナは、ロックブラウンで得た情報をもとに南の金字塔ピラミッドを目指すことになる。


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