第四十六話「関門」

 ビーク王国を出て七日が経った。

 僕たちは日ごとに馬車を乗り換え、今日も相変わらず馬車で移動をしている。

 ビーク王国を出たばかりのときは緑が多い草原の中を走っていたのだが、いつの間にかあたりからは緑が消え、岩ばかり転がっている岩石地帯を走っていた。


 ライズ王国は降水量が極端に少なく草木が育ちづらいため、緑のない国として有名だ。

 岩石地帯に入っているということは、ライズ王国が近いという証である。


「なんか周りに人が増えてきたねー」


 相変わらず僕の腕に身体を寄せているハンナは、馬車の外を眺めながら言う。

 周りを見ると、僕たちの馬車以外にも近くにはいくつか馬車が走っているし、歩いている人もたくさんいる。

 そして、その全員が同じ方向に進んでいた。


「ライズ王国が近いってことだよ。

 今日で七日目だし、そろそろ関所にも着くんじゃないかな」


 ビーク王国からライズ王国まで大体馬車で七日かかると言われているので、そろそろ国境が見えてきてもおかしくない頃合いである。

 人通りが多くなってきているのも、国境が近いからだろう。


「そっか、もう着いちゃうのかー。

 私はこのままずっと、コットと馬車に揺られていたかったなー」


 そう言って僕の左腕を強く抱きしめて僕の肩に頭をちょこんと乗せるハンナ。

 そんなハンナのあからさまな行動に、僕の心臓のどきどきは鳴りやまない。


 この七日間ずっとハンナにくっつかれていたが、いまだに慣れない。

 こんなに可愛い女の子にくっつかれてどきどきしないはずがないのである。


 もうハンナは僕のことを好きであることを隠していない。

 吹っ切れているのか、ずっと僕にくっついてくる。

 こんなにもあからさまに好意を向けられると、嬉しさと気恥ずかしさでどうにかなりそうである。


 しかし、そんな二人っきりの甘い馬車旅もここまでのようだ。


「お二人さん!

 国境についたぞ!」


 御者台で馬車を操縦しているおじさんが、こちらを振り返って叫ぶ。

 どうやらライズ王国の国境にたどり着いたようだ。

 段々と馬車はスピードを落として、その場に停止した。


 この馬車はライズ王国の国境までという条件で雇ったので、ここまでというわけだ。

 本当は関所も通ってライズ王国内も移動してくれる馬車を雇いたかったが、そうすると値段が倍以上かかってしまうので国境までの契約にした。

 関所を通ったら、また新しい馬車を雇おうと思っている。


「運転ありがとうございました」


 僕はハンナと一緒に馬車を降りながら、御者のおじさんに軽く頭を下げてお礼を言う。


「おい、兄ちゃん!

 そこの可愛いお嬢ちゃんを大切にするんだぞ!」


 御者のおじさんは、僕に向かってニカッと笑って親指を上げて見せる。


 完全にカップルだと思われているな……。

 別に僕とハンナはカップルというわけでもないのだが、あれだけ馬車でくっついているのを見られていたらそう思われても仕方ないか。


 僕はおじさんの掛け声を無視して馬車をあとにした。

 隣でハンナがおじさんに笑顔で親指を上げて見せていたが、それも見てないふりをしておいた。



「わー!

 大きな谷だー!」



 少し歩くと目の前に大きな谷が見えてきたので、ハンナが歓声を上げた。

 谷は底が見えないほどに深く、そしてどこまで続いているのか見えないほど横に伸びている

 そして、僕らが立っている所と谷の向こう岸の間には大きな岩の橋が繋がっていて、そこを人や馬車がたくさん通行していた。


「これはライズ峡谷と言われている有名な峡谷だよ。

 この峡谷はライズ王国の国境線になっているんだ」


 そんな簡単な説明をしながら、ハンナと一緒に岩の橋を渡る。

 ハンナは物珍しそうに橋から谷底を覗いているが、危ないので僕はハンナの手を中央側へと引っ張る。

 一応、安全面を考慮して橋の縁には落下防止用の欄干らんかんがついているのだが、それでも毎年落下事故は起きているという話は聞くので油断は禁物だ。


 そんなこんなしている間に橋を渡り切り、ようやくライズ王国の関所にたどり着いた。

 関所は結構混んでいて行列ができていたので、僕とハンナはその列に並んで順番待ちをする。

 そして、しばらくすると僕たちの番がやってきた。



「ここはライズ王国の関門だ!

 身分証明書を見せろ!」



 体が大きなライズ王国の兵士が、僕たちに身分証明書の提示を要求してきた。

 僕はすかさず魔法鞄から身分証明書を取り出す。


「はい、どうぞ。

 ほら、ハンナも」

「うん。

 えーと…はいこれです!」


 僕とハンナは予め用意しておいた身分証明書を提出した。

 身分証明書は国ごとに発行されているもので、名前、住所、生年月日などの個人情報と共に職業や職場についても記載されている。

 そのため、もし出禁になっているブラックポイズンの者がここを通ろうとすれば、職場の欄のブラックポイズンという文字を見られて通してもらえないのである。


 僕がブラックポイズンで働いていたときは、身分証明書にブラックポイズンという文字が記載されていたが、辞職してホワイトワークスを作ったときにすぐに役所に申請をして書き換えてもらった。

 なので、関所を通してもらえないというような事態にはならないはずである。


「ほう……お前らビーク王国の冒険者か!

 まさかブラックポイズンの冒険者じゃねーだろうなあ!?」


 威嚇するように僕らを睨みつけて叫ぶライズ王国の兵士。

 隣でハンナが驚いてびくっとしていた。


「身分証明書を見ればわかる通り、僕らはブラックポイズンの冒険者ではありません。

 ホワイトワークスというギルドの冒険者です」


 僕は、まともに身分証明書を読まずに威嚇してくる兵士に呆れながらも、しっかり訂正を入れる。

 兵士は僕の言葉を聞いて、再び身分証明書に目を通した。


「ホワイトワークス……?

 聞いたことねえ名前のギルドだな。

 弱小ギルドの冒険者が迷宮で一山当てようとライズ王国に来たってところか?

 だったら忠告しておこう。

 今、迷宮に行くのは止めておいたほうがいいぜ」


 僕たちに真面目な顔で忠告をする兵士。


「……?

 なぜですか?」


 僕が聞き返すと、兵士は持っていた身分証明書をぱたりと閉じて、僕たちを脅すかのように怖い顔をした。


「なんでも、どっかの迷宮で魔神が出たって噂が今飛び交ってるからな」


「魔神ですって!?」


 僕は兵士から教えられた事実に驚愕した。


 魔神とは、その名の通り魔界の神。

 悪魔達が崇拝する、強力な力を持った存在である。


 神といえば、ハンナの身体に顕現したベアルージュに二度遭遇しているが、とんでもない力を持っていた。

 ベアルージュの場合は慈愛の神なのでハンナのためにその強大な力を使っていたが、魔神の場合はその強大な力を災いを引き起こすために使う。

 人間にとっては厄介でしかない存在だ。


 魔神なんて伝説でしか聞いたことがないような存在だ。

 魔神をモンスターというのもおかしいかもしれないが、冒険者ギルド協会が発行している文書「モンスターランクの基準」に照らし合わせれば、堂々のS級モンスターに分類される超危険な存在であるのは間違いない。

 

「ああ。

 とある冒険者が、迷宮で財宝を探していたときに出くわしたらしい。

 そいつは自分のことを「魔神」だと名乗り、魔神の名前にふさわしい異形な見た目と恐ろしい力を持っていたと聞いている。

 だが幸いにも、その冒険者は命からがら迷宮から逃げのびたらしい。

 そして、迷宮に魔神が出たという噂だけを残してライズ王国を去ったようだ。

 その冒険者は運が良かったから逃げれたが、お前らみたいな弱小ギルドの冒険者が運悪くその魔神に出会っちまったら、生きては帰れないだろうな。

 まあ気を付けることだ」


 語り終えた兵士は、僕たちに身分証明書を返してくれた。

 自分の身に起きたらと思うと背筋が凍るような話である。

 その冒険者はよく魔神から逃げることができたな。


「その冒険者は一体どこの……」


 僕が兵士にもう魔神から逃げた冒険者について詳しく聞こうとしたとき、後ろから怒声が聞こえてきた。


「おい兄ちゃん!

 終わったんなら早く行けよ!

 後が詰まってんだ!!」


 振り返ると、後ろに並ぶ人たちが睨むようにして僕たちを見ていた。

 僕たちが関門を通り終わらないので、まだかまだかと苛立っている様子。


「す、すみません!

 今終わったのでどきます!」

「ご、ごめんなさい!」


 僕とハンナは逃げるようにして関門を抜け、ライズ王国に入国したのだった。

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