第四十四話「騎士団長の相談」

「なるほど。

 その酒場をギルドに改装したというわけか。

 一度見に行ってみたいものだな!」

「スナイデル団長なら、いつでも歓迎ですよ。

 元酒場なので美味しいお酒もたくさん置いてあります。

 是非飲みに来てください」


 盗賊の受け渡しを終えた僕は、スナイデル団長と騎士団本部最上階である三階のテラスでお茶をしていた。

 テラスからはビーク王国中央区の綺麗な街並みが一望できる。

 こんな高貴な場所で嗜好品である紅茶をすすりながらお話なんて、さながら貴族にでもなった気分である。


 普段であればあまりに身分違いな場に緊張しそうではあるが、スナイデル団長が気さくに話しかけてくれるのでそんなことにもならない。

 侯爵家の貴族であり騎士団長でもある高貴な身分でありながら、僕のような一介の冒険者とここまでちゃんと話してくれるなんて、スナイデル団長は相変わらず優しい人だ。



「ところでコット君。

 君がギルドを作ったというなら一つ相談があるんだが、聞いてくれるか?」



 話が始まって少し経ったとき、突然スナイデル団長は静かなトーンで切り出した。


「相談?」


 僕はただ少しお話をして終わりだと思っていたので、その切り出しに驚いた。

 一体、騎士団長に何を相談されるというのだろうか。


 僕が身構えるのを見てスナイデル団長は頷き、神妙な面持ちで口を開いた。


「コット君は、最近ブラックポイズンが色々と問題を起こしているのを知っているかい?」

 

 予想外の質問だった。

 このタイミングでブラックポイズンという単語が出るとは思っていなかったので、僕は背筋に嫌な汗が流れる。


「辞職してからはブラックポイズンとほとんど関わっていないので、ブラックポイズンが今何をしているのかは全く知らないです。

 何かあったんですか?」


 ブラックポイズンについて知っていることと言えば、僕が抜けてギルドが上手く回っていないという情報くらいだ。

 この情報はマリリンさんからの又聞きであり、それ以上のことは知らない。


 すると、スナイデル団長は眉間にしわを寄せ、手を顎の前に組みながら語りだした。


「実は最近、ブラックポイズンの冒険者がビーク王国各地でトラブルを起こしてるようでな。

 起こしている問題は基本的には金銭トラブルが多いようだが、それ以外にも一般人への暴力行為やら略奪行為やらの犯罪行為が見え隠れしている。

 各地で被害を受けた者たちからのクレームが凄くてな……。

 ブラックポイズンのせいで騎士団も大忙しというわけさ」


 初耳の情報だった。

 まさか、僕が辞めたあとのブラックポイズンがそんなことをしているとは。

 騎士団長の口から出るほどということは、かなり大きな問題になっているようだ。

 

「それはなんというか……。

 僕の元仕事仲間が失礼しました」


 ブラックポイズンを辞めた今の僕には関係のないことだが、一応謝っておいた。

 というのもこの問題、半分は僕がブラックポイズンを辞めたせいだと思っているからだ。


 ブラックポイズンで働いていた時は、荒くれものの冒険者達がよく仕事先で問題を起こすので、いつも僕がそのトラブル処理をしていた。

 僕がトラブル処理をしていたから穏便に済んでいたようなもので、何もしていなかったら大問題だったろう。


 だが僕がブラックポイズンを辞めた今、それらのトラブルを処理できるギルド職員がいなくなったはずだ。

 あのろくに働かないおさぼり職員達に、冒険者のトラブル処理なんてできるとは思えないしな。

 結果、前々から何度も起きていたトラブルが明るみに出てしまったということだと思う。


「いや大丈夫だ。

 そういうトラブルを解決するのも私たち騎士団の仕事だからね。

 ただ一つだけ、私たちだけでは解決できそうにない大きな問題があるんだ……」


 と、苦い顔を浮かべるスナイデル団長。


「といいますと?」


 僕の相槌にスナイデル団長は頷く。


「コット君は、ブラックポイズンが去年ライズ王国を出禁になった件は覚えているかな?」


 ライズ王国を出禁になった件。

 それは、去年ブラックポイズンの冒険者がライズ王国の迷宮で起こした殺人事件のせいで、ライズ王国から入国禁止を言い渡された件のことだ。


「もちろんです。

 忘れるはずもありません……」


 スナイデル団長に言われて、当時の苦い記憶が思い出させられる。

 去年ブラックポイズンの冒険者がライズ王国で例の事件を起こしたせいで、僕の仕事量は過去最大級になり、寝る時間などほとんど無かった。

 何度もライズ王国とビーク王国間を行き来させられ、多くの人に叱られ、罵声を浴びせられたのは苦い思い出である。

 嫌な記憶を思い出してしまったので、一度リラックスしようと手元の紅茶に口をつける。



「実はね。

 ブラックポイズンの冒険者のうちの何名かがライズ王国に不法入国したという情報を掴んだんだよ」



 僕は思わず、飲んでいた紅茶を勢いよく吹き出してしまった。


「な、な、なんですって!?」


 とんでもない話である。

 一度出禁をくらった国に不法入国するなんて一線を越えている。

 下手をしたら国際問題になりかねない。


 ただでさえ去年、ブラックポイズンが事件を起こしたせいでライズ王国側は激怒していた。

 多額の賠償金を支払ったことでなんとかビーク王国との関係が悪化せずに済んだが、それからまだ一年も経っていないというのにブラックポイズンの冒険者が不法入国したなんてことが発覚すれば、今度こそ国交が悪化することだろう。


「しかも厄介なことに、不法入国したブラックポイズンの冒険者数名はライズ王国の迷宮で探索をしているという話だ。

 もしまた迷宮内で冒険者を一人でも殺害したら、今度こそライズ王国との国交が無くなるだろうな……」


 険しい顔で説明するスナイデル団長。


 国交が無くなるということは、今まで積み上げてきたビーク王国とライズ王国の関係が白紙に代わり、あの迷宮大国であるライズ王国にビーク王国民は誰も入国できなくなるということを意味する。

 経済的に大きな痛手になることは間違いないし、ブラックポイズンだけの問題では済まないだろう。


「正直、僕は信じられないです……。

 いくらブラックポイズンの冒険者といえど、一度出禁になった国に不法入国しに行くでしょうか?

 不利益なことの方が多いと思いますが……」


 信じられないというよりは、信じたくないという思いの方が強かった。

 口ではこう言っていても、ブラックポイズンの野蛮な冒険者たちならやりかねないと思ってしまうのが実情である。


「そうだな。

 私だって信じられないさ。

 だがこの情報は、確かな筋・・・・からの情報でね。

 ライズ王国内の迷宮から出てきた冒険者達の間で、目撃証言がちらほら出回っているらしいんだ」

「……そうですか」


 スナイデル団長がここまで言うということは、情報に間違いないようだ。

 ビーク王国が他国に優秀な密偵を何人も送り込んでいるのは知っている。

 国の最高戦力たる騎士団の団長であれば、そういった者達に指示を出す立場にもあるわけで、他国の情報も逐一把握しているはずだ。

 そのスナイデル団長が「確かな筋」からの情報と言うのであれば、その情報にまず間違いはないだろう。


「まだライズ王国内の一部冒険者の間でしか周知されていない情報のようだが、広まるのも時間の問題だろうね。

 だから目撃証言が広まる前に、不法入国したブラックポイズンの冒険者を連れ戻したいということさ」

「……なるほど」


 スナイデル団長の頼みたいことは理解した。

 つまり、僕にライズ王国まで行ってブラックポイズンの冒険者達をビーク王国に連れ戻して来てほしいという捕獲依頼である。


 確かに、こういった他国での仕事は冒険者に任せるのが適任だろう。

 騎士団が軍を引き連れてライズ王国に行こうものなら、ビーク王国とライズ王国の軍事衝突にまで繋がってしまう恐れがあるからだ。

 その点、冒険者はどこの国にも自由に行けるので都合がいいのである。


「しかし、なんで僕に頼むんでしょうか?

 ブラックポイズンの冒険者を連れ戻したいだけなら、中央区にあるブラックポイズンの事務所に頼みに行けばいいだけなんじゃないですか?

 完全な犯罪行為ですので、騎士団に言われればすぐにめそうなものですが……」


 僕が正直な疑問をスナイデル団長にぶつけると、スナイデル団長はさらに眉間にしわを寄せる。


「もちろんそうだ。

 私はこの情報を掴んだとき、すぐにブラックポイズンのあの趣味の悪い金ぴかな事務所に行ったさ。

 それでボルディアに直接この件を問いただしたんだが、そのときボルディアはなんて言ったと思う?」


 僕に向けて問いかけるスナイデル団長の顔は険しい。

 僕にはボルディアが言うことなんて想像もつかないので無言でいると、スナイデル団長は重い口を開いた。


「『ライズ王国に俺は誰も送ってない。もしうちの冒険者がいるとしたら、それはそいつが勝手に行ったんだろう。俺には関係ない』と、ボルディアは言っていた。

 はは。

 笑ってしまうだろ?

 ギルドマスターであるのに、自分のギルドの冒険者が何をしているのかやつは把握すらしていないんだ。

 自分のギルドの手綱も締められないなんて全く…………恥知らずが!!!!」


 スナイデル団長は怒声をあげて机にこぶしを振り下ろし、バゴンッと大きな音が鳴り、反射的に僕はビクッとしてしまった。

 そして恐る恐るスナイデル団長の顔を覗くと、普段優しいスナイデル団長からは想像もつかない、鬼の形相だった。


「ぼ、ボルディアさんはそういう人なので……」


 僕は小声で、フォローにもなっていないフォローを入れた。

 だが、それが真理でもある。

 ボルディアはそういう人なのである。

 ボルディアはギルドの冒険者が何をしているかなんて全く把握していないし、冒険者が勝手な行動を取れば責任は全部冒険者に押し付けて自分が責任を取ることはない。

 つまりは、無責任なギルドマスターというわけだ。


 それに対して責任感のあるスナイデル団長が怒っているのはもっともだ。

 普段、騎士団という大きな組織を統率しているだけに、責任感の無いボルディアを見て苛立ったのだろう。

 僕がブラックポイズンで働いていたときは、どんなにボルディアがギルドマスターとしての能力が欠けていても我慢して僕がそれを補ってきたが、本来はスナイデル団長のような反応が普通なのかもしれない。


「ああ、分かってる。

 あいつがああいうやつだということは重々分かってるさ。

 ブラックポイズンは今までそれなりに悪さもしてきているが、功績も大きい。

 この十年間、あのギルドのおかげでビーク王国民は何度も助けられた。

 だから、多少のトラブルくらいは目をつむって騎士団で対処はする。

 だがな!

 国交の危機となれば話は別だ!

 もしブラックポイズンのせいでビーク王国とライズ王国が断交しなければならないとなれば、私は迷いなくブラックポイズンの冒険者全員の首を斬ってライズ王国に謝罪しに行く覚悟がある!!」


 そう言って僕の目を真っすぐ見つめるスナイデル団長の目は、真剣だった。

 目の前の騎士団長は本気でブラックポイズンの冒険者全員の首を斬るつもりだ。

 その覚悟のこもった目に僕はゴクリと唾を飲み込む。


「……っとまあ、それは最終手段だと思ってくれていい。

 そうならないようにするのがコット君の仕事だ。

 生死は問わない。

 不法入国したブラックポイズンの阿呆共を、ライズ王国側に気づかれる前にビーク王国に連れ戻せばいい。

 報酬金は金貨五十枚だそう。

 やってくれるか?」


 そう言って僕を真っすぐ見つめるスナイデル団長。


「き、金貨五十枚!?」


 僕は提示された報酬金額に驚いた。

 金貨五十枚なんて、中央区で土地を買えるレベルである。

 おおよそただの冒険者の捕獲依頼に出す金額ではない。


「そうだ。

 それほど、この案件が重要なことだと思ってくれ。

 それに、この依頼はコット君が一番適任なんだ。

 元ブラックポイズンだからブラックポイズンの冒険者の顔も知っているし、コット君は迷宮探索にも慣れているからな。

 その肩にかけてる鞄を使えば、ライズ王国側に気づかれずにビーク王国まで連れ帰ることも簡単だろう?」


 いつの間に、スナイデル団長は僕のことを調べたのだろうか。

 僕がブラックポイズン時代に迷宮探索をよくさせられていたことも、魔法鞄で簡単に捕獲した対象をビーク王国まで連れて帰れることもしっかり把握されているようだ。


 しかしまあ、断る理由はない。

 報酬金として金貨五十枚も貰えるとなれば、今後ホワイトワークスを運営していく上で金銭面で困ることは無くなるだろう。

 それに、この依頼を達成することで騎士団と繋がりを作れるというのも大きい。

 ブラックポイズンで働いていた時、騎士団からも度々大きな依頼を受けていた。

 ここで騎士団とパイプを作ることにより、そのような大きな依頼を今度はホワイトワークスが受けることができるようになるかもしれない。


「分かりました。

 その依頼、受けましょう」


 僕が言うと、スナイデル団長は立ち上がりこちらに近づいてきた。


「ありがとう、コット君。

 ビーク王国のために、よろしく頼む」


 スナイデル団長は僕に右手を差し出す。

 僕は差し出された手に自分の手を持っていき、握手を交わした。


 こうしてホワイトワークスは、騎士団の依頼を受けることになった。

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