第三章 南の金字塔
第四十三話「騎士団本部」
オシャレで立派な建物が多く建ち並ぶ中央区。
貴族階級の者が多く歩いている中、僕は一人肩身を狭くしながら歩いていた。
僕は中央区があまり好きではない。
孤児上がりの僕なんかが歩くのは場違いなように思えてしまうからだ。
別に市民階級の者が中央区を歩いてはいけないという決まりはないのだが、きらびやかな周りの景色や人々を見ているとなんだか萎縮してしまう。
ブラックポイズン時代は、このきらびやかな中央区に毎日のように通っていたというのだから驚きだ。
多分あのときは死ぬほど働いていたせいで周りなんかを見ている余裕はなかったのだと思う。
ブラックポイズンを辞め、久しぶりに中央区にやって来ると見える景色も変わってくる。
周りがキラキラしていて、僕なんかがいてはダメな空間のように思えてくる。
ある意味、僕にも心の余裕ができたということなのかもしれない。
そんなことを考えて一人苦笑いをしながら歩いていると、ようやく目的地にたどり着いた。
中央区の中でもさらに中央、ビーク王国の中心部ともいえる場所。
そこには全て大理石で出来た、まるで宮殿のように豪勢な三階建ての建物がそびえ立っていた。
ビーク王国民であれば誰もが一度は見たことがあるであろうこの立派な建物は、ビーク王国騎士団本部である。
本部というからにはもちろん支部もあるわけで、ビーク王国の東区・西区・南区・北区にそれぞれ支部があるわけだが、それらの騎士団支部を全て統括してビーク王国全体を守護しているのがこのビーク王国騎士団本部というわけだ。
さて、なぜ僕がこんなところに来ているのかというと、ドッジ村の村長ジョパスさんの依頼で捕まえた盗賊を騎士団に引き渡すためである。
昨日の夜に捕まえてからずっと僕の魔法鞄の中には二十人以上の盗賊が入っている。
いい加減、魔法鞄から出してあげないと魔法鞄の中で餓死してしまう可能性まであるので、安全に取り出せる騎士団本部に急いでやって来たのだ。
実はビーク王国中央区の地下には罪人を捕まえるための特別な地下牢があり、ビーク王国内で罪を犯した者を騎士団本部に連れて行くと、その地下牢に収容してくれる。
噂によると、その地下牢では罪人は様々な労働を課されたり、人体実験をさせられたりしているのだとか。
そんな黒い噂があるビーク王国の地下牢であるが、今まで一人も脱獄者を出したことがないことでも有名だ。
噂はともかく、脱獄者を出したことがないほど堅牢な地下牢であれば安心して受け渡せるので、犯罪者を捕まえたときは騎士団本部に受け渡したことはブラックポイズン時代にも数回ある。
「こんにちは。
冒険者ギルド『ホワイトワークス』のギルドマスターを務めておりますコットと申します。
仕事で盗賊を捕まえたので、引き渡しをお願いしたいのですが」
僕は騎士団本部一階の受付のところに行き、騎士団の青い制服を着た受付のお姉さんに話しかけた。
「こんにちは。
罪人の引き渡しですね。
かしこまりました。
それでは罪人の確認をしたいので、こちらに捕まえた罪人を連れてきていただけますでしょうか?」
丁寧な対応をしてくれるお姉さん。
「罪人を連れてきて」と言ったのは、僕が手ぶらなのを見て、捕まえた盗賊を外に待機させているとでも思ったのだろう。
「分かりました」
僕は頷くと、すぐに肩に掛けていた鞄に手を持っていく。
そして魔法鞄から、捕まえた盗賊を一人引っ張り出す。
僕が手を引くと魔法鞄の入口が出てくる盗賊に合わせて広がり、勢いよく縄で縛られた盗賊の男が地面に転がり落ちた。
「え!?」
その様子を見て受付のお姉さんは口元を手で押さえて驚いていた。
そんなお姉さんの反応は無視して、僕はどんどん盗賊を魔法鞄から引っ張り出していく。
まるで畑から大根を抜くかのようにポンポン盗賊を魔法鞄から引き抜く僕を見て、受付のお姉さんは口をぽかんと空けて呆気に取られていた。
「よし、これで最後っと」
掛け声とともに二十二人目の盗賊の男を引き抜き終わり、魔法鞄は段々と元の小さな麻袋に戻った。
受付の前には縄で縛られた悪人面の屈強な男たちが、疲れたような顔で転がっていた。
昨日の夜捕まえられてから、飲まず食わずでずっと魔法鞄の中の四次元空間を漂い続けたのだから、空腹と緊張感で疲労が溜まっているのだろう。
気づけば、騎士団本部一階にいる騎士達の注目を集めていた。
僕が放り出した盗賊達を見た騎士団たちが、ざわざわとし始める。
放り出された盗賊達も周りが騎士だらけであることに気づいたのか、恐怖の顔でその場にうずくまって震えていた。
「この人たちは南区郊外で捕まえた盗賊です。
確か名前は、邪蛇盗賊団……だったかな?
南区のドッジ村という村を襲ったようで、ドッジ村の村長から捕縛依頼を受けたので捕まえました。
ドッジ村に行けば、被害も確認できると思います」
僕が呆気に取られている受付のお姉さんにぺらぺらと捕まえた盗賊について説明していると、どこからか大きな笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは!
なんだか一階が騒がしいなと思って来てみれば、コット君じゃないか!
また、賊を捕まえたのかい?」
声が聞こえた方を見ると、つかつかとこちらに歩み寄ってくる青い騎士団の制服を着た銀髪の男。
スラっとしているが、腰に二本も剣を帯刀している。
胸元には勲章がいくつもついていて、他の騎士達の制服とは明らかに違う。
その歩き方や佇まいから見える体重移動からも、ただ者ではないことが分かる。
「お久しぶりです、スナイデル団長!!」
僕はすぐに背筋を真っすぐにして、目の前の男に向かって九十度頭を下げて挨拶をした。
彼の名前は、スナイデル・アイスボーン。
ビーク王国民にこの国で一番強い人物は誰かと聞けば誰もが頭に思い浮かべる男であり、ビーク王国騎士団の団長である。
侯爵家であるアイスボーン家の貴族でありながら、剣の腕が物凄く高いうえにリーダーシップもあり、その溢れる才気が評価されて若くして騎士団団長にまで成りあがった傑物だ。
「ふむ、これ全員が邪蛇盗賊団か。
南区の村を度々襲っていたので、私も知っている。
腕っぷしだけじゃなくて強力な魔法部隊まで飼ってるので有名で、ビーク王国の辺境に拠点を構えているから、騎士団も中々手が出せなくて困っていたんだ。
最近は悪さばかりしていたブラックポイズンも、たまには良いことをするじゃないか」
受付前に倒れ伏せる盗賊達を見下ろしながら言うスナイデル団長の呟きに、僕は疑問を持った。
最近はブラックポイズンが悪さばかりしている?
僕は辞職してからはブラックポイズンに顔を出していないので、今ブラックポイズンがどのような活動をしているのかは知らない。
僕が辞職してから、また何か問題を起こしているのだろうか?
僕は頭の隅でそのような疑問を持ったが、それより先に訂正しなければならないことがある。
「スナイデル団長。
実は僕、もうブラックポイズンを辞めてるんです」
スナイデル団長とはブラックポイズンで働いていた時に、騎士団からの依頼を受ける際に職員として何度かお話をしたことがある。
だから、スナイデル団長は僕のことをブラックポイズンの職員だと勘違いしたのだろう。
僕が訂正を入れると、スナイデル団長は目を丸くした。
「ブラックポイズンを辞めただって?
君ほど優秀な人間が、よく辞めさせてもらえたな。
ボルディアなら、君を絶対に引き留めると思ったが……。
では、今は何をしているんだ?」
スナイデル団長は僕のことを優秀な人間と言った。
そのような言葉をスナイデル団長のようなずば抜けて優秀な人物に言われると反応に困るが、褒められるのは素直に嬉しいのでありがたく受け取っておく。
「今は、『ホワイトワークス』という新しい冒険者ギルドを東区に立ち上げまして。
そこでギルドマスターをしています。
この盗賊達も、ホワイトワークスの仕事の一環で捕まえたんです」
僕が説明すると、スナイデル団長はぎょっとした顔をした。
「ホワイトワークスだって!?
っていうと、最近よく噂になってるあのギルドのことかい!?」
スナイデル団長は僕に顔を近づけて聞いてくる。
「え、ええと……。
知っていたんですか?」
僕が聞くと、スナイデル団長は深く頷いた。
「私の部下が数名、ホワイトワークスという冒険者ギルドで治療してもらったと言って騒いでいたのを聞いてな。
なんでも、銀貨一枚でベアルージュ教の神聖術を受けられるとか。
実際、部下たちの身体を見たら怪我が最初から無かったかのように綺麗に治っていて驚いたよ。
それほど安価な値段でベアルージュ教の神職者が治療依頼を受けるなんて聞いたこともないが、本来神聖術の治療は市民のためを思えばもっと安価で受けられるようにするべきだと私も前から思っていたから注目していたんだ。
まさかコット君のギルドだったとはな!!」
そう言って、僕の顔を嬉しそうに見るスナイデル団長。
どうやら神聖術について、スナイデル団長も僕と同じような考えを持っていたようだ。
これほど地位の高い貴族の方がそのような考えを持つのは珍しい。
これは常にビーク王国民のことを考えているからこそできる思考であり、高貴な身分でありながらこういった思考を持っているのがこの人の魅力であり、この人が騎士団団長になっている所以なのだろう。
すると、スナイデル団長は周りを見渡す。
「君たち!
コット君が連れてきたこの盗賊達を、今すぐ地下に運びなさい!」
スナイデル団長は周りにいる騎士達にきりっとした表情で命令する。
その言葉を聞いて、すぐさま周りの騎士達が盗賊の方へと走り寄ってきた。
そして二十名以上いた盗賊が一瞬で騎士にどこかへと連れ去られてしまった。
物凄い統率力である。
「さて、コット君」
「は、はい!」
僕がびしっと背筋を正すと、先ほどまでのきりっとした表情を壊してスナイデル団長は優しく微笑む。
「久しぶりに君と話したい。
上でお茶でもしようか」
僕はビーク王国騎士団長にお茶に誘われたのだった。
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