第四十話「ハンナの異変」

「ひい……!」

「や……やめて……!」


 首筋にナイフを押しあてられた裸の若い女二人は、涙を流しながら必死に抵抗していた。

 しかし、男は女二人を腕で拘束して離そうとしない。


「おい、早くしろ!

 跪かないなら、こいつらを殺すぞ!!」


 女の首筋にナイフを当てながら怒声をあげる男。


「こ、コット……」


 震え声でこちらを見てくるハンナ。

 マリリンさんも額に汗を流しながら、こちらにじりじりと後退してきていた。


 状況は最悪である。

 まさか村の女を人質に使うとは。

 ジョパスさんの依頼には、盗賊の捕縛だけでなく誘拐された村の女性を助けることも含まれていた。

 あの若い女二人はドッジ村から誘拐された者と見て間違いないだろう。

 ここで二人を見放すことはできない。


 僕は溜息を一つついた後、風魔剣を近くに投げた。

 少し離れたところでカランカランと音を鳴らして地面に落ちる風魔剣。

 そして、僕はその場で正座する。


「これ以上、攻撃はしません。

 なので、そちらの女性二人を解放してください。

 お願いします」


 ひとまず相手の言う通りにした方がいいと判断した。

 最悪、村の女性を見捨てて男を捕まえる選択もできるが、まずは彼女らを救える可能性を模索したい。

 そう考えて、僕は頭を下げた。

 それを見て二ヤリと汚い笑みを浮かべる盗賊の男。


「おい、そこのガキは物分かりがいいみたいだぞ!

 連れの女二人も早く跪け!」


 僕の近くに立っているマリリンさんとハンナにも命令するように叫ぶ盗賊の男。

 特に先ほど目の前で鮮やかに盗賊二人を倒したマリリンさんを警戒しているようで、マリリンさんのことを物凄い形相で睨んでいる。


「二人を解放してほしいにゃ~~……」

「二人をどうか助けてください……」


 マリリンさんとハンナは僕の隣に座り、頭を下げた。

 僕が男の言う通りにしたのを見て、ひとまず従ったようだ。

 僕達三人が跪いたのを見て、盗賊の男はより汚い笑みを浮かべた。


「流石に俺も、跪いて懇願するやつを無為にするほど鬼じゃない!

 三人がそこまで言うなら、こいつらを解放してやってもいいぞ!」


 懇願する僕らを見下ろしながら、芝居がかった口調で言う男。

 男の顔はにやけ顔を隠しながら話しているのがバレバレである。

 そして、男は机から何かを持ってこちらに投げつけてきた。


「それを首に着けて俺に従うことを決めたら、この二人を解放してやろう!」


 カランカランと僕たちの前に転がってきたのは、黒い首輪だった。

 これはモティスお嬢様の箱庭で何度も見たことがある「服従の首輪」。

 服従の意思がある相手の首に装着させることで、相手を半永久的に服従させることができるという恐ろしい魔道具である。


 僕はそれを見て男の考えを全て察した。

 つまり、男は僕たちを支配しようと考えているようだ。

 強いマリリンさんを見て笑っていたのも、マリリンさんを自分の手駒にすることを考えていたのだろう。

 虫唾が走る考えである。


 当然、僕は男に従う気などない。

 あの男の奴隷になるくらいであれば、ジョパスさんには申し訳ないが捕まっている村の女性の救出は諦める。

 もし彼女らが死んでしまったとしても、代わりにあの非道な男を捕まえれば多少は彼女らも報われるだろう。

 「服従の首輪」のことを知っているマリリンさんも僕と同じ考えに至ったようで、ゆっくりと顔を上げ、動き始める準備を始めていた。



「わ、分かりました!

 首輪を着けるので、二人を解放してください!!」



 しかし、反対隣から思ってもみなかった声が聞こえてきた。

 すぐにそちらに目を向けると、ハンナは既に「服従の首輪」を手に持って首に着けようとしている。


 まずい。

 魔道具に詳しくないハンナは「服従の首輪」を知らなかったようだ。

 だから、首輪を首に着けるくらい大したことないと思っているのだろう。


「待て、ハンナ!

 その首輪は!!」

 

 僕は急いで止めようとするも、もう遅かった。

 ハンナはその小さな頭に首輪を通し、首にすっぽりと服従の首輪がはまる。

 それを見て男は汚い笑みをハンナに向ける。


「おお、そこのシスターは首輪をはめたか!

 じゃあ、まずはこっちに来い!

 可愛がってやるぞ!」


 男は言いながら、ハンナの身体に気持ちの悪い視線を向ける。


「……はい」


 すると、ハンナは小さくそう返事してゆっくりと男の方に歩き出した。

 その目は誰かに操作されているかのように虚ろになっており、服従の首輪で男に服従させられていることがすぐに分かった。


「ま、待ってハンナ!」


 焦りながらハンナを止めようと歩くハンナに走り寄る。

 しかし、僕はそのハンナの異変に気づいて歩を止めた。


「……!?」


 僕はそのハンナの髪色を見て、息が止まりそうになった。

 ハンナの髪色は赤かった・・・・のである。

 よく見れば、ハンナの身体は光を帯びているように見える。

 この見た目、そしてこの異質な雰囲気はまさか……。


「……?

 コットくん、どうしたのにゃ~~?

 ハンナちゃんを早く助けないと~~。

 もういっそのこと、私があの男を殺そうか~~?」


 言いながら長い爪を立てるマリリンさん。

 確かにマリリンさんがあの男を殺せば、ハンナの男への服従は解除されてハンナは助かるだろう。

 むしろ、今この状況においてそれが一番の良策だとすら思える。

 しかし僕は首を横に振り、長い爪を構えるマリリンさんを手を上げて静止させる。


「マリリンさん。

 一旦待ってもらえませんか?

 ハンナがあいつの元に行くまででいいので」


 僕がそう言うと、マリリンさんは非難の目をこちらに向ける。


「なんでにゃ~~!

 そんなことしたら、ハンナちゃんまで人質にされちゃうよ~~!

 今すぐ助けなきゃ~~!!」


 もちろんマリリンさんの言いたいことは分かっている。

 それでも僕は首を横に振った。


「いやよく聞いてください、マリリンさん」


 僕は今にも走りだしそうなマリリンさんを真っすぐ見る。



「今のハンナはおそらく……ハンナじゃありません」



 僕の言葉を聞いて、マリリンさんはぽかんとした顔をした。


「ハンナちゃんじゃ……にゃい?」


 マリリンさんは僕とハンナを交互に見ては首をかしげる。

 僕が言ったことが理解できないといった顔だ。

 そうこうしている間に、ハンナは男の目の前までたどり着いた。


「よう、女。

 近くで見れば中々可愛いじゃねえか。

 まずは、その修道着を脱いでもらおうか」


 ハンナの身体に下品な視線を向けながら命令する。

 どうやら男は村の女同様にハンナも裸にしようとしているらしい。

 男の鼻の下は伸びているし、ハンナを性奴隷化させようとしていることは明らかである。


 だが男はハンナの身体に興奮しているせいか、ハンナの雰囲気が変わっていることに気づいていないようだ。

 今のハンナは優しくて従順な女性ではない。

 僕の考えが正しければ、そこにいるのは「神」である。


 すると、深紅の髪色を手でかき上げたハンナは、男に手を向けた。


「はあ……。

 さっきから視線が気持ち悪いのだけれど。

 死んでもらえるかしら?」


 ハンナは汚物でも見るかのような目を男に向けながら言った。


「……は?」


 ハンナが服従したと思っていた男は、意表を突かれた顔でぽかんとしていた。

 そして、次の瞬間。


 ハンナの手から光が伸び、その光によって男の首は切断された。

 男の頭部は空中に弾け飛んだ。

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