第三十九話「人質」

 まさか門の先で盗賊に待ち構えられているとは思わなかった。

 いつのまにか僕たちの夜襲を気取られていたようだ。


 待ち構えていた盗賊は十名ほど。

 盗賊達がこちらにむけて放った魔法はどれも初級魔法ではあれど、集団で一気に放つことで殺傷能力の高いものとなっている。

 僕は風魔剣を振り上げた直後であり、隙ができたせいで避けられそうにない。

 このままでは致命傷を負うことは避けられない。


「崇高なる慈愛の神、ベアルージュ様!

 どうか、かの者をお守りください!

 《神の盾ゴッドシールド》!」


 あともう少しで僕たちに魔法が直撃しそうなところで、ハンナが神聖術で光の壁を作ってくれた。

 盗賊達の放った魔法はハンナの壁にぶつかり、その威力ごと消失した。


「なに!?

 魔法を防がれただと!?」


 門の先にいる魔法を放った盗賊達は、目を丸くしながらハンナの光の壁を見ていた。

 正直、僕も盗賊達と同じ反応である。

 A級モンスターの攻撃すら防ぐハンナの壁ならこれくらいの初級魔法くらいは簡単に防げることは分かっていたが、盗賊達の攻撃が待ち伏せによる不意打ちのようなものであっただけに、これほどタイミング良く反射的に壁を作ったハンナに感心していた。

 前回の探索によって実力もついたということだろうか。


「ハンナちゃん、ナイスだにゃ~~」


 全員が驚いて身体を硬直させる中、最初に動いたのはマリリンさんだった。

 一直線に突っ走り、門をくぐって盗賊達に突撃する。


「くっ……!

 全員で囲うぞ!」


 盗賊の指揮官と思われる男が叫ぶが、それよりも先にマリリンさんは盗賊達の背後を取る。


「ぐあっ!」

「痛っ!!」

「うっ……」


 門の先にいた盗賊達は全員耳の後ろのあたりをマリリンさんの爪で刺され、次々に倒れていく。

 目にも止まらぬ速さで、的確に人体の急所である耳の後ろの乳様突起部を爪で刺して盗賊達の身体を麻痺させているのだ。

 その洗練されたマリリンさんの技に僕とハンナは光の防壁の中で目を丸くしていた。


「終わったにゃ~~」

 

 門の先にいた盗賊全員を気絶させたマリリンさんは、そう言って僕たちの方に振り返って手招きする。

 その足元には十名ほどいる盗賊が泡を吹きながら倒れていた。

 僕はその事実に驚きを隠せない。


 マリリンさんは猫化すると物凄く強いのは知っていたが、人型のままでも十分に強いらしい。

 マリリンさんが人型に戻ったからここからは少し苦戦しそうだと思っていたが、杞憂だったようだ。

 

「じゃあ回収しちゃいますね。

 マリリンさんは周囲警戒をお願いします」

「はいは~~い!」


 僕とハンナはマリリンさんが周囲を警戒している間に、倒れた盗賊達を魔法鞄に詰めていく。

 そして盗賊達を魔法鞄に詰め終わると、僕たちは屋敷内へと足を運んだ。


 入口の扉を風魔剣で破壊して中に入ると、そこは大きな広間になっていた。

 薄暗い広間ではあるが、ところどころに明かりが灯っている。

 そしてその奥に人相の悪い男が何人かいるのが見えた。


「ああ?

 誰だ、お前ら?

 外の警備は何をやってる?

 ここの守りを任せてる魔法部隊まで突破されたのか?」


 奥に座る男がこちらを怪訝な目で見てくる。

 蛇のようにうねうねしたドレッドヘアーが特徴的なその男。

 おそらく、盗賊の長だろう。

 男の両脇には、裸の若い女二人がいた。

 女二人は男の腕に拘束されて涙を浮かべている。

 そして、男を守るように屈強な盗賊二人が前に立っている。

 どちらも大きな大剣を持っていて強そうだ。


「僕は、ビーク王国の冒険者ギルドホワイトワークスのギルドマスターのコットと申します。

 あなたたちがドッヂ村を襲った盗賊団ですよね?」


 僕が聞くと、奥の男は首をかしげた。


「ホワイトワークス……?

 そんなギルド、俺は聞いたことがねえなあ。

 だが、ドッヂ村は知ってるぞ。

 ついこの間、俺が襲った村のことだからな。

 この女共も、その村から盗ってきた物だ」


 あっさりと白状した男。

 男は自慢するかのように汚い笑みを浮かべながら、両脇の若い女の胸を揉む。

 若い女二人は涙を浮かべながらも、逃げられないと悟っているのかされるがままにされていた。


「そうですか、分かりました。

 それではこれより、僕たちはあなた達を捕縛します。

 ドッヂ村の村長からあなた達を捕縛するように依頼を受けましたので。

 そちらの女性二人も返していただきます」


 僕がそう伝えると、場の空気が変わった。

 男の前に立っていた屈強な盗賊二人が、こちらに背負っていた大剣を構える。


「ふざけんな!

 お前らみたいなガキ三人に負けるわけねえだろ!」

「俺たちが誰だか分かって言ってんのか?

 俺たちは、騎士団にも恐れられてる邪蛇盗賊団だぞ!!」


 男たちの怒声を聞いて、隣でビクリと身体を震わすハンナ。

 だがマリリンさんは全く恐れるそぶりもなく、一歩前に出た。


「弱い奴ほど良く吠えるって言葉知ってるかにゃ~~?

 ペラペラ喋ってないで、かかっておいで~~」


 言いながら、マリリンさんは手を盗賊に向けてくいくいと挑発をする。

 マリリンさんの挑発を見て、盗賊二人の怒りは頂点に達したようだ。


「このくそ猫があああああああ!」

「死ねええええええええ!!」


 持っていた大きな大剣を振り上げた盗賊二人。

 こちらに走り込み、左右から交差するようにしてマリリンさんに剣を振り下ろして襲い掛かる。


 物凄い剣速である。

 あれほど大きな剣をあの速度で振れば、威力は凄まじいことが簡単に予想できる。

 まともに当たればマリリンさんの身体は真っ二つにされてしまうことだろう。



「遅いにゃ~~」



 だがいくら剣速が速いとはいえ、速さに関してはマリリンさんの相手ではなかった。

 マリリンさんは突っ込んでくる盗賊二人の間を通ったのか、いつの間にか二人の背後を取っていた。

 そして、長い爪を目にも止まらぬ速さで二人の背中の各所に刺していく。


「うぐっ……」

「があっ……」


 小さな悲鳴を漏らした盗賊二人。

 僕らの倍以上身体が大きい屈強な盗賊も、マリリンさんの前で泡を吹いて倒れるのだった。

 ビクリビクリと震えながら白目を向いていて、二人とも起き上がれそうにない。


「流石です、マリリンさん!」


 隣で目をキラキラさせながら歓声をあげるハンナ。

 マリリンさんも「ふふーん」と得意気だ。


 相変わらずの強さである。

 マリリンさんがいれば、この盗賊達に負けることは万に一つもないだろう。

 あとは部下のいなくなった盗賊の長を捕まえるだけだ。

 勝ちも同然である。



「ふふ……ふふふふ」



 勝利を確信しながら広間の奥に座る盗賊の長と思われる男に目を向けると、男は不気味な笑い声をあげはじめた。


「ふははははは!

 俺の部下を簡単に倒しちまうとはな!

 お前らかなり強いみたいだなあ!」


 興奮したように叫ぶ男。

 裸の女を二人両脇に抱く男は、引きつった笑顔で腰からナイフを取り出して両方の女の首筋に当てていた。


「お前らあ!

 この女を助けに来たんだろ!?

 女が殺されたくなかったら、その場で武器を捨てて跪け!!」


 男の叫び声が屋敷の中に響き渡った。

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