第三十六話「変身」
日が落ちてあたりは薄暗くなった。
僕とハンナとマリリンさんの三人は村を出て、月明かりに照らされた夜道を歩いていた。
行き先は村を襲った盗賊のアジトである。
三人で村を襲える規模の盗賊を正面から相手をするのは分が悪いので、夜襲を仕掛けて盗賊の隙を突くことにした。
ジョパスさんが言うには、村の東に流れている川をひたすら上流に向かって歩くと、村を襲った盗賊のアジトが見えてくるという話である。
襲ってきた盗賊はこの辺りではかなり有名な悪党のようで、そのアジトの場所も既に知っているらしい。
アジトの場所を知っているのであれば騎士に場所を教えて討伐してもらえばいいじゃないかとも思うが、腕っぷしの強い盗賊達のようで騎士達にも避けられているという。
だからジョパスさんが盗賊を討伐するよう騎士団に歎願しても断られたのだろう。
「全然見つからないにゃ~~」
マリリンさんは周りを見渡しながら嘆く。
「ジョパスさんの言う通りならこの辺りにあるはずなんですけどね……」
僕はジョパスさんにもらったこの辺りの簡易的な地図を見ながらマリリンさんに相槌を入れた。
ジョパスさんが教えてくれた通りに、僕たちは現在川沿いに山を上っている最中であるのだが、中々盗賊のアジトらしい建物は見えてこない。
近くに盗賊のアジトがあるのであれば見張りがいそうなものだが、先ほどから人っ子一人いない道中が続いているので僕も少し訝しみ始めた。
もしかすると、ジョパスさんの情報は間違っている可能性があるな。
そんな疑念を持ち始めたとき、後ろから声が聞こえた。
「あ、コット。
あれじゃない?」
ハンナは川の脇に広がる林の中を指さす。
その声に反応して林の中を見てみると、林の奥の奥に岩の砦のようなものが
砦の上に立っている見張りの者が持つ松明の明かりのおかげで、なんとか視認できる。
「でかした、ハンナ。
あれが盗賊のアジトと見て間違いなさそうだね」
林の木々に隠れていて見えにくいが、かなり大きな砦であることがここからでも分かる。
意図的に林の木々で砦を隠しているようだし、見張りも立っているあたり怪しさ満点だ。
「でも、思った以上に砦が堅牢だな。
正面の門も閉まってるし……。
どうしますか、マリリンさん?」
僕はA級冒険者であるマリリンさんに判断を委ねた。
正直、僕とハンナだけでは、あの見るからに堅牢な砦を攻略するのは不可能だ。
砦に近づいたら上から弓を射られてやられてしまうのがオチだろう。
だが、A級冒険者のマリリンさんであればどうにかできる。
そう思ってマリリンさんに尋ねると、暗闇の中で夜目の効いたマリリンさんの深紅の瞳が真っすぐ砦を見つめていた。
「確かに堅牢な砦だにゃ~~。
普通に戦っても勝てないかもしれないね~~」
そんな含みのある言い方をするマリリンさん。
すると、おもむろに着ていた服を脱ぎ始めた。
「え!?
ちょ、ちょっと、マリリンさん!?」
唐突に服を脱ぎ始めたマリリンさんに混乱しているハンナ。
僕はハンナとは違い、マリリンさんが何をやろうとしているのか分かっているので、マリリンさんの大きな胸が露わになる前にすっと視線をそらした。
「へんし〜〜ん!!」
服を全て脱いで全裸になったマリリンさん。
ふわふわとした掛け声とともに、マリリンさんの身体がミシミシと音を鳴らし始めた。
「え……?」
隣でハンナがマリリンさんを見ながら絶句していた。
僕もこの光景を見るのは数回目だが、その異様な光景に思わず生唾をゴクリと飲んでしまう。
なんと、マリリンさんの身体は巨大化し始めたのである。
ゴキゴキと音を鳴らしながら身体はどんどん膨らみ、全身にふさふさとした白い体毛が生え始める。
そして、目の前に獣が現れた。
体長は十メートルくらいはあるのではないだろうか。
真っ白の体毛の巨大な猫が、その場に座りながらこちらを見下ろしていた。
「にゃ〜〜ん」
巨大猫は、その身体の大きさに反比例した甲高い声で鳴いた。
「え、え、えええええええええええ!?」
その鳴き声を聴いて、隣でハンナが目を見開いて驚いた。
「こ、コット!
ま、マリリンさんが……猫になっちゃったよ!?!?」
目の前の状況が理解できないという様子で、目をパチパチさせているハンナ。
巨大猫を指さしながら僕の腕を揺らす。
ハンナが驚いている顔が見れて嬉しいのか、巨大猫は目を細めて笑っていた。
「突然で驚いたかもしれないけど、この猫はマリリンさんなんだよ。
マリリンさんが変身したんだ」
僕が説明すると、ハンナは難しい顔をする。
「変身って……。
つまり、マリリンさんは魔法使いってこと?」
僕はハンナの質問に対して首を横に振った。
「確かにハンナの言うとおり、この世界には獣に変身する魔法は存在するけどね。
マリリンさんの変身は魔法じゃないんだ。
猫人が猫と人の血の混血なのは知っているでしょ?
マリリンさんも猫人だから猫と人の混血なんだけど、その猫の血が少し特殊らしくてね……」
「特殊?」
ハンナの相槌に僕は頷く。
「マリリンさんは猫は猫でも猫神の血が入っているらしいんだ。
つまり、猫神と人の混血らしくてね。
その影響で、マリリンさんは好きなときに巨大猫に変身できるみたいなんだ」
この変身能力こそが、マリリンさんがA級冒険者たるゆえんである。
身体が大きくなったぶん戦闘能力も高まるので、巨大なモンスター相手にも遅れを取らない。
とてつもない能力である。
「猫神……」
ハンナは目の前の巨大猫になったマリリンさんを見上げながら呆けていた。
いまだに信じられないといった顔をしている。
すると、巨大猫になったマリリンさんが動いた。
座っていたマリリンさんは僕たちの前でうつ伏せになり、背中を僕たちに見せる。
そして僕の方を見て、目でアイコンタクトをしてくる。
「どうやら、背中に乗れって言ってるみたいだね」
巨大猫になったマリリンさんは人の言葉を話せなくなる。
そのため、必然的にコミュニケーションはアイコンタクトをするなり、一方的にこちらから話しかけたりするしかない。
とはいえ、ブラックポイズン時代に何度かマリリンさんと仕事を一緒にやったこともあるのでそのへんはもう慣れたものだ。
僕はハンナの手を取って、一緒にマリリンさんの背中に跨がる。
「わー!
毛がふさふさしてるー!」
僕の後ろに跨ったハンナは、マリリンさんの背中の白い毛を撫でながら笑みを浮かべた。
確かにマリリンさんの毛並みは手触りがいいなと思い僕も触っていると、突然マリリンさんは立ち上がった。
「にゃあ〜〜〜〜!」
マリリンさんは狼の遠吠えかのように猫の鳴き声をあげると、その深紅の瞳を林の中の砦に向けて、狙いを定めるようにして足を折り曲げる。
僕はそれを見て、マリリンさんが何をやろうとしているのか察した。
急いで後ろのハンナの方を振り返る。
「ハンナ!
マリリンさんの背中にしっかりしがみついて!!」
「へ?」
僕が叫んだ瞬間。
マリリンさんは勢いよくジャンプした。
猫のジャンプ力は物凄い。
これほど巨大だと、そのジャンプ力はもはや飛翔に近い。
一瞬で上空五十メートルくらいまで到達して、マリリンさんは目下に小さく見える岩の砦めがけて勢いよく落下した。
「うわああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああ!」
僕とハンナはマリリンさんの背中にしがみつきながら、ただひたすら絶叫するのだった。
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