第三十七話「侵入」
「うわああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああ!」
僕とハンナが絶叫する中、巨大猫のマリリンさんは音もなく砦の大きな壁の上に静かに着地した。
どうやら見張り台である砦の二階部に着地したようだ。
下を見下ろすと砦の中の全貌が見えてきた。
砦の中はいくつか小屋のような木製の小さな建物が立っているが、中央には一際大きな屋敷が建っていた。
屋敷の周りは木の柵で囲われていて明らかに厳重である。
おそらくあれが盗賊の本拠地なのだろう。
「いきなり飛ばないでくださいよ、マリリンさん!」
僕がマリリンさんに向かって文句を言うも、マリリンさんは全く聞いていない。
マリリンさんはその大きな深紅の目を別の方向に向けている。
僕もそれが気になってそちらに目を向けると、なにやら話し声が聞こえてきた。
「おい、なんかこっちで物音がしなかったか?」
「ああ、悲鳴みたいな音が聞こえたような気がしたな。
敵襲か?」
声と共にこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
どうやら見張りの者のようだ。
マリリンさんが上手く見張りのいない位置に着地してくれたのだが、僕とハンナが落下の恐怖で絶叫していたせいでこちらに見張りの者がやって来てしまったようだ。
まずいな。
見張りに見つかって仲間を呼ばれたりしたら厄介だ。
せっかく先手を取ろうと夜襲を仕掛けているのに、そのアドバンテージがなくなってしまう。
僕とハンナは素早くマリリンさんの背中から降りて、音が聞こえてくる通路の先を警戒する。
「きゃっ!」
すると僕とハンナの脇を物凄い速度でマリリンさんが通り抜けたので、ハンナが小さく悲鳴をあげた。
まるで矢のような目にも止まらぬ速さで、一直線に通路を駆ける。
「うおっ!?」
「ぐへっ!!」
マリリンさんが突っ込んだ先ではそんな二つの小さな悲鳴が聞こえた。
僕とハンナはマリリンさんの後を追う様に暗闇の中通路を進むと、そこには見張りと思われる二人の盗賊が倒れていた。
「にゃ~ん」
マリリンさんは僕らに自慢するかのように倒れた男を咥えて僕らの方に放り投げる。
放り投げられた男二人を見てみれば、どちらも傷一つなく気絶しているだけのようだ。
どうやって気絶させたのか分からないが、今の一瞬で二人を殺さずに無力化したマリリンさんの動きは見事と言わざるを得ない。
これだけ体格差があれば小さな人間なんて簡単に殺せるだろうが、あえて手加減をしてくれている。
それは今回受けた盗賊討伐依頼は、僕が盗賊を殺さずに捕縛することを条件としたからだからだろう。
マリリンさんはそれをちゃんと覚えていて、あえて気絶させたのだ。
「マリリンさん。
この調子で殺しはなしでお願いしますよ?」
僕がそう言うと、マリリンさんは小さく頷いて立ち上がった。
「にゃ~~ん」
そんな鳴き声を上げながら、マリリンさんは闇夜の中に再び姿をくらました。
砦の中にいる他の盗賊を狩りに行ったのだろう。
あの様子だと、いくら腕っぷしの強い盗賊達でも巨大猫であるマリリンさんの相手にはならなさそうだ。
僕たちが何もせずとも、マリリンさんなら砦の中の盗賊を全員無力化してくれるかもしれない。
「さて」
僕はマリリンさんが飛んだ方向を確認してから、マリリンさんが倒した見張りの盗賊二人の男の方に目線を向けた。
そして、肩にかけていた魔法鞄を手に取る。
「……?
何してるの?」
僕の動きを見たハンナが首をかしげながら聞いてきた。
「魔法鞄の中に盗賊を捕まえておくんだ。
魔法鞄に入れておけば盗賊は出てこれなくなるからね」
「へー。
その魔法鞄って人を捕まえるのにも使えるのね」
「そういうこと。
捕まえた盗賊は、あとで騎士団に引き取ってもらおうか。
懸賞金がかかってれば追加で報酬がもらえるかもしれないよ」
「分かったわ」
ハンナは僕のやろうとしていることを理解すると、盗賊を魔法鞄の中に入れる作業を手伝ってくれた。
そして二人の盗賊を魔法鞄に収納し終わり、見張りは僕とハンナだけになる。
「マリリンさんは先に行っちゃったけど、どうするコット?」
僕は魔法鞄から風魔剣を取り出す。
「ひとまず、僕らも砦の中を進もう。
できるだけ気配を殺しながら動いて、盗賊を見つけたら仲間を呼ばれるより先に無力化して今みたいに魔法鞄で捕まえればいい。
基本的に戦闘は僕がやるから、ハンナは僕の後をついて来るんだ。
くれぐれも周りには気を付けるんだよ」
僕が言うと、ハンナは緊張した顔で頷いた。
先ほどまでマリリンさんの背中にしがみつきながら落下していたせいで混乱していたが、ようやく落ち着いてきたハンナは改めて敵陣地の中にいるということを理解して緊張しているようだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。
マリリンさんのおかげで、見張りにも気づかれずに砦に入り込めたしね。
今回は夜襲だから盗賊達の寝込みを襲うだけでいいんだ。
簡単でしょ?」
ハンナの緊張をほぐすようにそう言うと、緊張が少しほぐれたのかハンナはニコリと笑った。
「緊張してないよ。
だって、私に何かあってもコットが守ってくれるもん。
そうでしょ、コット?」
そう言ってハンナは僕の胸に頭を寄せてきた。
ハンナの桃色の髪が僕の顔に少しかかり、甘い匂いが僕の鼻孔をくすぐる。
その匂いは僕の脳を酔わせ、僕の胸が高鳴り始めるのを感じる。
「も、もちろん……!
ぼ、僕に任せて!」
僕は心臓がばくばくするのを抑えながら、逃げるようにハンナから離れて前に出る。
仕事中だから意識しないようにしていたのだが、やはりハンナは可愛い。
だが、今は敵地にいるのだから意識している場合ではない。
僕は煩悩を拭い去るべく、風魔剣を握る手に力を入れながらゆっくりと通路を進み始めた。
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