第三十四話「ドッジ村の村長さん」

「と、盗賊ですか……」


 僕はその老人の必死な形相に少し気圧された。

 その強い眼光からは覚悟の重さを感じる。

 一体この老人に何があったのだろうか。



「ジョパスさーん!

 いきなりそっちに走って行って、どうしたんですかー!」



 すると、ロビーの中心で治療を行っていたハンナがこちらにやって来た。

 どうやら、この老人はハンナの治療を受けている最中だったようだ。

 治療を始めるときにいきなりこちらに駆けて行ってしまったものだから、ハンナは老人を呼び戻しにやって来たのだろう。


「ハンナちゃん。

 儂の治療は後に回してくれ。

 儂は治療より先に話があるんじゃ!」


 そう言って老人は呼び戻しに来たハンナを追い返す。

 ハンナはきょとんとした顔で首をかしげてから僕の方を見てきた。


「このおじいさん、ホワイトワークスに依頼したいことがあるみたいなんだ。

 相談を聞くからハンナは治療に戻ってていいよ」


 僕が老人の代わりにちゃんと説明してあげると、ハンナにそういうことかと納得した様子。


「分かった。

 じゃああとはお願いね、コット」


 それだけ言ってハンナはまたロビーの中央へと戻って行った。

 そのハンナの後ろ姿を見つめていると、隣のマリリンさんがにやにやしながら僕の顔を見ていることに気づいたので、僕はコホンと一つ咳払いをした。


「それで……ギルドへのご依頼ということですよね?

 依頼内容をもう少し詳しくお伺いしてもよろしいですか?」


 僕が改めて聞くと、老人はこちらを見上げながら口を開いた。



「盗賊どもを……。

 あの憎き盗賊共を、全員血祭りにして欲しいんじゃ!!」



 再び強い口調で叫ぶジョパスさん。

 その身体の震えと口調の強さから深い憤りと恨みを感じる。


「お、落ち着いてください。

 何があったかを一から説明してもらってもいいですか?

 まずはあなたの名前から教えてください」


 僕はどうどうと興奮する老人を抑えるジェスチャーをしながら質問をする。

 たまにこのように感情的になってしまう依頼者もいるが、これだと依頼内容を正確に把握できないので、こういうときは一旦落ち着くように声をかけながら待つのが正解だ。

 僕の目論見通り、段々と老人は落ち着きを取り戻した。


「取り乱してすまないな。

 儂の名前はジョパス・ドッジじゃ。

 南区の外れにあるドッジ村という小さな村で村長をしておる」


 ほう、村長だったのか。

 知らない名前の村だが、確かに村長と言うだけあって歳はそれなりにいっているし、貫禄もあるように感じる。


「実はつい三日前、盗賊の襲撃にあってのう……。

 村の食料や財産を根こそぎ奪われ、村の者のうち何人かは殺された。

 しかも、女の村人が数人誘拐されてしまったのじゃ。

 こんなことは初めてで、儂はもうどうしたらいいか……」


 ジョパスさんの目から涙が流れ始めた。

 歯を食いしばりながら震えている様から、悔しさが伝わってくる。


「このおじいさん、かわいそうだにゃ~~……」


 ジョパスさんの涙を見て、隣でマリリンさんも悲しい顔をしている。


 確かに、ジョパスさんはかわいそうだ。

 村長という立場でありながら、村の財産を奪われ、村人まで誘拐されたら、長としての責任問題にもなるのでそれはもう大変なことだろう。


 だが、僕の正直な感想としては「またか」といったものだった。

 ビーク王国では、この手の話は尽きない。

 定期的にどこかの村が山賊や盗賊などに襲われたという話は見聞きする。

 その度に、討伐依頼や暗殺依頼などが冒険者ギルドに来たりするので、僕にとってはもう慣れたものだった。


 なぜそれほどまでに村が襲われるのかと言えば、警備がいき届いていないからである。

 国の治安を守るためにビーク王国は騎士団というものを設立しており、各地に騎士を送ることで盗賊、山賊、モンスターなどの襲撃から民を守っている。

 

 だが、実際には騎士は中央区にばかり集まっていて、地方にはあまり送られていない。

 村によっては騎士が来ない村もあったりして、そういった村は山賊や盗賊などの悪人に狙われやすい。

 おそらくジョパスさんの村も、騎士がいない村のうちの一つだったのだろう。


 国が騎士を送らないせいで村を襲われてしまったジョパスさんは、いわばビーク王国の悪政の犠牲者と言っても過言ではない。

 僕はこうした事件が起きないように騎士の配置方法については見直した方が良いと前から思っているが、国の政治を司っているのが貴族である以上、貴族が多く住む中央区に騎士が集まる現状の体制が崩されることはないのだろう。


「騎士団の方には相談しなかったんですか?

 討伐依頼を出せば、出動してくれそうなものですが」


 騎士を中央区に集めているとはいえ、盗賊に襲われたことを知らせれば調査くらいはしてくれそうなものである。

 だが、ジョパスさんは首を横に振った。


「もちろん相談はした。

 じゃが、あの無能な騎士共は、今は別件で手が空いていないから騎士を送ることはできないとかぬかしおった!

 中央区には、あんなに暇そうにしている騎士がたくさん街を歩いておるのにのう!

 どうやら、国は貴族じゃない儂らを助けてはくれないようじゃ!!」


 ジョパスさんは涙しながら、悔しそうに叫ぶ。

 その怒りの叫びはロビー中に鳴り響き、サシャが治療している患者たちもみんなこちらを覗き込んでいた。


「そうでしたか……。

 それで、うちのギルドにその盗賊を討伐してほしいというわけですね?」


 ジョパスさんは大きくうなずいた。


「誘拐された村の者を助けてくれたら、村の全財産を渡してもいい!

 だからどうか……どうかあの盗賊共に……地獄を見せてやってくれ!」


 涙ながらに僕に向かって頭を下げるジョパスさん。

 すると、隣にいたマリリンさんが僕の右手をぎゅっと握ってきた。


「コットく~~ん!

 私、このおじいさんを助けてあげたいにゃ~~!

 依頼を受けてもいいかにゃ~~?」


 マリリンさんの目は少し涙目だった。

 おじいさんの必死な言葉に感化されたようだ。


 盗賊の討伐依頼か。

 正直、僕は人を殺すような依頼は受けたくない。

 人を殺すと誰かの恨みを買うのは確実だし、なにより危険だ。

 とはいえジョパスさんは可哀想であるし、どうにかして助けてあげたいという感情もある。

 僕はその二つを天秤にかけたうえで、結論をだした。


「分かりました。

 殺しはなしで、あくまで盗賊を全員殺さずに捕縛するという範囲内に限り依頼を受けましょう。

 うちのギルドはレッドギルドではないので、殺しの依頼は受けられません」


 僕がそう言うと、マリリンさんは僕に抱きついてきた。


「コットくんは相変わらず優しいにゃ~~。

 コットくんのそういうところが好きで、このギルドに入ったんだよね~~。

 本当は殺すより捕まえる方が難しいんだけど、おじいさんのためにがんばっちゃおうかにゃ~~!」


 マリリンさんは嬉しそうに僕の腕にしがみつきながら、元気に叫ぶ。

 マリリンさんの胸が僕の腕にむにむにと当たるので、反応に困ってしまう。

 すると、ジョパスさんは再び頭を下げた。


「捕まえてくれるならそれでもいい……。

 騎士団すら受けてくれなかった儂の依頼を受けてくれてありがとう……本当にありがとう……」


 泣きながら感謝の言葉を伝えてくれるジョパスさん。

 その頭を下げるジョパスさんの傷だらけの小さな体を見て、僕は絶対にこの依頼は達成しようと思った。

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