エピローグ
ビーク王国の中央区。
そこに住まう者の大半は貴族であり、並ぶ建物はどこもかしこも一級の職人が作ったであろうオシャレな建物ばかり。
そんな中、街の中心部には一際異彩を放つ金ぴかの建物があった。
遠くから見てもキラキラと光って見えるその金一色の建物は、パッと見で高級であることは分かるが、オシャレかと言われると微妙である。
色が金色なだけでこれといったデザイン性もないその建物は、なんだかうさんくささがにじみでている。
そんなオシャレをはき違えたかのような自己主張の激しい建物。
実はこの建物こそが、ビーク王国で最も有名な冒険者ギルド「ブラックポイズン」の事務所なのである。
元々は木造のよくある冒険者ギルドの事務所といった外観だったのだが、三年ほど前にギルドマスターのボルディアの指示により外装工事が執り行われ、見事に金一色になってしまった。
ボルディア曰く、「これだけ高級感をだせば、貴族の連中もたくさん依頼を寄越すだろ」ということだったが、実際のところはそれほど依頼数が増えたということもなかったらしい。
むしろ建物の見た目が変わったせいでギルドに行きにくくなったと言う人の方が多かったようで、ボルディアのセンスの悪さと杜撰な計画性を象徴する建物となってしまっている。
さて、そんな趣味の悪い金一色の建物の中を覗いてみると、今日はいつにも増して騒がしかった。
ギルドのカウンター前にはたくさんの冒険者が並んでいて、長蛇の列ができている。
受付には三名の女性職員が対応しているが、冒険者の長蛇の列を全く捌ききれておらず、がらの悪い冒険者達から多くの怒声が飛び交っていた。
「おい!
この前受けた依頼の報酬金がまだもらえてねーんだけど!
早く金寄越せよ!」
「申し訳ありませんが、もう少しお待ちください。
ただいま、ギルドの帳簿の見直しを行っているところでして……」
「はあ!?
ふざけんじゃねーよ!
ただ働きさせるつもりかよ!!」
右端の受付嬢は、報酬金のことで冒険者と揉めている。
「姉ちゃん!
この依頼を受けさせてくれ!」
「ええと……。
こちらの依頼は依頼人の方から取り下げられてしまいまして。
申し訳ありませんが、他の依頼に変更お願いします」
「おいおい!
取り下げられた依頼を掲示板に張りっぱなしにするなよ!
ちゃんと仕事しろ!」
「も、申し訳ありません……」
真ん中の受付嬢は、依頼の取り下げの件で冒険者に説教をされて平謝りしている。
「それでさ。
例の貴族と揉めちまったんだけどさ。
どうにか、姉ちゃんの力で解決してくれねえか?」
「そ、そんな。
私にはどうにもできません……」
「いつも貴族と揉めたら間に入ってくれてたじゃねえか。
いつものように頼むよ」
「それをいつもやっていたのは、コットさんでして……」
左端の受付嬢は、なにやら小さな声で冒険者とコソコソ話している。
どうやらあまり聞かれてはならない話題のようだ。
「いつまで話してんだ!
あとがつっかえてんだから、早く変われ!」
「そうだそうだ!
最近、受付が遅すぎだぞ!
もっと早く仕事できねえのかよ!」
受付の待機列からは、受付嬢に対するブーイングの嵐だった。
実際、最近のブラックポイズンの受付は、対応がいつもより遅かった。
毎日受付の前に長蛇の列ができていて、並んでいる冒険者は中々順番が回ってこない。
そろそろ冒険者達にも我慢の限界がきているようだ。
「おい!! うるせーぞ!!
もう少し、静かに並べねーのかお前ら!!!」
ヤジを飛ばす冒険者達を一瞬で黙らせるほどの大きな怒声。
怒声が聞こえた方を見てみると、ブラックポイズンのギルドマスターであるボルディア・アイアンクローが苛立った顔で二階から冒険者たちを睨んでいた。
その強面な顔つきは、まるで凶暴な獅子のようだ。
先ほどまで受付嬢にブーイングをしていた受付に並ぶ冒険者たちは、青い顔で散り散りに逃げていった。
ここではボルディアがボスであり、ボルディアの意見は絶対だ。
誰もボルディアには逆らえないのである。
「ちっ……」
散り散りに逃げていく冒険者達を見て、舌打ちをするボルディア。
二階のソファに腰をかけ、ドカリと机の上に足を乗せる。
「マスタ~~。
なんかイライラしてにゃ~~い?」
ボルディアに声をかけたのは、ボルディアと同じく二階のソファの上でゴロゴロしている女だった。
すらっとしたシルエットで、頭に白い猫耳、尻に白い尻尾がついている、白猫が擬人化したかのようなその女。
彼女の名前はマリリン・ジャッキー。
獣人であり、猫人族。
そして、A級冒険者である。
ブラックポイズンのギルドは二階建てであるが、二階はA級冒険者以上の者でないと立ち入ってはいけないという決まりになっている。
A級以上の冒険者は普段は仕事で忙しくしていてギルドに寄り付かないため、二階は誰もいない日の方が多いのだが、今日はマリリンがたまたまいるようだ。
「うるせえ」
ボルディアはマリリンにそれだけ言うと、机の上から酒の入ったグラスを手に取って口に運ぶ。
まだ昼であるが、この時間に飲み始めるのはボルディアにとってはいつものことだった。
「あ~~!
お仕事中にお酒飲んでる~~!
いけないんだ~~!
そんなんだからコット君に逃げられちゃうんにゃよ~~!
にゃははは」
酒を飲むボルディアを見て、指をさしながら馬鹿にするように笑うマリリン。
ブチンとボルディアのこめかみから血管が切れる音がした。
「うるせえって言ってんだろ!!!!」
パリンッッッ!!
ボルディアは持っていたグラスをマリリンに思いっきり投げるが、さっとマリリンはグラスを避け、グラスが壁にぶつかって割れた音だけが鳴り響く。
「あーあ、お酒がもったいにゃ~~い。
そんなに怒るくらいなら、コット君を引き留めればよかったのに~~。
最近じゃ、コット君も新しいギルドを作ったって話だし、あたしもそっちに鞍替えしようかにゃ~~?」
「……あ?」
ボルディアは、もうこいつを今ここで殺そうと思った。
両手を合わせ、身体の中心にある心気に集中する。
すると、みるみるボルディアの全身の筋肉が膨れ上がり、徐々に戦闘態勢になっていっていく。
「あ……。
わ、私、次の仕事をさっき受注してたのを忘れてたにゃ~~。
というわけで、私は仕事に行ってくるね~~!
あと、さっき言ったのは冗談だから真に受けないでにゃ?
ばいにゃ~~!」
ボルディアが両手を合わせたのを見て危険を察知したのか、額に汗を流しながら逃げる様に去って行ったマリリン。
猫人族なだけあって逃げ足は一流で、物凄い速さでいなくなった。
ボルディアは逃げるマリリンを見て、「ちっ」と舌打ちをしてから集中を解く。
すると、盛り上がっていたボルディアの筋肉も徐々にしぼんでいった。
「……どいつもこいつも、コットコットうるせえなあ」
ボルディアは一人、酒を飲みながら呟いた。
それは、自分のストレスを吐き出す言葉でもあった。
マリリンが言っていた通り、ボルディアが最近イライラしているのはコットがいなくなったせいである。
コットがいなくなってからというもの、上手くギルドが回らなくなってきているのだ。
コットが辞めた当初は、急に辞められたことに驚きはしたものの、別に一人抜けるくらいで何の問題もないだろうと思っていた。
だが蓋を開けてみれば、コットがいなくなってからというもの毎日のように問題が発生しており、日を追うごとに状況が悪くなってきていた。
まず、ギルドのお金の管理が上手くできなくなった。
今まではコットが帳簿をつけてくれていたから回っていたのだが、辞めてしまったせいで帳簿をつけられる人がいなくなり、ギルドのお金の管理が上手くできなくなってきたのである。
そのせいで、依頼を達成した冒険者に報酬金を渡すのにも一々時間がかかってしまっている。
報酬金を渡せないと、冒険者達からの不信感が貯まる。
まだ、ブラックポイズンを抜けるなんて言うやつはまだ一人もでていないが、不信感が貯まればそのうちコットのように辞めると言い出す者もでてくるだろう。
早急に対応せねばならない。
また、コットにやらせていた冒険者のトラブル処理が行われなくなったというのも大きい。
ブラックポイズンの冒険者は荒くれものばかりなので、よく依頼人の貴族たちとの間でトラブルを起こす。
それらのトラブルを解決するようボルディアは日々コットに命令してきたのだが、コットがいなくなった今、貴族とのトラブルを解決できるような経験のある者はギルドにはおらず、日々貴族とトラブルを起こす冒険者のせいで貴族との関係が悪くなる一方だった。
それから、コットを頼りに依頼しに来ていた者達が依頼の取り下げをするようになってきていた。
コットはギルド職員であるにも関わらず、ボルディアに命令されて冒険者の仕事をしていたせいで、依頼人達から一定の支持を受けていた。
そのため、コットがいなくなったことで依頼を取り下げると言う依頼人もちらほらでてきている。
それを防ぐために、この前は侯爵家の御令嬢であるモティスお嬢様が「コットさんがいないから」と言って依頼の取り下げようとしたのを、「既に冒険者が依頼を受注しているから依頼の取り下げはできません」と言って強引に依頼の取り下げを防いだ。
本来、依頼を受けてから三日間は依頼の取り下げの拒否をやってはいけないと冒険者ギルド協会の規則で決まっているのだが、侯爵家の御令嬢であるモティスお嬢様の依頼ということもあり、強引な手段で取り下げを拒否したボルディアだった。
そしてボルディアは、ギルドの中でも探索経験が豊富なゲイリーにその依頼を任せた。
依頼は珍獣の捕獲依頼という比較的難易度の高い依頼であったが、ゲイリーは西の大樹海には何度も仕事で行っているし、たまたまゲイリーが大白鹿の噂を知っていたので適役だと考えた。
いつも珍獣の居場所を特定するのが難しいモティスお嬢様の依頼であるが、居場所さえ特定してしまえばこちらのものだと成功を確信してゲイリーを送り込んだのである。
しかし、もうすでにゲイリーが帰ってこなくなって十日が過ぎていた。
西の大樹海まで馬車で二日ほどであるため、そろそろ帰ってきててもおかしくない頃合いであるのに、いまだゲイリーが姿を現さない。
そのせいで、ボルディアは余計にストレスを溜めているのだった。
「マスター!」
すると、一階から階段を駆けのぼってきた受付嬢の一人がボルディアを呼ぶ。
「なんだ?
なにかあったか?」
基本的に受付嬢には、トラブルはできるだけ自分達で解決するように言ってある。
ボルディアに何か言いにくるということは、何か緊急の用件である場合が多い。
「それが……。
今しがた、アンドレア家の執事の方がお見えになりまして、言伝を残して帰られました」
「なにい!?
それで、なんて言ってた!?」
ボルディアは立ち上がって、受付嬢に詰め寄る。
「え、ええと、それが……。
『例の珍獣はホワイトワークスの冒険者が捕まえてくれました。もう探さなくて大丈夫です。約束通り、依頼の取り下げ料はお支払いします』
……とのことです」
ボルディアは一瞬、頭が真っ白になった。
「ホワイト……ワークス……?」
聞いたことのないギルドの名前だったのだ。
そのギルドの冒険者が捕まえたということは、依頼がそのギルドと競合していたということだろう。
いつの間に、モティスお嬢様は他のギルドに頼んだんだ……?
一体なぜ……?
ボルディアがそう疑問に感じているとき、一階から冒険者達の会話が聞こえてきた。
「そういえば、コットが新しく作ったっていう噂の冒険者ギルドの名前知ってるか?」
「知らないなー。
なんていうギルドなんだ?」
「ホワイトワークスっていうらしいぞ」
「は?
なんだそのだせえ名前。
ぎゃははは」
ボルディアはその瞬間、全て理解した。
モティスお嬢様が、なぜ無名のホワイトワークスという冒険者ギルドに依頼したのかを。
そして、ボルディアの頭に一気に血が上る。
「ちくしょう!!!!」
ボルディアは叫び声と共に、思いっきり目の前の机を蹴りあげた。
そして、机は勢いよく天井にぶつかり粉砕する。
「ホワイトワークス……。
その名前を覚えたぞ……コット!」
ボルディアは粉砕された机の粉を頭に浴びながら、静かに低い声で呟くのだった。
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