第二十九話「珍獣引き渡し」
僕は魔法鞄を肩からななめにかけ、ビーク王国北区の端にあるとある場所にやってきた。
そこは結界魔法がかけられた大きな柵で囲まれた広大な草原。
植えられている植物が全て綺麗に整えられていて、ところどころに石造があったり噴水があったりなど、まるでお城の庭園ように綺麗な景観。
「御機嫌よう、コットさん」
そんな綺麗な草原を眺めながら道なりに歩いていると、昼から青空の下で椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる女性に挨拶をされた。
豪華なドレスを身にまとい、後ろに経験豊富そうな執事を従えたその女性は僕の依頼主、モティスお嬢様であった。
相変わらず洗練されたエレガントさがあり、正に貴族のお嬢様といった雰囲気である。
実は、この草原はモティスお嬢様が所有する土地なのだ。
この厳重に柵で囲まれた草原で、モティスお嬢様はペットである珍獣達を飼っているのである。
ちなみに、土地を大きな柵で囲んで珍獣を飼っていることから、この土地は「珍獣の箱庭」と呼ばれてる。
「どうもこんにちは、モティスお嬢様」
僕が頭を下げて挨拶を返すと、モティスお嬢様は僕の顔をまじまじと見る。
「大丈夫ですか?
頬が少し腫れていますわよ?
大樹海で虫にでも刺されてしまいましたか?」
心配そうな顔で、僕の腫れた頬を見るモティスお嬢様。
「いえいえ。
これは虫に刺されたわけではありませんよ。
少し同僚と揉めてしまっただけなので、ご心配なく」
左の頬はハンナから強烈なビンタをもらったせいで、いまだに少し腫れている。
例の件があったあと、僕とハンナはお互いに気まずくてあまり会話ができていない。
大樹海からの帰り道はお互いに無言だったし、ビーク王国についたらすぐにハンナと別れてここまで一人で来た。
気まずくて互いに話せない状況が続くのは、今後に響いてくるだろう。
ギルドに戻ったら、しっかり話さないとなと心の中で思った。
「あらそう。
あの桃色の髪の子ね?
コットさんに迷惑をかけなければいいのだけれど」
モティスお嬢様は不快そうに言う。
そういえば、モティスお嬢様は依頼しにギルドに来たとき、ハンナと少し揉めていたことを思い出した。
あれはハンナのせいなので仕方ないのだが、あまりモティスお嬢様はハンナのことをよく思っていないようだ。
この話はよくないなと思い、僕はコホンと咳払いをして切り替える。
「モティスお嬢様。
先日はホワイトワークスにご依頼していただき、ありがとうございました。
珍獣の捕獲に成功したので、ご報告に参りました」
僕がそう言うと、持っていた紅茶を机に置いて立ち上がるモティスお嬢様。
「シロちゃんを捕まえましたのね!
流石コットさんですわ!」
先ほどまで無表情だったのに、僕が報告した途端ぱっと笑顔になるお嬢様。
珍獣の話になるとテンションが上がるのも相変わらずである。
「ええ。
今は僕の魔法鞄の中に保管しています。
なので引き渡しを行いたいのですが。
モティスお嬢様。
いつものやつをお願いできますか?」
「分かりましたわ!」
するとモティスお嬢様は、首にかけていたネックレスを服の中から取り出す。
そして、そのネックレスの先端についている笛を口元に持っていく。
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
モティスお嬢様が笛に息を入れると、草原中に甲高い音が鳴り響く。
僕はその音に合わせて、魔法鞄の中に手を突っ込んだ。
「鞄から出しますよ!」
僕はモティスお嬢様から少し離れながら注意勧告をし、魔法鞄の中で掴んだそれを一気に引っこ抜く。
魔法鞄の入口が自動的に広がり、まるで洞窟の入口のような真っ暗闇の巨大な穴を作る。
暗闇から僕の手に引っ張られて出てきたのは、白い毛皮と無数に枝分かれした角が特徴的な鹿、大白鹿である。
大白鹿は捕まえてから既に五日ほど経っている。
当然、捕まえたときにかけた麻酔の効果は切れているので、魔法鞄から取り出した時点で大白鹿を束縛するものはなにもなく、今にも暴れだしてもおかしくない状況だ。
そんな状況の中、モティスお嬢様の前で魔法鞄から大白鹿を取り出すのは危険じゃないかと思うかもしれないが、これがモティスお嬢様に珍獣を引き渡すときのいつものやり方なのである。
ピャアァァァァァァァァァァァ!!
大白鹿は草原に立つと同時に、僕たちに甲高い鳴き声で威嚇する。
そして、その目は完全に僕を睨んでいた。
大樹海で戦った僕を敵としてみなしているのだろう。
だが、凶暴な大白鹿を目の前にして、モティスお嬢様は余裕の表情である。
「
みんなでシロちゃんを迎え入れてあげなさい!!」
ドダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
突然、周囲から大きな足音が鳴り響き、地面が地震でも起きたかのように大きく揺れ始める。
僕はこれを体験するのは初めてではないのでそこまで驚かなかったが、大白鹿はそうでもなかったようだ。
明らかに動揺して周りをキョロキョロと不安そうに見回している。
僕も周りを見ると、草原の全方位から大量の獣がこちらに走り寄ってくるのが見えた。
角が生えた獣や首が三つある獣や羽が生えた獣、大小様々だが中には大白鹿よりも大きい獣も何体かいる。
ちなみに、全部モティスお嬢様のペットである。
見たこともない色とりどりな獣ばかりだが、全員に共通して言えるのは物凄く凶暴ということだけだ
モティスお嬢様が欲しがるペットは、なぜか全員凶暴なのである。
そして僕とモティスお嬢様と大白鹿は、その凶暴な獣たちに囲まれた。
中にはS級モンスターなんかもいるそうで、そんな凶暴モンスターを手懐けているモティスお嬢様は、そんじょそこらの軍隊にも負けない戦力を持っていると言っていい。
これをされるのも数回目だが、毎度心臓が縮む思いである。
先ほどまで僕を睨んでいた大白鹿も凶暴な獣たちに囲まれ、委縮していた。
身をかがめて横になって、体毛の薄い腹を僕たちに見せる大白鹿。
腹を相手に見せるのは服従のポーズ。
凶暴な獣たちを前に勝てないと悟ったようだ。
すると、僕と大白鹿を囲む獣達の間をモティスお嬢様が優雅に歩いてきた。
「これがシロちゃんですか。
思った通り、可愛いですわね」
モティスお嬢様は大白鹿に近寄り、ニコニコしながら腹をなでる。
大白鹿は周りの獣に怯えて身動き一つ取れない様子。
もはや大白鹿が可哀想に思えてきた。
「エドワール。
首輪は持ってきた?」
「もちろんでございます」
モティスお嬢様が後ろの執事に言うと、執事はすぐさま輪っか状の黒い首輪をモティスお嬢様に渡す。
あの首輪は魔道具だ。
名前を服従の首輪と言い、自分に服従する意思がある相手の首に装着させることで、半永久的に相手を服従させることができる代物だ。
本来あの首輪は奴隷を服従させるときによく使われる魔道具なのだが、モティスお嬢様は捕まえた珍獣を手懐けるときに使っているのである。
よく見れば僕らを囲う周りの獣たちも全員首に黒い輪っかをつけており、モティスお嬢様のペットであることがすぐに分かる。
「シロちゃん。
私はあなたに一生美味しいご飯を食べさせてあげますわ。
だから私に服従しなさい?」
大白鹿の首元に服従の首輪を押しあてたモティスお嬢様は、大白鹿の目を真っすぐに見ながら言った。
キュウゥゥゥゥゥ。
モティスお嬢様の威圧に負けたのか、周りの獣達の威圧に負けたのか、大白鹿は参りましたというように頭を下げながらモティスお嬢様に自分からすり寄る。
すると、モティスお嬢様が大白鹿の首に当てていた服従の首輪が大白鹿の大きな首元に合わせて伸び始めた。
そして大白鹿の首の大きさにぴったりフィットするように調整された服従の首輪が、大白鹿の首にかけられたのだった。
「これでまた新しい家族が増えましたわ!
みなさん、仲良くしてあげてくださいね!」
バウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
グルルルルルルルルルルルル!
ピャアアアアアアアアアアア!
シュバアアァァァァァァァァ!
クルッポォォォォォォォォォ!
モティスお嬢様が周りの獣に呼びかけると、様々な種類の獣の鳴き声で大きな歓声が上がる。
そして、大白鹿は獣達によってどこかへと連れて行かれてしまった。
大白鹿よ。
凶暴な獣に囲まれて生活するのは辛いかもしれないが、ここなら美味しいご飯は食べられる。
懸命に生きてくれ。
僕が凶暴な獣たちに囲まれて怯えていた大白鹿に同情して心の中でメッセージを送っていると、モティスお嬢様が隣にやってきた。
「さて、コットさん。
報酬をお渡ししますわ」
「あ、はい」
引き渡しも終わり、ようやく報酬を受け取る時間だ。
今回はモティスお嬢様自ら報酬を渡してくれるようだ。
いつもは後ろの執事の方にもらっていたのだが、ギルドで少し話したことで多少はモティスお嬢様からの信頼を頂けているのかもしれない。
「こちらが約束の金貨十枚ですわ」
「ありがとうございます。
中身を確認させて頂きますね」
僕はモティスお嬢様から子袋を手渡されたので中身を見ると、そこには金貨が確かに十枚入っていた。
金貨十枚なんて一生遊んで暮らしていけるだけの額である。
僕はにやけてしまいそうになるのを抑えながら、念のため中身の金貨の枚数を指で数える。
「コットさん。
今回もありがとうございます。
あのゲイリーとかいう人に任せていたら、シロちゃんはどうなっていたことやら……。
本当に助かりましたわ!」
心のこもった感謝の言葉をくれるモティスお嬢様。
侯爵家の御令嬢であるモティスお嬢様にここまで感謝されると、僕もなんだか嬉しくなってくる。
「いえいえ。
また何か珍獣の捕獲依頼があればホワイトワークスまでお願いいたします」
「ええ、もちろん。
もうコットさんがいないブラックポイズンなんかに用はありませんわ。
次からはホワイトワークスに行くようにしますわね」
どうやら今回の件で、ブラックポイズンはモティスお嬢様に嫌われてしまったようだ。
まあ契約取り消し依頼を強引な方法で拒否した悪徳ギルドなのだから、嫌われて当然だろう。
「あ、そうですわ。
もしよろしければ、コットさん。
今度一緒にお食事しませんこと?」
「へ!?」
金貨の枚数も数え終わり、さてそろそろ帰るかと思ったとき、モティスお嬢様から意外な誘いがきて僕は驚いた。
「え、ええと……。
僕はモティスお嬢様とは違ってただの一般市民なんですけど、食事をご一緒してしまってもいいんですかね……?」
侯爵家の御令嬢と一緒に食事をできるのは侯爵家との繋がりを深めるチャンスではあるが、流石に身分が違いすぎてはばかられる。
「構いませんわ。
身分が違うからといって、一緒に食事を取っていけないわけではないでしょう」
なるほど。
まあ確かに、食事を一緒に取るくらいなら許されるのかもしれない。
それなら断るというのも失礼か。
「分かりました。
それでは、ご一緒させていただきます」
僕がそう言うと、モティスお嬢様はぱっと笑顔になった。
「ありがとうございます!
それでは、楽しみにしておりますわ!
日程に関しては、ギルドの方に言伝を送りますわね!」
モティスお嬢様の女の子らしい笑顔を見て、少し僕はドキッとした。
いつもクールな女の子が笑うと可愛いというギャップにやられたのかもしれない。
「わ、分かりました……。
それでは、これにて失礼させていただきますね……」
僕はモティスお嬢様と後ろの執事の方に礼をしてから、クルリと後ろを向いて歩き出す。
だが、何歩か歩いたときにふと思い出した。
「……あ。
そういえば、大樹海でもう一匹。
レッドコングという赤いゴリラの珍獣を捕まえたのですが、買い取りますか?」
僕が振り返ってモティスお嬢様に言うと、モティスお嬢様は目を輝かせた。
「赤いゴリラの珍獣!?
そんなの
是非、買い取らせて頂きますわ!!」
モティスお嬢様は言いながら首にかけるネックレスの笛を再び吹いた。
ドダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
再集合するモティスお嬢様の獣達。
あの大白鹿ですら怯えていたのに、B級モンスターのレッドコングなんてモティスお嬢様の獣達に囲まれて気絶しかけていて可哀想だった。
獣たちよ、強く生きてくれ。
僕は心の中で大白鹿とレッドコングにメッセージを送る。
結局、大白鹿と同じくレッドコングもモティスお嬢様のペットとなった。
大白鹿とレッドコングで合計二十枚の金貨を頂き、僕はにまにましながら帰り道を歩いたのだった。
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