第二十七話「殲滅」

「なんだこの光は!?」

「くそ、何も見えねえ!」

「空から光が降ってきたっす!」


 ハンナを囲んでいたゲイリーの取り巻き三人が、謎の光に狼狽えている。

 だが、ゲイリーだけは違った。


「てめえ!

 神聖術を使いやがったな、余計な真似をしやがって!

 反抗した罰だ!

 腕を一本もらうぞ!」


 ゲイリーはハンナを睨みながら大剣を持ち上げ、ハンナの左腕に合わせて大剣を振り下ろした。


めろおおおお!」


 僕はそれを見て必死に叫ぶ。

 だが叫ぶだけでは止められるはずもない。

 手元に魔法鞄は無く、離れた位置にいるゲイリーに対して僕は何もできないのである。



 ギイィン!



 ゲイリーの大剣が振り下ろされたと同時に、ゲイリーとハンナの間で何かがぶつかる音が鳴った。

 よく見れば、いつの間にか二人の間に光る防御壁が展開されていた。

 これは大白鹿を捕まえるときにも見たハンナの神聖術だ。

 光の防御壁でゲイリーの大剣を防いだようである。


 しかし、ハンナは今全く詠唱をしていなかったはずだ。

 神聖術は無詠唱では発動できないはずだが、一体なぜ?



「あらあら。

 久しぶりにハンナちゃんに呼ばれて来てみたら、男に剣で斬られそうになっているじゃない。

 女に暴力を振るうなんて、あなた最低ね?」



 ハンナはゲイリーを指さしながら、いつもと異なる口調でそう言った。

 僕はハンナのその立ち姿を見て驚いた。


 ハンナの髪色が真っ赤に変色しているのである。

 先ほどまで桃色だったハンナの長い髪が一気に深紅に染まり、別人のような雰囲気を醸し出していた。


「何わけの分からねえこと言ってんだあああ!!」


 ハンナの煽り言葉にキレたゲイリー。

 大きな大剣を物凄い速度で振り回して、ハンナの光の防御壁を滅多打ちにする。



 ギイィン!

 ギイィン!

 ギイィン!



 何度攻撃されても一向に破れないハンナの防御壁。


「ああ、やだやだ。

 男ってこれだから嫌なのよねえ。

 すぐ怒って、なんでも暴力で解決しようとして。

 あなた、モテないでしょ?」


 ハンナの言葉での追撃に、ぷちんとゲイリーのこめかみの血管がキレる音がした。


「ふざけんなああああああああああ!!!!」


 ゲイリーは大剣に全身の力を込めて、ハンナに向かって振り下ろす。

 すると、不意にハンナを守る光の防御壁が消えた。


「はい、残念」


 なんとハンナは、勢いよく振り下ろされたゲイリーの大剣を片手でキャッチしたのである。


「……は?」


 目の前でありえないことが起こり、ぽかんとして動けなくなるゲイリー。


 それも当然だ。

 ゲイリーの大剣は剣の重さを重視して、重鉄塊と呼ばれる非常に密度が大きい鉱石を使って作られているため、一振りで岩をも砕くほどの一撃となる。

 決して細身の女性が片手で受け止められるような剣ではないのである。


「鬱陶しいから、この剣は溶かしちゃうわね」


 ハンナの手が光り、ゲイリーの大剣はハンナが受け止めている刃先から順に徐々に液化していく。


「うわああああ!!」


 自分の大剣が溶けて液化していく様子を見て、反射的に手を離して尻もちをつくゲイリー。


「お、お前ら!

 こいつを今すぐ囲んでれ!!」


 ゲイリーは尻もちをつきながらも、取り巻きであるC級の冒険者三人にハンナを攻撃するよう命令した。

 相手は女の子一人であるのに、自分が不利と見るや仲間を呼んで人数で囲もうとするあたり、やはり姑息である。

 

 だが三人はゲイリーの命令に従い、すぐに武器を構えた。

 内訳は、槍使い、ダガー使い、魔法使い。

 槍使いとダガー使いはハンナに武器を構えながら突っ込み、魔法使いは後方で呪文を唱え始める。


「はあ……次から次にモテない男がわらわらと……。

 人間はあまり殺したくないのだけど、ハンナちゃんの敵なら仕方ないわね」


 ハンナは気怠そうにしながら、突っ込んでくる男二人の方を向く。


「死ねえぇぇぇぇぇ!」


 そんなハンナの首を狙って、空中を飛びながらダガーを横薙ぎに振るダガー使いの男。

 あの紫色のダガーには毒が塗られているのを僕は知っている。

 刃の毒が体に回ると、その日中に解毒薬を飲まないと命を落としてしまう危険なダガ―だ。


「ほい」


 ハンナは首を反らして男のダガ―を避けつつ、親指でつまむようにしてダガ―を掴んだ。


「はっ! 馬鹿が!

 毒で死ね!」


 まずい。

 あのダガ―は刃先だけではなく刃全体に毒が塗られている。

 ハンナがダガーの刃が無い側面部を親指だけで白羽取りをしたのは素直にすごいが、側面部にも毒が塗られているため、これでハンナの指から毒が全身に回ったことは間違いない。

 今すぐに解毒薬を用意せねば。


「私に毒が効くわけないじゃない。

 毒で死ぬのはあなたよ」


 しかし、毒をもらったはずのハンナは、何食わぬ顔でつまんだダガーを持ち上げて男から奪う。

 そして素早い動きでダガーの柄を持って男の腹にダガーを刺した。


「ぐああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ハンナに腹を刺され、大きな叫び声をあげながら腹を押さえる男。

 腹からは血が流れ、真っ青な顔をしている。


「毒は痛いでしょ?

 次からはそんな危ない物、女の子に向けちゃだめよ?」


 倒れた男を見下ろしながら、狂気的な笑みを浮かべるハンナ。

 ハンナの言葉は、既に動かなくなった男には届いていなかった。


「お、おまえ!

 よくもやってくれたな!」


 狂気的な笑みを浮かべるハンナを見て、顔を引きつらせる槍使いの男。

 ダガー使いの男の復讐を果たすべく、ハンナに槍を向けて応戦した。


「槍だったら私も持ってるわよ?」 


 そう言ってハンナは右手を上にあげた。

 武器も盾もないハンナは、右手を上げることで余計に無防備になる。 

 そしてハンナの無防備な身体に向かって、槍を持ちながら突進する槍使いの男。 


 だが次の瞬間。

 天空から一筋の光が降ってきた。



 ズドォォォォォォォォォォォォォォン!

 


 雷が落ちてきたかのような物凄い轟音が森の中に鳴り響く。

 

「これが私の槍なのだけど、どうかしら?」


 ハンナが見下ろす先では、天空から落下した大きな光の槍が地面に刺さっていた。

 そして槍の先には、もはや原型を留めていないほどにぐちゃぐちゃの木っ端みじんにされた槍使いの男。

 僕はその光景を見て、背筋が凍った。


 ハンナが当然のように人を殺している。

 しかも、見たこともない技を使ってだ。


 口調が変わり、髪は赤くなり、無詠唱で神聖術を使い、毒が効かず、見たこともない技を使って人を殺す。

 完全に僕が知っているハンナと乖離していた。


 あれはハンナではない。

 あの女性は一体何者なのだろうか。


「な……な……なにが……起きてるっすか……」


 後方で呪文を詠唱していた魔法使いの男が詠唱をめ、尻もちをついて狼狽えていた。


「ねえ。

 あなたは攻撃してこないの?」


 尻もちをつく魔法使いの男に向かって不敵な笑みを浮かべるハンナ。

 既に二人殺しているというのに笑顔を見せるハンナのその顔は、狂気に溢れている。


「は、はいいいいいいい!

 もう攻撃しないっす!

 許してほしいっす!」


 怯えた魔法使いの男は、その場でハンナに懇願するように土下座をする。

 土下座をしながらプルプルと震えている。

 そんな男の土下座を見ながら、ハンナはニコリと笑った。


「ん~、許さない♡」


 ハンナが再び右手を空に上げた瞬間。



 ズドォォォォォォォォォォォォォォン!



 再び天空から光の槍が落下してきて、土下座する魔法使いの男の背中に直撃する。

 魔法使いの男の五体ははじけ飛び、ぐちゃぐちゃになった肉塊が再び地面に転がる。

 

「あ……ああ……」


 仲間がハンナに呆気なく殺されていく光景を見て、ゲイリーは言葉を失っていた。

 尻もちをつきながら、顔を真っ青にするゲイリー。

 震えながら、ゆっくり後ずさる。


「最後は、あなたね?」


 逃げようとしているゲイリーを、ハンナは見逃さなかった。

 既にゲイリーを見つめながら、右手を空に向けている。


「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ゲイリーはハンナに背を向け、一目散に走って逃げだした。



 ズドォォォォォォォォォォォォォォン!



 しかし、無情にも光の槍はゲイリーを逃がさず、轟音と共にゲイリーの身体に槍は刺さる。

 そしてゲイリーの肉体は木っ端みじんにはじけ飛び、その存在は消滅した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る