第二十五話「ぎりぎりの戦い」

 バリバリバリバリッッ!!



 大白鹿の白い光線はハンナの防御壁を破り、不快な音を鳴らしながら突き進む。

 だがハンナが僕の前に設置した光の防御壁は本のように何枚も束になっており、まだ僕のいるところまでは光線は届いていない。


「崇高なる慈愛の神、ベアルージュ様。

 どうか、かの者をお守りください。

 《神の盾ゴッドシールド》」


 光線が防御壁にぶつかってもなお、光の壁を神聖術で作り続けるハンナ。

 圧倒的破壊力を持つ大白鹿の光線に、ハンナは光の壁を何枚も設置して壁の物量で応戦するのだった。

 それによって今のところなんとか拮抗状態にまで持って行けているが、ハンナの表情は苦しそうで、そろそろ限界が近いことも見て取れた。


 神聖術は、神聖力という魔力・心気力とは異なる第三の力を使うという話を聞いたことがある。

 それは魔力や心気力のように、誰にでも元から備わっている力というわけではないのだそうだ。


 神聖力は信仰する神から借りた力のことを指すという。

 日々祈りを捧げ、信仰心を高め、その対価に神から力を借りることができるという原理らしい。


 そのため、信仰する神にどれだけ好かれるかが重要なのだとか。

 神に好かれた者は多くの神聖術を使え、好かれない者はほとんど神聖術を使えない。

 ベアルージュ教の聖職者で治癒術のみならず防御壁まで出せる人は今まで見たことなかったので、ハンナは相当神に好かれているのだろう。


 しかし、流石のハンナでも光の防御壁を何枚も張れば限界がくるようだ。

 先ほどから肩で息をしていて、新しい壁を張れていない。

 これは危険な兆候である。


 自分の神聖力以上の力を神から借りようとすると、神からその代償を求められる。

 どの神を信仰していても代償は同じで、「命」を要求される。


 もちろん命を代償として要求されるとはいっても、神聖力以上の力を要求するといきなり術者の命が刈り取られるというわけではない。

 要求した力の分量に合わせて、術者の寿命が削られるのだそうだ。

 そのため神聖術を使う聖職者は通常、自分の神聖力以上の力を神から借りて神聖術を使うことは無いのだが、今のハンナからは危険な予感がする。


「もういい、ハンナ!

 一回休め! もう十分だ!!」


 僕はハンナの身体を心配して叫んだが、実際に「もう十分」だとも思っていた。

 なぜなら、ハンナが防御壁を張り続けたおかげで大白鹿の光線の勢いが弱まってきていたからだ。

 大白鹿の光線が弱まってきているのに対して、こちらにはまだ何枚も防御壁が残っている。

 圧倒的にこちらの方が優勢であり、まもなく大白鹿の光線も途切れることだろう。


「分かった。

 コット、あとは頑張って……ね」


 ハンナは最後に僕にニコリと笑って、力尽きる様にその場にうずくまった。

 息はしているので命の心配はない。

 おそらく神聖力の使いすぎで身体が動かなくなってしまったのだろう。


「ハンナ、ありがとう。

 絶対にあいつを捕まえてくるから、ここで休んでてね」


 僕は背中の弓を左手に持ち、麻酔矢を魔法鞄から一本とりだす。

 ハンナが防御壁を張ってくれたおかげで、解放した心気も全身に行き渡り準備完了だ。

 大白鹿の光線が分厚い防御壁を前に勢いを失ったことを確認し、僕は壁の端から大白鹿に向かって走り出した。


 心気を全身に巡らせた僕の速度は通常時の倍以上だ。

 中距離ほどしか離れていない僕と大白鹿の間なんて一瞬で埋めることが出来る。

 

 しかし、大白鹿は僕の速度に対応できていた。

 角の先端を光らせると、すぐに僕を目がけて何発も細い光線を撃ってきた。

 僕はそれを見てその場で急ストップし、光線を躱すことに専念する。


 心気術は動く速度を上げることはできるものの、特段身体の防御力が上がるわけではない。

 そのため光線が細かろうと、当たればおそらく致命傷なので全力で光線を躱す。


 大白鹿は僕の動きを予測したその先に光線を撃ってくるので、僕は大白鹿の予測を読んでどうにか避ける。

 光線が一本だけならまだよかったのだが、光線の数が無数にあるだけにかなり大変だ。

 

 まるで草原の上でタップダンスでもするかのようにステップを重ねて全ての光線を避ける僕と、ひたすら僕に向かって光線を撃ち続ける大白鹿。

 もはや我慢比べのようになっている戦いに終止符を打ったのは大白鹿の方だった。


 大白鹿はしびれを切らしたのか、突然光線を撃つのを止めて角に光を溜めだしたのである。

 僕を溜め時間の短い細い光線では倒すことができないと考え、光を溜めた威力のある太い光線で僕を始末しようと考えたのだろう。

 だがそれは僕がようやく攻勢に出られるチャンスに繋がった。


 僕はここぞとばかりに弓を構えて、大白鹿に向かって矢を放つ。

 すると大白鹿はビクリと反応し、角に溜めていた光を放出し、麻酔矢を威力のある太い光線で破壊する。


 僕はその間に、大白鹿に詰め寄った。

 その辺の大木よりも背の高い巨大な鹿ではあるが、その代わり近距離戦には弱いと僕は長年の経験から判断したのである。

 その理由にまず主攻撃が角からでる光線なのが挙げられる。


 あの光線は近距離戦闘を想定していない。

 なぜなら近距離戦闘になれば、自分の身体に光線が当たってしまうリスクがあるからだ。

 あれほどの破壊力のある光線ならば、自分に当たるとダメージになることは間違いない


 それから、おそらく大白鹿は足元に弱い。

 巨大なモンスターは足元がおぼつかないというのはありがちな話で、大白鹿はその典型とも言える。

 なぜそう言えるかというと、大白鹿は頭の位置が極端に高いからだ。


 あの大木をも超える位置にある頭は、遠くを見渡すにはいいが、足元を見るのはかなり難しい。

 特に腹の下に入られたら自分の背中が壁となり対象を見れなくなってしまう。

 そのため、大白鹿の弱点は足元にあると推測したのである。


 つまるところ、大白鹿は遠距離専門のモンスターであり、近距離は苦手な魔法使いのようなモンスターである。

 これまでの大白鹿の動きと長年の僕の経験からそう結論付け、僕は大白鹿の弱点と思われる足元に突っ込んだ。


 大白鹿は僕が足元にくるものだから焦ったのか、前足で僕を振り払おうとする。

 だが最初に当てた麻酔矢のせいで動きが鈍っているせいか、その振り払う速度は遅く、軽くジャンプをして避けることができた。

 そして僕は大白鹿の腹の下に潜りこむ。


 ここは大白鹿からしたら死角である。

 上を見上げれば、体毛の薄い腹の部分がよく見える。

 僕はその大白鹿の腹部に向かって弓を構えた。


「これで終わりだよ」


 僕は上半身を後ろに反らしながら弓に麻酔矢をつがい、真上に射線を向ける。

 右手で矢を引きながら腹部によく狙いを定め、勢いよく麻酔矢を放つ。

 そして、麻酔矢は腹部に刺さった。



 ピャッ……!



 麻酔矢が腹に刺さったと同時に、短く甲高い悲鳴を漏らす大白鹿。

 それと同時に、先ほどまでプルプルと震えていた足もぴたりと止まった。

 僕が大白鹿の足元から移動すると、ゆっくりと足を折り曲げながらその場にうずくまる大白鹿。


 あれだけ暴れていた大白鹿は目を閉じ、まるで眠るかのように気絶した。

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