第二十四話「大白鹿の反撃」

 僕の手元から大白鹿に向かって一直線に飛んだ麻酔矢。

 初動では飛ぶ方向が少しずれていたものの、飛んでいる最中にオマーの魔弓の効果によって軌道が修正され、大白鹿の後ろ足のもものあたりを目指して飛ぶ。


 大白鹿は飛んでくる麻酔矢に気づく気配もなく、呑気に白麗の泉のほとりにたたずんでいた。

 そして、麻酔矢は見事大白鹿のももに命中する。



 ピャアァァァァァァァァァ!!!



 命中した途端、大白鹿は身体の大きさからは想像できないような甲高い鳴き声をあげた。

 森の中に響き渡る甲高い大きな鳴き声に隣でハンナは耳を塞いでいたが、僕はそうはしなかった。

 念のために魔法鞄から二射目の矢を取り出しながら、大白鹿の様子を伺う。


 だが、この行動はあくまで念のためである。

 あの麻酔矢はA級モンスターをも一撃で気絶させるほどの威力がある。

 当ててしまえばもうこちらのものと言っても過言ではない。


 僕の予想通り、大白鹿は麻酔矢が当たってから足がプルプルと震えていた。

 今にも転倒しそうな大白鹿の後ろ姿を見て依頼達成を確信した僕だったが、ここから大白鹿は予想外の行動をとることになる。


 なんと大白鹿は足を震わせながらもなんとか転倒せずにその場に立ち、こちらに振り返ったのだった。

 そして、振り返った大白鹿と目があってしまう。


 気配を消して茂みに隠れているというのに、大白鹿は僕とハンナの存在に完全に気づいていた。

 足を震わせながらもこちらを物凄い威圧感をもって睨んでいるのが見えて、僕は全身に危険信号が走る。


「ハンナ、少し下がろう……」


 大白鹿のいでたちに危ない雰囲気を感じ、僕がハンナに指示を出している最中。

 突然大白鹿の頭から生える、無数に枝分かれした角の先端が一斉に白く光り始める。


 その見たこともない異様な光景に一瞬目を奪われる僕とハンナ。

 だが大白鹿がこちらに狙いを定めるかのように頭を下げて角を向けるのを見て、僕は全てを察した。


「ハンナ!

 逃げるぞ!!」


 僕は隣で大白鹿の光に目を奪われているハンナの手を引いて茂みを抜け、泉の外周を回って大白鹿の死角を取るように走り出す。

 そして次の瞬間。

 僕とハンナが隠れていた茂みに向かって一直線に大白鹿の角から光線が何本も放たれた。


「きゃああ!」


 隣でハンナは悲鳴を上げながら走る。

 だが僕が早めに気づいたおかげで、なんとか僕とハンナは光線の軌道から外れ、ぎりぎり避けることができた。



 ドガアァァァァァン!



 光線が茂みやその周りにある木々にぶつかると、物凄い轟音を鳴らしながら爆発した。

 近くにいた僕とハンナにも、その衝撃波は襲いかかり、ハンナの身体を支えながらなんとか耐える。

 そして衝撃波が収まり、爆発場所を見たとき僕は驚いた。


 僕が隠れていた茂みだけに留まらず、周りの木々も含め全てが消失して更地になっていたのだ。

 そこには元から何もなかったかのようにぽっかりと開いた空間ができていることに、空いた口が塞がらない。


 なんという威力だろうか。

 あれだけ大きな大木の存在を一撃で消滅させるほどの光線。

 それがどれほどの威力なのか僕には測りきれない。


 ただ分かるのは、まともに当たれば僕やハンナは存在ごとこの世から消されてしまうということだ。

 その事実に僕は背筋が凍った。


 僕はすぐさま右手に持っていた二射目の麻酔矢を弓につがえる。

 こちら側に振り向いた大白鹿の死角を取るように、泉を左回りに走りながら弓を引いて大白鹿に射線を向けながら真っすぐ放つ。


 大白鹿の光線の破壊力には圧倒されはしたが、それで手を緩める僕ではない。

 長年の経験から、どのモンスターも攻撃直後が一番隙があるというのを知っていた僕は、急いで二射目の麻酔矢を放ったのである。


 だが一射目のときと違い、大白鹿は飛んでくる麻酔矢の動きを捉えていた。

 飛んでくる麻酔矢を横目で追う大白鹿は、角の先端を再び白く光らせる。

 そして先ほどと違い、溜める時間もほとんどなしに、白い光線が麻酔矢に向かって放たれた。


 溜める時間が短かったからか、やや細い光線。

 その細い光線は麻酔矢の移動速度に合わせて的確に狙いを定めながら一直線に進み、麻酔矢を見事打ち落としたのである。


「嘘……でしょ……」


 なんだ、あの光線は。

 森の大木を消失させるほどの破壊力と、目にもとまらぬ早さで突き進む矢を簡単に打ち落とすほどの狙撃力。

 この二つの力を併せ持つ、あの白い光線に僕は驚きを隠せなかった。


 光線を放つモンスターとは何度か戦ったことはあるが、あんなに威力も狙撃力もすぐれた光線は見たことがない。

 大白鹿の強さは確実にA級モンスターの域に入っている。

 それどころかA級モンスターでも一撃で気絶する麻酔矢を刺されても反撃してくる姿勢や、あの尋常ではない光線を見ると、S級モンスターの域に入っている可能性すらある。


「ハンナ! 逃げて!

 ここは僕が時間を稼ぐ!!」


 僕は持っていたオマーの魔弓を背中にかけ、直立不動で両手を合わせながらハンナに向かって叫んだ。

 元より大白鹿がA級モンスター以上だったら逃げると決めていた。

 しかし二人して背を見せて逃げれば、あの白い光線の恰好の的だ。

 ここは僕の心気術で大白鹿の目を奪い、その間にハンナを先に逃がそうと考えたのだ。


「崇高なる慈愛の神、ベアルージュ様。

 どうか、かの者をお守りください。

 《神の盾ゴッドシールド》」


 だがハンナは僕の指示を無視して、僕の前に神聖術で光の防御壁を作り始めた。


「ハンナ!?

 何してるの!?

 あいつはS級モンスターかもしれない!

 危ないから、早く逃げて!」


 目の前の光の壁を見て驚いた僕は、ハンナの方を振り返り叫ぶ。

 僕の叫びを聞いたハンナは、真剣な表情でこちらを真っすぐに見て首を横に振った。


「私が神聖術を覚えたのは、人を守るためなの。

 逃げるために覚えたんじゃないわ。

 コット。

 あなたがここに残るなら、私も残る」


 言いながら、僕の前に光の防御壁を何枚も重ねて構築していくハンナ。


 僕はハンナの言葉と表情、そして黙々と防御壁を構築し続ける行動から、ハンナの覚悟を感じた。

 こうなったハンナは、もう僕が何と言っても僕を守るためにここに残ることだろう。


 僕がハンナをどうしようかと迷っていると、再び大白鹿の角が光り始めたのが見えた。

 今度は麻酔矢を細い光線で撃墜したときとは違い、光を溜めてから光線を放つようだ。

 足をプルプル震わせながらも頭をこちらに向けて、完全に僕たちをロックオンしていることが分かる。


「分かったよ。

 僕はハンナの力を信じる」


 僕は再び両手を合わせ、目を瞑りながら体内の感覚に集中する。

 もう大白鹿のことは見えてはいない。

 外のことはハンナに任せて、心気を解放することに専念したのだ。


 

 ビャアァァァァァァァァァ!!!


 

 甲高い大白鹿の鳴き声が耳に入り、目を開いた。

 こちらに向かって一直線に突き進む無数の白い光線。

 そしてその光線は、ハンナが作った光の防御壁と物凄い勢いでぶつかった。

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