第二十三話「死角からの一撃」
まさか本当に白麗の泉に大白鹿がいるとは思っていなかった。
ゲイリーの情報は本当だったということか。
なぜゲイリーが僕たちに本当の情報をくれたのかは分からないが、この際そんなことはどうでもいい。
とにかく大白鹿を捕まえに行こう。
だが、一度ここで冷静にならなくてはならない。
早まって大白鹿を逃がしてしまっては元も子もないからだ。
大白鹿の強さは未知数なので、慎重に行動するべきである。
最善手は気づかれないように背後に回り、遠くから麻酔薬を矢尻に塗った麻酔矢を放ち、大白鹿を気絶させることだろう。
そうすれば戦闘することなく大白鹿をほとんど無傷で捕まえることができる。
矢が当たった部分には多少傷がつきはするが、ハンナの治癒をかければ傷も無くなるので大丈夫だ。
実は今回、大白鹿を捕獲するために強力な麻酔薬を持ってきている。
大樹海に来る前に、行きつけの薬屋で一本金貨一枚ほどする高価な麻酔薬を十本ほど買っておいたのだ。
特殊な製法で作られているようで効き目が物凄く、大抵のモンスターはこの麻酔薬が塗られた麻酔矢を当てれば一発で気絶する。
昨日の夜に食べた一角猪を捕まえたとき、効能テストの意味もこめて麻酔矢を使ったが、一発当てただけで卒倒するほどの威力だった。
それほど効き目があるので、モティスお嬢様の捕獲依頼を受けるときは毎回この麻酔矢を使ってモンスターを捕獲してきた。
相手がA級モンスターであっても麻酔矢は効いたので、麻酔の威力は信頼できる。
問題は、相手が鹿であるということだ。
通常、鹿は警戒心が物凄く高い。
追ってくる者がいれば、人影を見ただけで逃げ出してしまうほどだ。
また逃げる速度もかなり速く、本気で走られたら人間の走りでは追いつけない。
大白鹿が通常の鹿と同じ逃走本能を持ち合わせているのかは分からないが、鹿であるのならば同じ行動をとると考えて臨んだ方がいい。
鹿はああ見えて頭がいい。
一度逃げられれば、僕らがいる可能性を考慮して二度と白麗の泉に訪れなくなる可能性もある。
つまり、チャンスは一度きりだ。
絶対に麻酔矢を外すことはできない。
確実に麻酔矢を大白鹿に当てるために、もっと近づいて、大白鹿の死角から矢を放って命中させなければならない。
現在、僕とハンナは隠密の指輪を装着している。
指輪の効果で気配を消しているので、通常のモンスターには見つかりにくくなっている。
細心の注意を払いながら近づけば、大白鹿の背後を取ることも可能だろう。
背後の茂みから弓矢で狙い、麻酔矢を大白鹿に命中させて気絶させるのがベストだ。
そこまで頭の中で計画してから動いた。
僕とハンナは、足音や、周りの草木と服が擦れる音が出ないように気をつけながら、息を殺して大白鹿の背後へと回り込む。
そして大白鹿の後方に位置する茂みまでなんとか辿りついた。
まだ大白鹿は僕たちの存在に気づいていないようで、呑気に白麗の泉に貯まった白い水を顔を降ろして飲んでいる。
(チャンスだ)
僕は音をたてないよう、ゆっくりと魔法鞄から弓と矢を取り出す。
すでに昨日の晩、矢尻に麻酔薬を塗りなおしているので、あとは矢を大白鹿に当てるだけ。
僕は茂みに身を隠しながら、中腰姿勢で弓に麻酔矢を
左足を前に出し、半身を前に出しながら弓矢を持って右ひじを引く。
矢を引きながら目線を大白鹿に合わせる。
一応弓の射程内ではあるが、まだ少し距離があるようだ。
別に僕は普段から弓矢の練習をしてきているわけではないから、普通はこの距離の射撃を成功させられるはずもない。
だが僕はこの距離であれば、ちゃんと弓を引いて放つことができれば確実に命中することを知っている。
なぜなら左手に持つ海のように青い弓は、魔弓だからである。
名をオマーの魔弓という。
オマーというのは人の名前で、現在世界で最も弓を極めていると言われるオマー・ハカムさんのことを指す。
実は僕はそのオマーさんとは仕事上の知り合いだったのだが、ある日オマーさんから「この弓はもう使わなくなったから、お前にやる」と言われ、この魔弓をもらったのである。
オマーさんの魔弓というだけで箔がつくのでありがたく受け取ったのだが、実際に使ってみたら軌道補正や威力増加などの魔法効果が付与された弓初心者の僕にぴったりの弓で、ちゃんと弓を引けば中距離くらいまでの相手には矢を当てられるようになった。
そのため実戦でも弓を使う頻度が増えてきたのである。
この経験から、僕は大白鹿に矢が当たることを確信していた。
この距離であれば魔弓の軌道補正の効果が働いて、的外れなところに射ても自動的に大白鹿に当たることだろう。
問題は大白鹿のところまで矢が届くかどうかだが、威力増加の効果も魔弓に付与されているので、しっかり弓矢を引けば問題はないはず。
ゴクリ。
僕は生唾を飲む音が鮮明に聞こえるほど静寂な森の中で、前方で水を飲む大白鹿の動きに集中していた。
大白鹿は身体が大きいのでかなり当てやすいはずなのだが、万が一にも外してはならないと思うとプレッシャーだった。
プレッシャーで緊張感が張り詰める中、大白鹿の動きが止まる瞬間をうかがう。
隣にいるハンナは一切音をたてずに静かに僕のことを見守ってくれている。
ハンナが見ている前で外したくないという思いが、僕の集中力をさらに上げる。
そして、ついにそのときが来た。
水を飲み終えた瞬間、大白鹿は顔を上げて動きを止めたのだ。
シュッッ!!
僕が右手に掴んでいた弓矢を離すと、麻酔矢は空気を切る音を鳴らしながら大白鹿の方へと一直線に飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます