第二十二話「発見」
「ねえ、コット。
さっきから、なんだか森が静かじゃない?」
ハンナと森の中を歩いている最中、ハンナがぽつりと呟いた。
それは僕も丁度思っていたことだった。
先ほどから森の中が異様に静かなのである。
今まではどこからともなく動物や昆虫の鳴き声が聞こえたりしていたものだが、今はそれが一切聞こえてこない。
普通の森ならともかく、大樹海でこの状況はかなり珍しい。
それにレッドコングを捕獲してから、まだ一度もモンスターに遭遇していない。
かなり森の中心部まで入り込んできているというのに、全くモンスターに出くわさないというのは不自然だ。
稀に、探索時にモンスターが姿を現さなくなるときがある。
そういった場合、理由は大抵次のどちらかだ。
誰かがモンスターを狩りつくしてしまったか、もしくは強いモンスターが現れて近辺に生息するモンスターが他の場所に逃げてしまったかである。
前者の場合は思い当たる人物がゲイリーくらいしかいないが、ゲイリーはこの近くにいるのだろうか?
一応朝から尾行されていないか周囲には常に気を張っているが、今のところ尾行されている気配は無い。
もうそろそろ白麗の泉も近い。
もしゲイリーがなにか罠などを張っているとしたらこの辺りなので、警戒しながら進む必要がある。
また、後者の場合はより一層の警戒が必要だ。
この辺りはB級モンスターが多く生息しているため、B級モンスターが逃げるほどのモンスターとなると、それよりさらに上のA級モンスター・S級モンスターとなってくる。
もしA級モンスターやS級モンスターがこの辺りにいるのだとしたら相当まずい。
冒険者ギルド協会が発行している文書「モンスターランクの基準」によれば、A級モンスターは災害レベル、S級モンスターは伝説レベルと称されている。
この基準がどういうことかというと、災害レベルはA級モンスターの危険度が自然災害に等しいレベルだということを表していて、伝説レベルはS級モンスターの危険度が前代未聞で伝説でしか聞いたことがないレベルだということを表しているのだそう。
つまりA級以上のモンスターは、危険度がB級モンスターの比ではないということだ。
ちなみに、僕はA級モンスターにであれば何度か遭遇したことがある。
そのうちのいくつかはモティスお嬢様の依頼だった。
モティスお嬢様が捕獲依頼する珍獣はなぜか毎回危険なモンスターばかりで、その中にはA級モンスターもいたのである。
A級モンスターは本当に強くて、戦った際に何度も死にかけたが、なんとか毎回捕獲してきた。
それは事前情報のおかげというのが大きく、事前にどういったモンスターなのか把握できていたために相手の弱点をついて捕獲してきた。
だが、今回の珍獣はそう上手くいきそうもない。
今回捕まえる大白鹿に関しては噂すら聞いたことのない新種のモンスターだ。
一切情報が無いので弱点などは全く分からないし、もしかしたらA級以上のモンスターである可能性もある。
その場合、かなり不利な戦いになることは間違いない。
そのうえ、今回はいつもと違ってハンナも一緒だ。
冒険者としての経験を積ませるためにハンナを連れてきたが、A級以上のモンスターが相手となれば話は変わってくる。
僕が守り切れずハンナに危険が及んでしまう恐れもあるため、A級以上のモンスターが相手だともはや経験を積ませるという域を超えているのである。
もし相手のモンスターがA級以上だったら、一旦引き返そう。
僕は隣のハンナの横顔を見ながらそう心に決めた。
「あっ!
見て見て、コット。
あれが白麗の泉じゃない?」
前方を指で指し示したハンナ。
僕もつられて前方を見ると、森の中に切り開かれた場所があり、そこには大きな白い泉が見える。
泉の周りは少し霧がかかっていて、ひんやりとした冷たい空気感がこちらまで伝わってくる。
「そうだね。
あれが白麗の泉だよ」
白麗の泉に来るのは三度目だ。
こんなモンスターだらけの森の中心にあるというのに、相変わらず神聖さすら感じるほど綺麗な泉である。
あまりここでモンスターを見たという記憶は無いのだが、本当にこんなところに白い巨大鹿はいるのだろうか?
とは思うが、用心しておくに越したことはない。
「ハンナ。
ここからは隠密行動だ。
もし大白鹿がいたら、すぐに戦闘になるから準備しておいてね」
僕が言うとハンナは急に緊張した面持ちになり、コクコクと頷いて僕の後方に回る。
そして、僕とハンナは白麗の泉へと歩を進めた。
できるだけ気配を消すよう、木の陰に隠れながら慎重に進む。
白麗の泉のすぐ近くまで辿りつくと、茂みの裏に隠れながら泉を観察した。
泉の周りに大白鹿がいないかどうか目視で確認する。
「……いないか」
泉の周りにはモンスターの影すら見当たらない。
まあ、そんな都合よく見つけられるとは思っていなかったので、大方予想通りではあった。
ゲイリーの情報によれば白麗の泉に貯まる白い水を大白鹿がよく飲みに来るという話ではあったが、もし情報が本当だとしても僕らが辿りついたタイミングで丁度よく大白鹿が泉の水を飲みに来る可能性の方が低いだろう。
ゲイリーの情報が正しいかどうか検証するためにも、今から最低一日はここを見張っていなければならない。
今日はここで野営かな。
「ねえ、コット。
あそこ見て。
あれ、もしかして……」
僕が諦めて野営の準備をしようと魔法鞄に手を突っ込もうとしたとき、ハンナが僕の肩を叩いた。
僕はすぐにハンナが指を差す方向を見る。
すると僕たちがいる場所から泉を挟んで対面に位置する森の木々の間から、泉に向かってゆっくり歩く巨大な獣がいた。
ホワイトワークスの事務所は二階建てだが、丁度それくらいの背丈はあろうかというくらい巨大な白い鹿。
頭には無数に枝分かれした大きな角が二本生えていて、神々しさすら感じるほどに存在感を発揮している。
「大きな白い鹿……大白鹿だ」
僕たちはようやく、目標の珍獣を見つけた。
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