第二十一話「第二の珍獣捕獲」

「ふう……」


 僕は、なんとかレッドコングを戦闘不能にできたことに安心して一息ついた。


 レッドコングは一応息はしているようだが、僕の掌底突きによって心臓に衝撃がかかり、心臓麻痺に陥っているはずである。

 もう立ち上がることすら厳しいだろうし、そのまま時間が経てば絶命することだろう。


「コット、すごい!!

 あんなに大きなモンスターを素手で倒しちゃうなんて!!

 どうやったの!? 魔法??」


 後ろから興奮気味のハンナが、僕に走り寄ってきた。

 僕の戦闘を目の当たりにして、目をキラキラ輝かせている。


「魔法じゃないよ。

 これは心気術ってやつさ」


 ハンナはこてりと首を傾げる。


「心気術……?

 聞いたことないなぁ」


 まぁ、ハンナが知らないのも当然だ。

 この術はあまり一般的には知られておらず、使える者も少ない。


 原理的には魔法使いが使う魔法に近い。

 魔法は術者の体内にある魔力を媒介に発動されるが、心気術は術者の体内にある心気と呼ばれる力を媒介に発動する。


 あまり知られていないが、心気は魔力と同様に全ての人間が体内に持ち合わせている力なのだ。

 心気は身体の中心部、つまり心臓に格納されているのだが、普通に生きていたら心気が解放されることはない。

 それを無理やり解放して、心気をコントロールする技が心気術というわけだ。


 心気を全身に行き渡らせることにより、常人の限界を超えた俊敏な動きをすることができる。

 レッドコングとの間合いを一瞬で詰めることができたのもこのおかげだ。

 

 そしてさらに心気術の特徴ともいえるのが「心気の放出」である。

 レッドコングは風魔剣の風の刃ですら少ししか傷がつかないほどに頑丈だった。

 そんなレッドコングを素手で圧倒できたのは、打撃をする際に「心気の放出」をしたからである。


 足で顎を蹴りあげたときも、両手で掌底を心臓に打ち込んだときも、接触部分から自分の心気を相手の身体に放出していた。

 心気を相手の身体に放出すると、通常の物理攻撃とは違い、相手の身体を内部から破壊することができる。

 そのため相手の頑丈さは関係なくなってくるため、レッドコングのような頑丈な相手には特に有効なのである。



「うぐっ……」



 戦いが終わり安心すると、急に全身に痛みが走った。

 これが、いわゆる心気術の代償ってやつだ。


 心気術は一時的に強い力を手にすることはできるが、その代償に身体に大きな負担がかかる。

 心気術を使っている最中は普段の倍以上のスピードで動くため筋肉により負担がかかるのと、心気を心臓から解放することで精神にも悪い影響がでるようだ。


 また、発動時間が長ければ長いほど身体により大きな負担がかかるので、あまり長時間使用できない。

 今のように短時間使っただけでも全身に軽く痛みが走るため、長時間使えばより辛いことになるのは想像にかたくないだろう。

 そのため、普段は心気術をできるだけ使わないようにしているのである。


「コット! 大丈夫!?

 今、神聖術で治療するから!」


 僕が身体を抑えているのを見て心配してくれるハンナ。

 ハンナはすぐに僕に向けて治癒の神聖術をかけてくれた。


「ありがとう、ハンナ。

 だいぶ楽になったよ」


 ハンナが治癒の神聖術をかけてくれたおかげで、筋肉の痛みが無くなった。

 心気の解放による精神的な疲労の方には効果はなかったようだが、それでもかなり楽になった。


「ハンナ。

 ついでに、あそこで倒れているレッドコングにも治癒の神聖術をかけてくれないかな?」

「え、なんで?」


 僕の言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべるハンナ。

 凶暴なレッドコングをせっかく倒したのに、治癒したらまた暴れだしてしまうかもしれない。

 わざわざ危険を冒してまで治癒させる意味が理解できていないようだ。


「レッドコングを生きた状態で捕まえたいんだ。

 レッドコングは個体数が少ないレアモンスターだからね」


 レッドコングは個体数が少ないため滅多に出会えることは無い。

 そのため、レッドコングの素材が市場に出回るのは本当に稀だ。

 だがレッドコングの真っ赤な体毛は目立つので服や装飾品などの素材に使えるし、レッドコングの頑丈な皮だって防具として使える。

 需要が大きいレッドコングの素材は、お金になるのである。


 実は今回モティスお嬢様からは、大白鹿を捕まえたら報酬金として金貨十枚という莫大なお金を渡すことを約束されている。

 だが、もしレッドコングを捕まえて素材を売ったら同じくらいのお金を儲けられる可能性もある。


 つまり、レッドコングは僕にとって第二の珍獣というわけだ。

 生きた状態で捕まえて新鮮な状態で素材を売ることができれば、それはもう稼げる。

 だからこそ、今にも死にそうなレッドコングをハンナには治療してもらいたいのである。


「うーん……。

 コットがそう言うなら……」


 渋々といった顔で、倒れて動かないレッドコングの心臓に手を向けるハンナ。

 ハンナの神聖術によってレッドコングの心臓は治癒された。


 すると、ピクリと指先が動くレッドコング。

 のろのろと起き上がろうとし始めたので、びっくりしたハンナは素早く後ろに後ずさる。

 

 ハンナと交代して、今度は僕がレッドコングに近づいた。

 僕は持っていた魔法鞄の入口の布を大きく広げて、レッドコングの頭からずぼりと被せる。

 それからレッドコングの身体ごと布の中にどんどん突っ込んでいく。


 レッドコングは多少抵抗しようとはしていたが、心臓が治癒したとはいえまだ身体が正常に動いていない様子。

 抵抗が弱い間に一気に魔法鞄の中に突っ込む。

 魔法鞄の中にレッドコングの身体が全て入ると、段々と魔法鞄は小さくなっていって元の大きさに戻った。

 これにてレッドコングの捕獲完了である。


 レッドコングはたとえ魔法鞄の中で身体が完全回復しようと、魔法鞄から出ることはできない。

 なにせこの鞄の中は四次元空間。

 レッドコングは僕に取り出されるまで、無限に近いだだっ広い空間を漂うことになるのだから。


 僕はレッドコングが捕獲できたのが嬉しくて、少しだけほくそ笑んだ。


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