第十九話「赤毛の怪物」
次の日の朝。
朝食を食べ終えた僕とハンナは、大樹海の探索を再開した。
ただ闇雲に鹿を探していた昨日とは違い、今回は目的地がある。
昨日ゲイリーから聞いた、例の白い巨大鹿「大白鹿」が水を飲みに来るという「白麗の泉」だ。
白麗の泉は大樹海の中心部にある。
大樹海のモンスターは中心部に行くほど強くなっていくので、道程はB級以上のモンスターとも遭遇することになるだろう。
これまで以上に注意して探索しなければならない。
とはいえ、白麗の泉に大白鹿が確実にいると思っているわけではない。
ゲイリーの情報に関してはまだ半信半疑だ。
そもそも、なぜゲイリーは僕達に情報をくれたのだろうか?
ゲイリーは自分たちだけが情報を持っているのはフェアじゃないとか、ハンナが新米冒険者だから情けをかけてやろうとか、そんな作ったような理由をペラペラと言っていた。
しかし僕が知っているゲイリーは、そんな殊勝なことを考える人間ではない。
ゲイリーは姑息な手を使ってでも、相手を貶めることに快楽を覚えるタイプの人間だ。
フェアとか情けをかけるとか、そんなことを言うタイプの人間では決してない。
だからこそ、昨日のまるで人が変わったかのようなゲイリーの言動には違和感を覚えたのである。
もしかしたら罠かもしれない、とは思う。
しかし仮に罠だとして、白麗の泉に僕たちをおびき寄せる理由が分からない。
もしゲイリーが競合相手である僕たちを殺そうなどと考えているのだとしたら、昨日のタイミングで僕が結界を張る前に夜襲をかけておけばよかった。
そうすれば、不意をつかれた僕は対応できずにやられていただろう。
わざわざB級以上の危険なモンスターも生息する森の中心部に僕たちをおびき寄せる必要はない。
だがゲイリーは昨日、僕たちに大白鹿の情報を伝えただけで去ってしまった。
そのため、ゲイリーが何をしたいのか分からないのである。
一つ考えられる可能性としては、僕たちに偽の情報を流しているという可能性だ。
本当は別の場所に大白鹿はいるが、白麗の泉にいると言って僕たちに捜索させ、その間にゲイリー達が別の場所で大白鹿を捕まえようとしているのかもしれない。
とはいえ、この手法はゲイリーにしては少し回りくどい手のようにも思える。
白麗の泉に巨大鹿がいなければすぐに他の場所を探索するつもりだし、大した足止めにもならない。
そんな手を使うくらいなら、直接僕たちを排除しに来そうなものだが。
まあゲイリーが何を考えて僕達に情報を渡したのかなんて、いくら考えても分かるはずもない。
ひとまず白麗の泉を確認しに行こうということで、僕とハンナは現在白麗の泉を目指して森の中心部の方へと歩みを進めていた。
ウホッ! ウホッ!
森を進んでいると、奥の茂みの方から獣の鳴き声が聞こえた。
僕は咄嗟にハンドサインとアイコンタクトで後ろにいるハンナに警戒するよう指示を出しながら、足音を立てないようにして近くの木に身を寄せ、木の陰から鳴き声が聞こえた方向を見る。
すると緑が生い茂る森の中で非常に目立つ真っ赤な体毛をまとった、ゴリラのような見た目の巨大な獣が茂みから四足歩行で出てきた。
「レッドコングだ……」
僕は思わず小声で呟いてしまった。
レッドコング。
B級モンスターとしてモンスター名鑑に登録されている真っ赤な体毛をもつ類人猿の怪物だ。
巨体ながら素早く動けるうえに物凄い怪力を持っていて、拳で岩をも砕くのだとか。
さらに、それらの身体能力を持った上で、レッドコングは口から炎を吐くという。
怒るとあたり一面に炎を吐くから手がつけられない、とモンスター名鑑には書かれていた。
ちなみに、僕がレッドコングに遭遇したのはこれが初めてである。
レッドコングは個体数が少ないため、遭遇したことがある冒険者は珍しい。
火山地帯に行った冒険者からレッドコングを見たという報告は稀に聞いたことがあったが、まさかこんな森の中でレッドコングに遭遇するとは思わなかったので驚いている。
「コット。
どうする?」
後ろのハンナが小声で聞いてくる。
ハンナの表情は真剣そのもの。
昨日はモンスターに怯えて腰を抜かしていたハンナだったが、今は昨日より落ち着いているようだ。
慣れたというのもあるだろうが、おそらく昨日ゲイリーに腰を抜かしていたのを馬鹿にされたのが効いているのだろう。
ハンナが動けるのであれば選択肢も増える。
昨日はハンナが腰を抜かしていたので必然的にハンナを守りながら戦わなければならなかったが、ハンナが動けるのであれば逃げるという選択肢も使える。
正直、レッドコングは危険すぎるので逃げたほうがいい気がしていたからありがたい。
僕たちが今いるのは森の中。
こんなところで炎なんか吹いたら、それこそ山火事になってしまう。
レッドゴングの赤い体毛は耐火性があるため、いくら炎が燃え上がってもレッドコングは平気なのだが、ただの人間である僕たちはそうもいかない。
一度火事になってしまえば、逃げられないだろう。
単純にすばしっこくて腕力があるのも危険だが、それ以上に炎を吐くというのがこの地形に絶望的に合っているのである。
そのため、もし戦うならレッドコングが火を吹く前に仕留めるしかない。
だがB級モンスターであるレッドコングは、そう簡単には仕留められないだろう。
何か弱点などが分かっていればよかったのだが、報告件数が少ないためレッドコングの弱点を僕は知らない。
「迂回しよう」
僕は小声でハンナに指示した。
ここはやはり、逃げる選択肢を取るのが賢明だろう。
ハンナも僕の指示に同意するように、無言でうんうんと頷いている。
本当はレッドコングが塞いでいる道を通るのが白麗の泉への一番の近道ではあるのだが、別に僕たちは急いでいるわけでもないので、あえて危険な道を通る必要もない。
僕とハンナは木の陰に隠れながら移動し、レッドコングに見つからないように足音などに注意しながら迂回ルートを回る。
ウホッ! ウホッ! ウホッ! ウホッ!
迂回ルートを回り始めたとき、真上から聞いたことのある鳴き声が聞こえてきた。
急いで目線を上に向けると、木の枝に一匹の奇怪な鳥が止まっていた。
細長い鳥なのだが、喉だけ異様に太い。
顔より大きいのではないかと思われるその喉から、どこかで聞いたことがある獣の鳴き声を出していた。
「まずい!
ハンナ、走るぞ!」
僕はその鳥を見た瞬間、後ろでそろそろ歩いていたハンナの手を取って迂回ルートを走った。
「なに!?
急にどうしたの、コット!?」
「今の鳥は、マネー鳥だ!
あいつは近くに敵を見つけると、その敵を排除するために強い獣を声真似で呼ぶんだ!
レッドコングが来るぞ!」
ウホッ! ウホッ!
僕の声を掻き消すかのように、後ろから獣の鳴き声が聞こえてきた。
上ではなく後ろから聞こえたということは、この鳴き声は先程のマネー鳥の声真似ではない。
走りながら後ろを見ると、そこにはこちらを追いかける本物のレッドコングがいた。
レッドコングはマネー鳥によるレッドコングそっくりの鳴き声に何を言われたのか分からないが、興奮状態になっていて鼻息が荒い。
物凄い勢いでこちらを追いかけてくるのを見て、僕は覚悟を決めた。
「ハンナ!
先を行け!」
僕はハンナに前を走らせながら振り返り、魔法鞄から風魔剣を抜いた。
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