第十八話「怪しい情報提供」
「ごちそうさまでした!
あー美味しかった~!」
一角猪の肉入りスープを食べ終えたハンナは、満面の笑みだった。
スープを二度もおかわりしていたし、ハンナの舌に合ったようだ。
先ほどまで疲れ切った表情をしていたので、元気が戻ってなによりである。
「食べ終わったお皿は調理台の上に置いておいてね」
僕は言いながら、魔法鞄から取り出したとある杖の先端を使って地面を掘っていた。
そして杖を地面に刺して、掘り返した土で固定する。
「……?
コット、なにしてるの?」
僕の行動を不思議そうに見つめるハンナ。
まあ、この杖を知らない人からすれば当然の反応である。
「この杖は結界の杖といってね。
地面に刺すと、その周囲に結界を張ってくれるんだ。
C級くらいまでのモンスターは結界の中に入れなくなるから、野営をするときに便利なんだよ」
地面に刺された結界の杖は光を帯び、周囲に光の結界を円形上に張り巡らせ始める。
「へー。
モンスターが入ってこないなら安心して眠れるし、便利な杖ね。
でも、B級以上のモンスターには結界を破られちゃうの?」
少し不安そうな顔でこちらを見つめるハンナ。
昼に散々モンスターと遭遇して、ハンナはモンスターに恐怖を植え付けられているようだ。
「B級以上の強力なモンスターか、結界の知識がある人間ならこの結界は破れるよ。
でも結界が破られたら、この杖は自動的に地面に倒れる。
そうすることで、僕らに結界が破られたことと、どの方角で結界が破られたかを教えてくれるんだ。
もしこの杖が倒れたら、逃げるか、破られた結界の方に行って戦うかすればいい。
とはいっても、この辺はまだB級以上のモンスターなんていないと思うけどね」
「へ~」
カランカランカランッ
ハンナに結界の杖について説明をしている最中、土で先端を固定しているというのに土を掘り起こして杖が宙に浮かび、南東の方角を向いて地面に倒れた。
「えっと……杖、倒れちゃったけど……」
引きつった顔で、地面に倒れた結界の杖を見下ろすハンナ。
僕は急いで魔法鞄から風魔剣を取り出しながら口を開く。
「ハンナ!
僕の後ろに下がれ!!」
今の倒れ方は誤作動ではない。
結界が破られたと見て間違いない。
まさか結界を張って早々破られるとは。
結界の杖で張られた結界は基本的にB級モンスター以上か、結界の知識がある者にしか破れない。
だが大樹海に生息するモンスターはC級モンスターが大半で、B級以上のモンスターとなるともっと森の中心部まで入りこまないと出てこないはずだ。
それに結界の破られ方が気になる。
結界を張って早々に破られたのは、何か作為的なものを感じる。
一体、この結界を破ったのは何者だ?
僕は風魔剣を構えながら、杖の先端が示す先を目を細めながら睨んでいると。
奥の暗闇から何人かの人影が見えた。
「よう、コット。
いっちょまえに結界なんて張りやがるとはなあ。
邪魔だったから破らせてもらったぜ」
現れたのはにやにやと薄ら笑いを浮かべたモヒカン頭の男、ゲイリーだった。
後ろに三人の仲間を連れていて、全員武器を所持している。
このゲイリーの余裕そうな表情。
それから結界を破る早さを見るに、ずっと前から僕らを監視していたのだろう。
気づかぬ間に、森の中でゲイリー達に後をつけられていたことを瞬時に理解した。
僕は、ゲイリー達の尾行に気づけなかったことに歯噛みする。
流石はB級冒険者といったところか。
「あ!
あんたは、あのときのゲイリーとかいうやつ!!」
僕の隣でハンナが嫌悪感溢れる顔で、ゲイリーを指さしながら叫んだ。
「よう、姉ちゃん。
久しぶりだな。
姉ちゃんがコットの後ろでモンスター見て腰抜かしてるとこ、全部見てたぜ。
ありゃあ、冒険者の動きじゃなかったなあ。
コットのギルドなんかにいるから、そうなるんだぜ。
ぎゃははは」
ゲイリーはハンナを見ながら馬鹿にするように笑い、後ろにいるゲイリーの仲間も一緒になって笑う。
それを見て、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつむくハンナ。
「何の用ですか、ゲイリーさん?
あまりうちの新人をいじめないでほしいですが」
ハンナを煽るゲイリーに内心苛立ちながらも、表情にはださずに用件を聞く。
そんな僕の態度が面白くなかったようで、顔をしかめるゲイリー。
「お前ら、モティス嬢の依頼を受けただろう?」
やはり用件はそのことか。
どうやら、僕たちがモティスお嬢様の依頼を受けたということまで勘づかれているらしい。
「よく分かりましたね。
そうです。
僕たちもゲイリーさん達と同じく、モティスお嬢様から珍獣捕獲の依頼を受けてここに来ました」
僕は正直に言った。
別に隠すことでもなかったし、むしろブラックポイズンとホワイトワークスで競合していることは、あらかじめ伝えておいた方がフェアというものだろう。
すると一瞬ゲイリーはにやりと汚い笑みを見せたものの、すぐにその表情は戻る。
「そうかそうか。
お前らが何かを探しているようだったから、もしや珍獣探しかと思って聞きに来たんだ。
答えが知れてよかったぜ」
ゲイリーは、うんうんと腕を組みながら頷く。
いつものゲイリーであれば、依頼が他の冒険者と競合したときは競合相手を脅したり、斬りかかったりする凶暴な印象があったので、意外とすんなり受け入れたことに僕は違和感を覚えた。
今からゲイリー達と戦闘になることも考慮して風魔剣を構えていたので、拍子抜けである。
「じゃあ、そんなお前らに一つ情報をやろう」
「……情報?」
僕はゲイリーの顔を怪訝な表情で見つめる。
ゲイリーが一体僕らに何の情報をくれるというのだろうか。
ゲイリーと僕らは依頼が競合しているため、いわば敵同士。
どちらが先に珍獣を捕獲できるか争っている中で、敵に情報を渡すというのは普通に考えたらありえない。
「コット。
お前、大樹海の中央付近にある『白麗の泉』を知ってるか?」
「ええ、もちろん」
白麗の泉とは大樹海中央付近にある大きな泉で、水がなぜか白く染まっていることで有名だ。
実際に見たのは二回だけだが、雪のように真っ白で驚いた記憶がある。
「これは俺が事前に近くの村で仕入れた情報だが、例の白い鹿はこの辺では
で、聞いた話によると、大白鹿は白麗の泉に貯まる白い水をよく飲みに来るって話だぜ。
白麗の泉に行けば、例の白い鹿に会えるかもしれないな」
驚いた。
まさか、ゲイリーが珍獣の居場所を特定させるような情報を僕たちに渡してくれるとは。
巨大鹿の名前すら知らなかった僕たちにとっては、非常に貴重な情報である。
いや、だが油断は禁物だ。
この情報はフェイクの可能性もある。
「……なぜ、そんな貴重な情報を僕たちに教えてくれたんですか?」
僕が訝しむ視線をゲイリーに送ると、ゲイリーは「はんっ」と鼻で笑った。
「別に?
俺らだけ情報を持っているというのもフェアじゃないと思ってな。
そこの姉ちゃんは新米冒険者みたいだし、情けをかけてやろうと思って教えてやっただけだ。
俺に感謝するんだな」
そう言ってけたけた笑うゲイリー。
僕には、ゲイリーがどこまで本気で言っているのか分からない。
「……情報ありがとうございます」
正直、僕はゲイリーの情報を疑っている。
だが、ひとまず僕は形式的に感謝の言葉を伝えて礼をした。
「おう、それじゃあな。
精々珍獣捕獲に
ゲイリーは不気味な薄ら笑いを浮かべながら、仲間と共に去って行った。
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