第十七話「コットの料理」

 大樹海に入ってからかなり時間が経ち、森の中は暗くなってきた。

 ハンナの神聖術で周囲に明かりを灯してもらっているが、それでも少し先は真っ暗だ。


 昼からずっと森の中を歩いていたが、結局鹿の一匹すら見つからなかった。

 その代わり、何度かモンスターと遭遇した。

 その度に戦闘になり、後ろで怯えるハンナを守ってきた。


 そんなことがあったからか、後ろを歩くハンナの足取りは重かった。

 表情はかなり疲れ切っていて、いまにも倒れてしまいそうだ。

 そろそろ限界か。


 僕は立ち止まって、後ろを振り返る。


「ハンナ。

 暗くなって来たし、今日の探索はここでおしまいにしようか」


 そう言うと、ハンナの顔に生気が戻った。


「帰るのね!」


 嬉しそうにするハンナ。

 だが、どうやら勘違いしているようだ。


「いいや、帰らないよ。

 今日はここで野営だ」

「え……」


 嬉しそうな顔から一変して絶望的な表情に変わるハンナ。

 それほど帰りたかったのだろう。


 だが冒険者に野営は付き物。

 今回のような捕獲依頼では、捕獲対象がどのタイミングで現れるか分からないから、朝から晩まで森を見張っている必要がある。

 捕獲するタイミングを逃さないためにも今日は森で一夜を過ごす。


 他の依頼でも野営を強いられることはよくあるので、ハンナには今のうちに慣れてもらいたい。

 それこそハンナを大樹海に連れてきた理由の一つでもあるのだ。


「そんな嫌な顔しないで、ハンナ。

 今から美味しい料理を作るからさ」


 言いながら、僕は魔法鞄に片手を入れる。

 そして必要な物を順番に取り出していく。

 木の枝と葉っぱに、火をおこすために使う火打石、それから鍋に調味料に食器、座る用の椅子と料理を置く用の机と調理台も出して……。


「その鞄。

 本当にいくらでも物が入るんだね。

 しかも、そんな大きな物まで……」

 

 どんどん魔法鞄から取り出しては地面にぽんぽん物を置いていく僕の動きを見て、目を丸くするハンナ。


 まあ、こんな小さな鞄からこんなにたくさんの物が出てきたら不思議に思うのも無理はない。

 傍から見たら異様な光景であることに違いない。

 

 椅子やテーブルのような大きい物まで取り出せるのは、実は鞄の取り出し口の布の部分にも魔法が掛かっていて、取り出す物に合わせて取り出しやすいように取り出し口が勝手に広がる仕様になっているのである。

 さらに、取り出しているときは物の重さを感じないから、大きな物でも簡単に取り出せる。

 おそらく空間魔法以外にも重力魔法などの別の魔法がこの鞄にはかかっているのだろう。

 本当に便利な魔法鞄で助かっている。


「ちなみに、今日の晩御飯はさっき捕獲した一角猪だよ」


 僕はハンナに見せびらかすようにして、魔法鞄から捕獲した一角猪を引っぱり出す。

 たとえ僕の二倍くらいは体長がある巨大猪でも、魔法鞄なら簡単に出し入れできる。

 魔法鞄から地面に転がり落ちた一角猪は、地面の上で目をつむり動かない。

 息はしているが、気絶している状態である。


 この一角猪は、先ほど探索中に遭遇して捕獲したばかりの獣だ。

 麻酔矢を使って捕獲したので気絶状態なのである。

 わざわざ麻酔矢を使って捕獲したのは鮮度を保つため。

 一角猪の肉は美味しいので、最初に見たときから今日の晩御飯にしようと思っていた。


「えー……。

 猪を食べるの……?」


 一角猪の額に生える大きな角を見下ろしながら、怪訝な表情をするハンナ。

 どうやらハンナは猪を食べたことがないらしい。


「まあ、椅子に座って待っててよ。

 僕が美味しく調理するからさ」


 ハンナも疲れているだろうし、美味しい料理を作ってあげなくちゃ。

 そんなことを考えながら、僕はてきぱきと準備を進める。


 火打石で木に火種を作り、焚火を作る。

 その上に、魔法鞄から取り出した釜戸を設置。

 あとは釜戸の中に具材を入れて調理するだけだ。

 

 次に、地面に寝転がっている一角猪に近づき、いつも使っているモンスター解体用の魔包丁を魔法鞄から取り出す。

 この魔包丁は、サビを防止する魔法と切れ味を上げる魔法がかかっている魔道具だ。

 刃に指が触れれば簡単に骨ごと斬れてしまうので使うときは細心の注意が必要である。


 僕は魔包丁の刃に気を付けつつ、一角猪の解体に入る。

 まずは猪の血抜きをするために、猪の首の付け根にある頸動脈を魔包丁で刺す。

 血を抜かないと猪の肉の臭みが取れないので、しっかり血が抜けるまで待つ。

 普通なら、この血抜きの段階で一角猪が暴れたりするのだが、麻酔が効いているようで特に暴れることもなく息を引き取った。


 血が完全に抜けたら、まずは猪の皮を魔包丁で剥いでいく。

 一角猪の皮は素材として使えるので、剥いて魔法鞄の中に入れて保存しておく。

 切れ味の上がったこの魔包丁なら、分厚い一角猪の毛皮も簡単に剥ぎ取れるのでそれほど時間もかからない。


 毛皮を剥いだら、心臓や内臓や肺、それから額の大きな角なども摘出する。

 こういった臓器や角などはマニアの間で売れたりするし、たまにギルドに採集依頼がくるときもあるのでストックしておく。

 魔法鞄の中に、一角猪の臓物や角を突っ込む。


 そしていよいよ、肉の解体作業だ。

 骨を摘出しながら上手く肉を解体していく。

 本来であればかなり時間がかかる作業ではあるのだが、モンスターの解体はブラックポイズン時代に何度もやってきて慣れているので、大して時間もかからない。

 素早く一角猪の骨を肉の中から抜いていく。


 解体が終わると、調理台の上に赤身のかかった鮮度の高い猪の肉が並ぶ。

 これらを一口サイズに素早く切り、鍋の中に放り込む。

 さらに、魔法鞄から水と野菜を取り出し、どんどん鍋の中に放り込んでいく。

 調味料なども加えつつ、最後にぺトンの実をすりつぶして入れて甘味を乗せる。


 ここまでできれば、あとはぐつぐつ煮込むだけ。

 鍋に蓋をして煮込んでいると、段々といい匂いが漂ってくる。

 頃合いを見て、木製のおわんに鍋の中身をよそっていく。


「よし、できた!」


 一角猪の肉入りスープの完成である。

 僕は、匂いにつられてよだれを垂らすハンナのところへと料理を持っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る