第十二話「来客」

「崇高なる慈愛の神、ベアルージュ様。

 どうか、かの者に癒しと安らぎをお与えください。

 《治癒ヒール》!」


 ハンナが唱えると、骨を折ったという兵士のお兄さんの脚が光った。

 すると先ほどまで右脚を痛そうに引きずっていたお兄さんが、おもむろに立ち上がる。


「おお! 立てる!

 一昨日、脚の骨を折ったばかりなのに!

 すごいな、姉ちゃん!!」


 立っていることに驚き、自分の脚を興奮しながら動かすお兄さん。

 その様子を見てハンナはふふふと笑う。


「お怪我が治ってよかったです。

 また怪我をしたらホワイトワークスに来てくださいね」

「ああ、そうするよ。

 ほら、約束の銀貨一枚だ」

「ありがとうございます」


 お兄さんは、ハンナに報酬の銀貨一枚を渡して意気揚々と去って行った。

 そして、ギルドの中は僕とハンナだけになる。 


 ハンナは、ものの一時間ほどでギルドに治療依頼をしに来たお客さん全員の治療を終えた。

 計六十八名もの患者が来ていたので、一時間で六十八枚もの銀貨を稼いでしまった。

 普通の人が五年は遊んで暮らせるくらいのお金を一時間で稼ぐとは、ベアルージュ教の神聖術は本当にぼろ儲けな術である。

 とはいえ、この術を習得するためにハンナも尋常ならざる修行を積んできたのだろうが。


「ハンナお疲れ様。

 はい、約束の朝ご飯だよ」


 僕はハンナが治療している間に作ったベーコンエッグサンドとシーザーサラダを丸机の上に置く。


「わー!

 美味しそう!」


 ハンナはすぐにベーコンエッグサンドを手に取ってもぐもぐと食べ始めた。

 僕もハンナの隣に座って、ハンナと食事を共にする。


「ハンナにばっかり仕事を任せちゃってごめんね。

 本当は僕も仕事をしたいんだけど、神聖術なんて高位な技は使えないから治療依頼はちょっとね……」


 治療依頼に関しては皆ハンナの神聖術を目当てに来ているわけだから僕にできることなど無いのだが、ギルドマスターの僕が何もしないでいるというのはなんだか居心地が悪い。

 そう思って謝ったのだが、ハンナはぶんぶんと首を横に振った。


「そんなことないよ!

 コットがギルドを作ってくれたから私はここで働けてるわけだし!

 それを言ったら、私だって冒険者経験はないから今はこれくらいしか役に立てないしさ。

 治療依頼は私に任せてよ!」


 そう言って胸を張るハンナ。

 正直ハンナにばかり仕事をやらせてしまって後ろめたさを感じていたが、そう言ってもらえるならありがたい。


 とはいえ、いつまでも僕が仕事をしないわけにはいかない。

 ハンナだけ働かせてギルドマスターの僕が働かないのでは、ボルディアとやっていることが同じである。

 僕もホワイトワークスのギルドマスターとして早く仕事を探して働かなければ。



 カランカラン。



 朝食を食べながら仕事探しについて考えていると、入口の扉に付いている鈴が鳴った。

 鈴が鳴ったということは、誰かが入口の扉を開けた証拠である。

 僕とハンナが同時に入口の方に目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。


「朝食の最中でしたか。

 お食事中に失礼しますわね」


 ゆっくりと僕のところに歩いてくる少女。

 少女は高級生地でできた豪華な服を身にまとい、優雅に歩くその立ち振る舞いには洗練されたエレガントさがある。

 その上、少女の後ろには明らかに訓練を積んだ経験豊富そうな執事が付き添っており、その少女が身分の高い人物であることはすぐに分かった。

 そして僕はその少女の顔を見た瞬間、食べていたベーコンエッグサンドを口から放り出して立ち上がる。


「モティスお嬢様!?」


 僕は驚きのあまり裏返ってしまった声で、その少女の名を叫んだ。


 少女の名前はモティス・アンドレア。

 アンドレア家の次女である。


 ちなみに、アンドレア家というのはビーク王国有数の貴族家だ。

 爵位しゃくい侯爵こうしゃくであり、ビーク王国で二番目に位が高い貴族家ということになっている。

 

 それほど位の高い貴族家の御令嬢を孤児院上がりの僕がなぜ知っているかというと、このモティスお嬢様はブラックポイズンのお得意様であったからだ。

 

 丁度三年ほど前からモティスお嬢様はブラックポイズンにとある依頼をするようになった。

 なんの依頼かというと、珍獣の捕獲依頼である。


 実はモティスお嬢様は動物、それも大型の獣が相当お好きのようで、珍しい獣の噂を聞くたびに捕獲するようブラックポイズンに依頼をしに来ていた。

 獣を飼うための広大な土地を所有しており、そこに珍獣を捕まえて連れてこいといった依頼だった。

 ブラックポイズンとしてもアンドレア家と良好な関係を保つためにモティスお嬢様の依頼を是非とも受けたかったのだが、一つ大きな問題があった。

 それはお嬢様が小耳にはさんだ程度の噂だけで捕獲依頼をしにくるものだから、本当にその珍獣が存在するのかどうかすら怪しいという点だった。


 本当にいるのかも分からない珍獣を探しに行って見つからなかった場合、珍獣を探すためにかかった時間とお金が無駄になる。

 モティスお嬢様の依頼だから当然報酬金もかなりの額が支払われるのだが、それは珍獣を捕獲できればの話。

 存在するかも怪しい珍獣を探しに行って時間を無駄にするくらいなら、確実にお金が入る別の依頼を数こなしたほうが割が良いと判断したブラックポイズンの冒険者たちは、誰もモティスお嬢様の依頼を受けなかったのである。


 冒険者がモティスお嬢様の依頼を受けない状況を知ったボルディアは、ひとまず僕に珍獣探しをやらせることにした。

 ギルドマスターは自由契約の冒険者に強制的に指定の依頼を受けさせることはできないが、雇用契約されているギルド職員であれば上司命令で強制させることができるからボルディアは僕に命令したのである。

 「珍獣見つけるまで帰ってくるんじゃねーぞ!」と罵声を浴びながらギルドを放り出されたのを今でもよく覚えている。


 モティスお嬢様の顔を見ると、当時の記憶が頭によぎる。

 そして、そんな僕を真っすぐ見つめるモティスお嬢様。


「久しぶりですわね、コットさん。

 あなたに珍獣捕獲の依頼をしに来ましたの」

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