第十三話「お嬢様の依頼①」

「……へ?」


 僕は思わず聞き返してしまった。

 まさか、モティスお嬢様から僕に指名依頼が来るとは思っていなかったからだ。


 そもそも僕はモティスお嬢様と直接話したことはほとんどない。

 ブラックポイズン時代に何度かモティスお嬢様の依頼を受けたが、基本的に捕まえた珍獣を引き渡すときしかモティスお嬢様と会う機会は無かった。

 引き渡す際もモティスお嬢様と会話らしい会話は一切しておらず、別れ際に一言軽いお礼を言われたくらいだ。

 まさかモティスお嬢様が僕の名前を把握しているとは思っていなかったのである。


「コットさんはこのホワイトワークスというギルドでギルドマスターをしているのでしょう?

 ですので、珍獣捕獲の依頼をしに来ましたの。

 引き受けていただけるかしら?」


 僕が聞き返すと、モティスお嬢様は僕の目の前まで歩き寄ってきて再び珍獣捕獲の依頼を僕にする。

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。


「え、ええと。

 なぜ僕に依頼をしに来たのでしょうか……?」


 モティスお嬢様は、ブラックポイズンのお得意様だ。

 それなのになぜ、わざわざこんな東区の辺境にあるギルドまで足を運び、僕に指名依頼をしに来たのだろうか。


 するとモティスお嬢様は目を見開き、僕の両手を取った。


「それはもちろん、コットさん!

 あなたの腕前が素晴らしいからですわ!!」


 僕はモティスお嬢様の勢いに圧倒される。

 しかし、あまり言っている意味は分からなかった。


 僕の腕前が素晴らしい……?

 ブラックポイズンで働いていたときは確かにモティスお嬢様の依頼を受けて珍獣を捕獲したりもしていたが、珍獣が見つからなくて失敗することも度々あった。

 まあ僕は冒険者ではなくただのギルド職員だったから仕方ないのだが、そんなお粗末な仕事をしていた僕がモティスお嬢様に褒められる理由がよく分からない。


「高く評価しすぎですよ、モティスお嬢様。

 僕なんて所詮、ただの元ギルド職員ですので……」


 僕が苦笑いしながらそう言うと、モティスお嬢様は僕の両手を強く握りしめて口を開く。


「そんなことありませんわ!

 コットさんの腕前は本当に素晴らしいとずっと思っておりました!

 だってコットさんが捕獲した獣たちは皆、全く傷がついていないんですもの!!」


 僕の目を真っすぐに見て熱弁するモティスお嬢様。

 その言葉には僕も心を打たれた。


 確かに僕は、捕獲対象の珍獣を傷つけないように捕獲することは意識していた。

 それはモティスお嬢様が捕まえた珍獣を家の敷地内で飼うと聞かされていたからだ。

 依頼内容にはそんな指示は一切なかったのだが、珍獣を飼うというならそれはもうペットのようなものだし傷つけない方がいいだろうと思い、珍獣を無傷で捕まえる方法を自分なりに考えたりもしたのである。


 しかしまさか、モティスお嬢様が僕の陰ながらやってきた小さな努力に気づいていたとは。

 仕事について褒められるなんて久しぶりだったので、なんだか嬉しくなる。

 

 努力していれば見てくれている人はいるものだなあ。

 感慨に浸りながらモティスお嬢様と見つめ合っていると、隣に座っていたハンナがすっと右手を上げた。

 そして、物凄い勢いで丸机の上に右手を振り下ろす。



 バンッッッッッ!!!!



 ハンナが丸机を思いっきり叩いたのでギルド内に大きな音が響き渡り、僕とモティスお嬢様はビクリと身体を震わせる。


「あなたねえ!

 コットの知り合いみたいですけど、いつまでコットの手を握っているつもりですか!

 あなたはコットのなんなんですか!?」


 ハンナはモティスお嬢様を指さしながら大声で叫んだ。

 ハンナの顔は明らかにモティスお嬢様を睨んでいて、客人にとる態度ではない。


 というか、こんなに声を荒げるハンナを初めて見た。

 まさかハンナが急にそんな失礼な態度を取るとは思わず、呆気にとられる僕。

 すると、モティスお嬢様が顔色一つ変えずに僕の両手を手放す。


「あら、失礼しましたコットさん。

 わたくしったら夢中になってしまいまして」


 モティスお嬢様は軽い謝罪をした。

 それを聞いて、僕は鳥肌が立つ。

 

 まずい。

 先にモティスお嬢様に謝らせてしまった。

 貴族の、それもアンドレア家の御令嬢に謝罪をさせるなんて大変なことだ。

 それにモティスお嬢様は謝ってくれたが、悪いのは完全にこちら側である。

 とにかく、こちらも謝罪をしなければ。


「いえいえいえ!

 こちらこそ、うちの冒険者が失礼をいたしました!

 ほら、ハンナもモティスお嬢様に謝って!」


 僕は慌ててモティスお嬢様に頭を下げ、ハンナにも謝罪を促す。

 しかし、ハンナは腕を組んだまま頭を下げない。


「ふんっ!」


 機嫌が悪そうにそっぽを向くハンナ。


 おいおい、嘘だろ。

 侯爵家の御令嬢にその態度はまずいだろう。

 

 なぜ急にハンナがモティスお嬢様に無礼な態度を取っているのか分からない。

 先ほどからモティスお嬢様の後ろにいる執事の視線から殺気を感じるので、あまりモティスお嬢様に失礼なことをしないでほしいのだが……。


「いいんです、コットさん。

 それほどコットさんが魅力的だということですわ。

 それに、わたくし品のない方・・・・・を相手にはしませんので、気にしませんわ」

「なっ!?」


 椅子に座ってそっぽを向いていたハンナが、モティスお嬢様の言葉に反応して立ち上がる。

 モティスお嬢様のさらっと言った嫌味が、ハンナには効いたようだ。

 そんなハンナを見えていないかのように無視をして、僕を真っすぐに見るモティスお嬢様。


「コットさん。

 お話の続きをしましょうか。

 そろそろ、わたくしも椅子に座りたいですわ」

「え? あ、はい」

 

 ハンナは悔しそうにモティスお嬢様を見つめる。

 僕はハンナのことをちらりと見るが、声はかけない。

 先ほどの件は、完全にハンナに非があるからだ。

 何を思ってあんなことをしたのかは分からないが、しっかり反省してほしい。


「じゃあそちらの席にお座りください。

 依頼について詳しくお伺いしますので」


 僕はモティスお嬢様を丸机の対面の席に案内した。

 

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