第九話「ブラックポイズンの冒険者」

「ありがとねぇ、ハンナちゃん。

 はい、約束の銀貨一枚」


 本日最後の依頼人である白髪頭のおばあちゃんが、しわくちゃの顔でにっこりと笑いながらハンナを見上げて銀貨を一枚差し出す。


「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました!

 また腰が痛くなったら、ホワイトワークスまで来てくださいね!」


 おばあちゃんの笑顔に呼応するようにハンナもニコリと笑い、おばあちゃんから手渡された銀貨を両手で受けとりながらお辞儀をする。

 おばあちゃんはうんうんと頷くと、最初に会ったときよりも軽い足取りで去って行った。


「お疲れ様。

 ハンナのおかげで、今日は銀貨七枚も稼げちゃったよ。

 ありがとう、ハンナ」


 銀貨一枚でハンナの神聖術が受けられると噴水周りで声掛けをしたら患者が殺到し、なんと七人もの住民が治療依頼をしてきたのである。

 それによって銀貨七枚という大金を稼げたうえに、ホワイトワークスという僕が作った新しいギルドの名前を東区の住民に知ってもらえることができた。

 ここまで上手くいったのも全て神聖術を持つハンナが僕のギルドに入ってくれたおかげであるため、ハンナには感謝しかない。

 

「コットが私に感謝なんてしなくていいのに。

 だって私はただ困っている人を助けただけだもん。

 はいこれ、今もらった銀貨だよ」


 僕はハンナから手渡された銀貨を受け取ると、そのまま小さな麻袋の中に入れる。


「この貰ったお金は、あとで計算してハンナの取り分を返すね。

 うちのギルドは、ギルド三割、冒険者七割の取り分でやっていこうと思ってるからさ」


 取り分というのは依頼料の取り分のことだ。

 基本的に冒険者ギルドというのは、依頼主から受け渡される報酬金のうちの何割かをギルドのお金として頂いた上で、残りのお金を受注した冒険者の報酬金にする。

 

 ちなみに僕が元々働いていたブラックポイズンではギルド七割、冒険者三割の取り分だった。

 明らかに冒険者に不利な取り分だったが、ブラックポイズンは大きなギルドなのでたくさんの依頼があったし、取り分に関して不満を漏らす者にはボルディアが圧力をかけていたのでさほど問題にはならなかった。

 

 だが、僕は当時からこの取り分の設定には疑問を抱いていた。

 ギルドのお金勘定も任されたから知っているのだが、依頼料の三割貰えればギルドの運営は満足にできる。

 それなのに大抵のギルドがギルドの取り分を三割以上に設定している理由は、ギルドマスターやギルド職員が私腹を肥やそうとしていることに他ならない。


 僕はギルドの取り分を高く設定するのは良くないと思っている。

 むしろ冒険者の取り分を上げた方が冒険者の脱退率が下がったり、冒険者のやる気が上がったりするからいいのではないかと昔から思っていた。

 そこで今回ギルド三割、冒険者七割と決めたのである。


 ブラックポイズンは論外としても、他のギルドでもここまで冒険者を優遇するギルドは少ない。

 大体どこもギルド五割、冒険者五割の半々のシステムをとっていたりする。

 そういった意味では、うちのギルドが給料面でいえば一番ホワイトギルドかもしれないな。


 それなのに、ハンナはこれに不満気な表情をした。


「えー。

 全部ギルドのお金にしちゃってもいいよ?

 私、教会からお金もらってるからお金いらないし」


 やはりベアルージュ教会からお金を貰っていたのか。

 ハンナの毎日の食事代や泊まる宿代はどうしているのかと少し気になっていたが、教会からお金を貰っていると言われれば納得である。

 ベアルージュ教会は世界で一番権威がある宗教団体であるだけに、お金もかなり蓄えているはずだ。

 おそらくかなりの額を支給されているのだろう。


「しっかりお金はもらってよ、ハンナ。

 依頼料は仕事の対価なんだからさ。

 それにこれはハンナがホワイトワークスの冒険者として働いた証でもあるんだよ?」


 ハンナはうーんと唸った。

 少し悩んでいる様子だ。


「……まあ、コットがそう言うならお金はもらっておこうかな」

「うん、それがいいよ」


 お金関係は揉める要因にもなるので、最初の取り決めが肝心だ。

 ハンナにお金を受け取ることを納得してもらえてよかった。


「よし。

 じゃあそろそろ良い時間だし、一旦ギルドに戻ろうか!」

「そうね!」


 気づけば日は落ちかけていて、空は橙色に染まっていた。

 たくさんいた街の通行人も晩御飯を食べに帰ってしまったようで、人通りも少ない。

 人がいなければ宣伝効果も薄いのでお開きである。


 僕とハンナはギルドへの帰り道を並んで歩き始める。

 看板を落とさないようにしっかり抱えながら歩いていると、誰かが道の真ん中に立って僕らの進行を妨げていることに気付いた。


「よう、コット。

 ブラックポイズンを辞めた分際で、こんなところで女連れて金稼ぎとはいいご身分じゃねえか」


 声をかけてきたのは見知った男だった。

 大きく膨れ上がった筋肉を見せびらかすように薄手の軽装鎧を着て、巨大な大剣を背中に背負ったモヒカン頭で強面の男。


「ゲイリーさんですか……」


 男の名前は、ゲイリー・バック。

 ブラックポイズンのB級冒険者だ。


 ここでいう「B級」というのは冒険者ライセンスのランクのこと。

 一年に一回冒険者ギルド協会主催の冒険者ライセンス昇級試験がどこかの国で開催されるのだが、ゲイリーはそこでB級のランクに認定されたということだ。

 ランクは下からD級・C級・B級・A級・S級と五段階あるが、ほとんどの冒険者はD級かC級止まりなので、ゲイリーはそれなりに腕がある冒険者ということになる。


 ただ、ゲイリーは性格や思想に問題があった。

 例のライズ王国にブラックポイズンの冒険者が出禁にされた件で、ゲイリーはライズ王国の冒険者を殺害したパーティーに参加していた。

 他にも各所で数々のトラブルを起こしていて、そのたびに僕が尻拭いをさせられてきた。

 正直、もう会いたくない男であった。


「さっきの活動見てたぞ。

 お前が新しいギルドを作ったって噂は聞いていたが、やってることはどこで捕まえたのか知らないベアルージュ教の姉ちゃん使って、住民の怪我治して金集めてるだけじゃねーか。

 怪我を治すだけなら冒険者ギルドなんて辞めて診療所でも開いたらどうだ?」


 薄ら笑いを浮かべながら馬鹿にするように僕を煽るゲイリー。

 だが僕も何年もブラックポイズンで働いていた経験があるだけに、こうした煽り言葉には慣れていた。


「治癒依頼も立派な冒険者の仕事です。

 それに今日は初日だからこれしか仕事をしていませんが、徐々に仕事の種類や人員も増やしていく予定です。

 ゲイリーさんに心配されるまでもないですよ」


 「ちっ」と舌打ちを鳴らすゲイリー。

 煽りに慣れている僕を煽っても仕方ないと思ったようで、今度は僕の隣にいるハンナの方に近づいた。


「よう姉ちゃん、可愛いね。

 ベアルージュ教のシスターなんだってな。

 それだったらコットなんかのギルドじゃなくて、ブラックポイズンに入ったらどうだ?

 ブラックポイズンなら給料はもっと貰えるし、もっと大きな仕事ができるぞ。

 なんなら俺は今日からパーティーで西の大樹海の珍獣を捕まえに行く予定なんだけど、一緒に来ないか?

 丁度、神聖術を使える仲間が欲しかったんだ。

 ほら、あそこに見えるのが俺のパーティー」


 そう言って、後ろを指さすゲイリー。

 後方にはゲイリーが戻ってくるのを待っている者たちがいた。

 全員ブラックポイズンのメンバーで、見たことがある顔ぶれである。


 どうやら、ゲイリーはこれから西の大樹海に仕事をしに出発するところのようだ。

 そんなときに街でベアルージュ教のシスターを見つけたものだから、回復要員としてハンナをスカウトしにここで待っていたというところか。 


 これは、明らかな引き抜き行為である。

 本当であれば僕が間に立ってお断りしたいところだが、ゲイリーの言う「ブラックポイズンなら給料はもっと貰える」という言葉と「もっと大きな仕事ができる」という言葉に間違いはないので反論しにくい。

 むしろハンナのことを考えるのであれば、ブラックポイズンに入った方がハンナのためなのではないかとすら思ってしまう。


 僕は無言で隣に立つハンナの方をチラリと見る。

 するとハンナが僕の腕に手を回してくっついてきたので、僕は驚いた。


「私はホワイトワークスの冒険者です!

 ブラックポイズンのようなブラックギルドには絶対に入りませんから!

 なので、あなたのパーティーにも参加できません!

 お引き取りください!」

「なっ……!」


 きっぱりとゲイリーの誘いを断るハンナに破顔するゲイリー。

 そして顔を真っ赤にしたゲイリーは悔しそうに「ちっ」と再び舌打ちをして僕たちを睨む。


「そんなに泥船に乗りたければ乗ってればいいさ!

 お前らのギルドなんて、あと一月もすれば潰れちまうだろうけどなあ!」


 ゲイリーは捨て台詞を吐くと、くるりと身をひるがえして後方の仲間の元へと歩き去ってしまった。

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