第八話「治療費」
男の子の膝の傷は、怪我した跡すら見つからないほど綺麗に治っていた。
先ほど見たときは擦りむいて血を流していたのに、今は一滴も血が見当たらない。
どうやらハンナが神聖術を使って男の子の傷を治療したようだ。
流石、ベアルージュ教のシスターである。
「あ、ありがとう……!
もしかして、あんたはベアルージュ教の神職者の方かい?」
男の子のお母さんはハンナにお礼をすると同時に、驚愕した表情でハンナに聞いた。
お母さんの反応は無理もない。
そもそもベアルージュ教の神職者は母数が少ないので、聖ベアルージュ教国か大きな冒険者ギルドや王立診療所にでも足を運ばない限り、こんな地方の一般市民が出会える可能性はかなり低い。
おそらくこのお母さんもベアルージュ教の神職者に出会うのは初めてで、その上神聖術なんていう神業的な術を目にしたので驚いているのだろう。
「はい!
私はベアルージュ教のシスターで、現在は冒険者ギルド『ホワイトワークス』の冒険者をやっています!
ハンナ・ローランドです!
どうぞ、よろしくお願いします!」
ぺこりと礼をするハンナ。
僕と同じ孤児院上がりのハンナであるが、教会で鍛えられたのかハキハキと礼儀正しく自己紹介ができていて客観的に見ても好印象である。
僕と話しているときの口調とはえらい違いだが、これがハンナの外行き用の話し方なのだろう。
「……ホワイトワークス?
聞いたことがない名前だねえ」
お母さんはそう言って首をかしげる。
するとハンナは急に後ろにいた僕の方を振り返り、目線で合図を送ってきた。
どうやら僕の出番らしい。
僕は一つ咳払いをしてから、ホワイトワークスの看板を持ってお母さんの元に近づく。
「どうもこんにちは。
僕はホワイトワークスのギルドマスター、コットと申します。
実はホワイトワークスは今日できたばかりの新しい冒険者ギルドでして。
東区の街はずれに事務所がありますので、何か冒険者ギルドに依頼したいことがあれば是非うちにお願いします」
そんな僕の挨拶を聞いて、お母さんはポカンとしていた。
「あんたがギルドマスターかい。
若いのにしっかりしてるねえ」
若いのにしっかりしてる、か。
正直、僕はこの十年間働きづめであまり同世代の人と触れあったことがないから、自分が同世代と比べてどれくらいしっかりしている方なのかは分からない。
だが、ブラックポイズンで働いたことで営業トークが上手くなったことは確かだろう。
今のような自分のギルドを宣伝するトークなんて何度も仕事でやってきたことだから慣れているのだ。
すると、急にお母さんは不安そうな顔をする。
「ところで、うちの息子の怪我をそこのシスターさんに治してもらったわけだけど、お金はいくらかかるんだい?
ベアルージュ教の神職者様に払えるほどのお金をあたしは持ってないよ」
どうやらお母さんはお金の心配をしているようだ。
まあ、心配になるのも当然だろう。
本来、ベアルージュ教の神職者に神聖術で治療してもらうとなれば、金貨一枚は必要になってくる。
しかし、金貨一枚というのは一般市民が十年働いてようやく手にすることができるほどの大金であり、一回の治療で払うには大きすぎる金額なのである。
ましてや、僕の元職場であるブラックポイズンなんかでは一回の治療依頼で金貨三枚は取っていた。
あれは明らかなぼったくりではあったが、そういった相場を知っているからこそお母さんは心配しているのだろう。
「安心してください。
そこの男の子を治療したハンナの神聖術に関しては、ハンナが勝手にやったことなのでお金は取りません」
「本当かい?
それはよかったよ……」
お母さんは安心したようだが、僕にとっては当たり前の話だった。
勝手に治療してお金を請求するなんて、もはや押し売りである。
ブラックポイズンであればやりそうなことではあるが、うちのギルドはホワイトギルドを目指しているからそんなことは絶対にしない。
「ちなみに、ホワイトワークスではハンナの神聖術による治療依頼は一回銀貨一枚に設定しますので、もし息子さんが大きな怪我や病気を患ったら是非うちを頼ってください」
「銀貨一枚だって!?
金貨一枚ではなく、銀貨一枚なのかい!?」
お母さんは食い気味に反応してきた。
神聖術での治療は一回金貨一枚が相場だから、一回銀貨一枚で済むことにお母さんは驚いているようだ。
「ええ、そうです。
それでもいいだろう、ハンナ?」
ハンナはコクリとうなずく。
「私はいくらでもいいけど、コットがそう決めたならそれでいいよ」
それならハンナの許可ももらえたということで、これからはうちのギルドへの神聖術による治療依頼は一回銀貨一枚にさせてもらおう。
実は前々から、神聖術の治療依頼にかかる費用が高すぎるなとは思っていたのだ。
ブラックポイズンの金貨三枚は論外であるが、他のギルドや診療所でも総じて金貨一枚は最低かかる。
そんな大金を一般市民が簡単に払えるはずがないから、基本的に神聖術の治療は貴族や王族しか受けることができなくなっているのが現状だ。
しかし、それでは多くの人を救えない。
世の中には神聖術の治療を受けられなくて亡くなる市民も多くいるというのに、治療一回で金貨一枚という設定金額はあまりにも暴利である。
僕は貴族や王族だけでなく、一般市民も救いたいと思うからこそ設定金額を下げたのだ。
銀貨一枚といえば一般市民の一月分の給料くらいであり、市民からしたらまだまだ高いが払えない金額でもないだろう。
むしろ神聖術という神業的術をこの値段で受けることができるのだから、丁度いい設定なのではないだろうか。
ホワイトギルドを目指すなら多くの人を救えるギルドになるべきだし、これくらいはしていかないとな。
なんて考えていると、急に周りがざわざわしだしたことに気づいた。
周りを見てみると、いつの間にか通行人が野次馬のように集まって僕らを見ながら何か
「おい、あの女の子ベアルージュ教のシスターらしいぞ」
「銀貨一枚で治療してくれるってまじかよ」
「ホワイトワークスってギルドらしいぞ。知ってるか?」
「いや、知らないなあ。
でもベアルージュ教のシスターがいるなら、すごいギルドなんだろう」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
そして、ハンナもその声に気づいたようだ。
ハンナはニコリと笑うと、僕らを囲む通行人の方を向いて口を開いた。
「みなさんこんにちは!
ベアルージュ教のシスターで今は冒険者ギルド『ホワイトワークス』で冒険者をやっているハンナ・ローランドです!
もし怪我している人がいれば銀貨一枚で治します!
私の神聖術を受けたい方は、是非ホワイトワークスに依頼してくださいね!」
そう言ってペコリと頭を下げるハンナ。
ギルドの名前と受注できる仕事を端的に伝えた完璧な営業トークである。
一体どこで覚えたのか分からないが、営業スマイルとウインクを使いこなしたハンナに僕までやられてしまいそうだ。
すると、野次馬の中から何人か前に出てきた。
「脚の骨を折ってるんだ!
銀貨一枚なら払うから治してくれ!」
「僕も、先週前歯を折っちゃったんです!
シスターさん、治してください!」
「私はここ半年ずっと咳が止まらないの!
病気かもしれないから見てもらえないかしら!
ゴホッゴホッ!」
「お、俺は、ハンナちゃんと話したい……」
続々と現れる患者を見て、ハンナは笑顔で手を上げた。
「じゃあみなさん、私の前に順番に並んでくださーい!」
ハンナの指示に従い、住民達はハンナの前に一列に並び始めた。
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