第五話「ハンナの提案」

 まさかハンナから「私もブラックポイズンに入れて」なんて言われるとは思ってもいなかった。

 幼馴染があんなブラックギルドに入りたいと言っていることに驚きを隠せない。


 だが、よく考えてみればハンナが冒険者ギルドに入りたがるのは至極真っ当だ。

 なぜならベアルージュ教の神職者は、二十歳になると外の世界でたくさんの人々を救うという使命を与えられるからである。


 ハンナは僕と同い年だから今二十歳のはず。

 二十歳になり、使命のために聖ベアルージュ教国を出なければならなくなったので、故郷のビーク王国に戻ってきたのだろう。

 そして、その使命を守るために冒険者になろうとしているわけだ。


 実際、たくさんの人々を救うのに冒険者という職業はうってつけである。

 冒険者は日々ギルドに依頼される仕事をこなすことで多くの人を救うことができるのだ。

 そのため冒険者になるベアルージュ教の神職者も一定数いるので、ハンナもそれを知ってか冒険者になろうとしているのだろう。

 

 冒険者になりたいハンナがビーク王国で一番大きな冒険者ギルドであるブラックポイズンに入りたいと思うのは自然の流れだ。

 ただ、ブラックポイズンがブラックギルドであることは知らないようである。


「ごめん、ハンナ。

 君をブラックポイズンに入れることはできないかな……」


 ハンナは僕が断るとは夢にも思ってもいなかったようで、ショックを受けた顔で僕を見る。


「な、なんで?

 私は冒険者に向いてないのかなあ?」


 泣きそうなハンナの顔を見ると、胸が締め付けられる。

 仕方なく、言いたくなくてあえて隠していたことをハンナに打ち明けることにした。


「だって僕、今日ブラックポイズンを辞職したところだからね」


 そう。

 僕はブラックポイズンを今日辞職したばかり。

 当然、辞めた僕がハンナをブラックポイズンに入会させることなどできるわけないのである。


「え!?

 お仕事辞めちゃったの?

 どうして?」


 僕はこのとき、辞めた理由を正直に言うか、はぐらかすか少し迷った。

 なぜなら、これから冒険者になろうと思っているハンナに冒険者ギルドの劣悪な労働環境の話をしてもハンナのやる気を削ぐだけだからだ。

 しかし、ここで冒険者ギルドが実際どのような労働形態なのかをしっかり教えた方がハンナの為になるという考え方もある。

 親友のためを思うならどちらを取るべきか。


 迷っている僕を心配そうに見つめるハンナ。

 僕はそのハンナの綺麗な瞳を見て決心した。


「僕が働いていたブラックポイズンという冒険者ギルドは、俗に言うブラックギルドだったんだよ」


 やはり親友のことを思うなら、親友が職場選びを間違えないためにも正直に言うべきだろう。

 そう考えて正直に言うも、ハンナはこてんと首をかしげた。


「ブラックギルド?

 ブラックギルドってどういうこと?

 黒いギルド?」


 そうか。

 職場の労働環境をブラックとかホワイトなどと色分けするのはビーク王国内では慣例のようになっているが、聖ベアルージュ教国でずっとシスターをしていたハンナにとってはあまり馴染みのない言葉遣いだったようだ。


「労働環境を色で例えたんだよ。

 ホワイトはクリーンな職場で、ブラックはその逆。

 つまり、労働環境が劣悪ってことさ。

 例えば僕の場合なら、ブラックポイズンで働いていたときは休みなんて一日も無かったし、毎日ギルドマスターに怒鳴られたり殴られたり、がらの悪い冒険者達にいじめられたりもしてたんだ。

 挙句の果てには、無茶な仕事を押し付けられてさ。

 その仕事に失敗したら、ギルドマスターに「お前なんて辞めちまえ」なんて言われたもんだから、今日辞めてきたんだ」


 もはや半分愚痴だった。

 いままでこういった愚痴をこぼす相手もいなかったから、ついつい話に熱が入ってしまう。

 すると、ハンナはカウンターを両手の拳で叩いて立ち上がった。


「なによそれ!

 そんなギルド辞めて正解だわ、コット!」


 まるで自分のことのように怒って頬を膨らませるハンナを見て、僕の心は少しだけ満たされた。


「ありがとう、ハンナ。

 そう言ってくれると救われるよ。

 それに今日ギルドを辞めてなかったら酒場に来てハンナに会うこともなかっただろうし、本当に辞めて正解だったかもね。

 明日から僕も仕事を探すとするよ」


 自分で言っていて思い出してしまったが、明日からまた新しい仕事を探さなければならない。

 二十歳からできる新しい仕事なんてあるのだろうか。

 ほろ酔いながらも不安が頭を過ぎると、ハンナが急に身をかがめて僕に顔を近づけてきた。


「ねえ、コット。

 まだ仕事が決まってないなら、新しい冒険者ギルドを作らない?

 私、コットのギルドだったら安心して働ける気がする」


 ハンナの顔が近い。

 その愛らしい顔を見ると、なんだか顔が熱くなる。

 僕はハンナと目が合う恥かしさから、少し目線を逸らした。


「あ、新しい冒険者ギルドを作る?

 考えたこともなかったなあ……」


 面白い提案ではある。

 意外と提案自体は悪くないかもしれない。


 まず、冒険者ギルドを作ること自体は不可能ではない。

 ビーク王国の役所と冒険者ギルド協会に申請して許可が降りれば、誰でも冒険者ギルドを作ることはできる。

 それから冒険者ギルドを作るなら事務所として土地や建物を買わなければならないが、幸い十年間働いて貯めたお金があるため小さめの事務所くらいであれば購入可能だ。

 そしてなにより、業務に関しては僕のギルド職員として十年間働いてきた経験がかなり活きてくるだろうから、そういった意味でも魅力的である。


 僕がハンナの提案について頭の中で検討していると、ハンナが目を逸らす僕の顔を覗き込んできた。


「いまビーク王国で一番の冒険者ギルドがブラックギルドなんだったら、コットがホワイトギルド・・・・・・・を作っちゃえば抜かせるんじゃない?

 だって誰もブラックギルドなんかにお仕事を依頼したくないと思うしさ」


 僕は思わずハンナの目を直視してしまう。

 それほどハンナの言葉は魅力的だったのだ。


 これまでずっとブラックポイズンで働いてきて、何度ももっとホワイトギルドで働きたいと思った。

 無理な仕事を命令されず、質のいい冒険者が集まっていて、休日も当然ある、そんなギルドで働ければどんなに幸せなことか。


 もともとギルド職員としての仕事は好きだった。

 自分の仕事が多くの人のためになっているという感覚があったからだ。

 ブラックポイズンの労働環境があまりにも過酷すぎて仕事に嫌気を感じていただけなのだ。

 ホワイトギルドで働けるのであれば何も問題ない。

 

 それに僕が新しいギルドを作るとなれば、当然僕がギルドマスターになるだろう。

 ギルドマスターになれば、責任は多くなれどもできることは増える。

 雇う冒険者の選定からギルドの労働体制まで、決めるのは全て僕だ。

 それならばハンナが言う通りホワイトギルドを作ることも可能かもしれない。


 そこまで考えて、僕はにやりと口角を上げて立ち上がった。


「ハンナ!

 僕はホワイトギルドを作ってみたい!

 手伝ってくれるかい?」


 僕がそう言ってグラスを手に持つと、ハンナはニコリと可愛らしい笑顔を浮かべながら僕と同じようにグラスを両手で持ち上げる。


「もちろん!

 今日からよろしくね、コット!」


 酒場のカウンターに二つのグラスがぶつかる音が鳴り響いた。

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