第四話「十年間なにしてた?」

「ハンナはこの十年間、どこでなにをしてたの?」


 僕は店員のお姉さんにビークミードの入った新しいグラスを貰うと、一口飲んでからハンナに質問した。


「聖ベアルージュ教国って知ってる?

 私、そこの教会でシスターをしてたんだ」

「えっ……!?」


 まさかの回答に驚いた。


 聖ベアルージュ教国といえば、ビーク王国より遥か西に位置する宗教国家である。

 国がベアルージュ教という宗教を国教に定め、ベアルージュ教の活動を支援している。

 そのため聖ベアルージュ教国内には教会が多く点在し、神父やシスターとして教会に務める者も多くいる。


 なぜハンナが聖ベアルージュ教国でシスターをしていたことに驚いたかというと、神父やシスターのような神職はかなり人気の職業であり、そう簡単になれるものではないからだ。

 というのも、その背景には神職を務めることで神聖術という高位な能力を手にいれられることが関係している。


 例えばベアルージュ教の場合、神職者は神であるベアルージュに祈りを捧げることで自分や他人の怪我や病気を治すことができる神聖術がある。

 人の怪我や病気を治すという正に神がかった術を使えることから、「体調が悪いなら聖ベアルージュ教国へ行け」ということわざがあるくらいだ。


 冒険者界隈でもベアルージュ教の神職者は重宝される。

 パーティーに神聖術を使える者がいるかいないかではパーティーの生存率が大きく変わってくるため、ベアルージュ教の神職者というだけで色んなパーティーから引っ張りだこになるのだ。

 もしハンナが今からブラックポイズンに行けば、ボルディアにあの手この手で無理やり入会させられることはまず間違いないだろう。


 それだけ人気の職業であるため、神職を志す者は年々増えている。

 最近では神職に就くために聖ベアルージュ教国の門を叩く者があまりにも多いので、聖ベアルージュ教国は異国者の入国を制限しているという話だ。

 そのため異国人にとっては入国するだけでも一苦労であるし、もし運よく入国できたとしても神職者になるためには聖ベアルージュ教国内のいくつかある教会で神職者として働くことを認められなければならない。

 最近はどこの教会も神職者の枠は埋まっていて新しい神職者を募集していないようで、認められる以前に新しい神職者の枠が空いている教会を探すことすら大変だという話だ。


「ベアルージュ教会のシスターになれたなんてすごいね!」


 ただでさえなるのが難しいベアルージュ教の神職。

 ビーク王国の孤児院上がりのハンナがベアルージュ教の神職者になるなんて最早奇跡に近い。


「私は運が良かっただけだよ」


 首を横に振ったハンナは、昔を思い出すように目を細める。


「孤児院を追い出されてから一か月くらいは西区の路上で宿なしの生活を送ってたの。

 仕事が見つからないからご飯を食べるお金もなくってさ。

 あのときの私は身体が痩せ細ってて、本当にあともうちょっとで死ぬところだったと思うわ。

 でもそんなある日、いつものように仕事を探しに街をフラフラ歩いてたら、たまたまビーク王国に出張に来てたマザー・ウラ二カ様が私を見つけてくれたの!」

「マザー・ウラ二カだって!?」


 マザー・ウラニカといえば有名だ。

 この世界で唯一「聖女」の称号を聖ベアルージュ教国から与えられた女性である。

 神聖術を極めた人物だともっぱら評判で、彼女が起こした奇跡の数々は伝説としてよく耳にする。

 そんな大物の名前がハンナの口から出たことに驚きを隠せない。


「そうなの!

 マザー・ウラニカ様は職も食べる物もない痩せ細った私を見て憐れんでくださって、そのまま聖ベアルージュ教国まで連れて行ってくれたの!

 聖ベアルージュ教国に着いたら、マザー・ウラニカ様の助言で特別に教会のシスターにしてもらえて。

 それから十年間、マザー・ウラニカ様のもとで修行を積んできたわ!」


 僕はただただ開いた口が塞がらなかった。

 まさか親友がマザー・ウラニカなんていう伝説級の人物に拾われていたなんて。

 街の冒険者ギルドに拾われた僕とは天と地ほどの差である。


「ところでコットは十年間何をしていたの?

 私ばかり話していて疲れちゃったわ。

 コットの話も聞きたいな!」


 ビークミードをすすって喉を潤すハンナ。

 どうやら今度は僕が話す番らしい。

 

 ハンナの物凄い体験を聞かされた後に僕のつまらない経験談を聞かせるのは、あまり恰好がつかない気がする。

 聖ベアルージュ教国のシスターとしがない冒険者ギルドの職員とでは、それほど職業格差があるということだ。

 しかし、元をたどればお互いビーク王国の孤児院上がり。

 今更恥ずかしがることもないだろう。


「僕は孤児院を追い出された後、冒険者ギルドのブラックポイズンってところに拾われたよ。

 それから十年間ずっと冒険者ギルドの職員として今日まで働いてきたんだ」


 言っていることは間違っていない。

 実際、ギルド職員として十年間今日まで働いてきた。

 注釈を入れるとすれば、今日辞職したばかりのため現在の僕は無職だ。

 無職であることを言わなかったのは、せめてもの恰好付けである。


「え!?

 ブラックポイズンって、ビーク王国で一番大きい冒険者ギルドの!?」


 意外にもハンナはブラックポイズンというワードに食いついた。

 ブラックポイズンのことを知っているとは。

 冒険者ギルドに何か依頼でもしたいのだろうか?


「うん、そうだよ」


 僕は頷きながらビークミードのグラスを手に取ると、ハンナは目をキラキラさせながらこちらに身を乗り出してきた。


「コット!

 実は私、冒険者になりたいの!

 私もブラックポイズンに入れてよ!」


 僕は思わず飲んでいたビークミードを勢いよく吹き出してしまった。

 

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