第三話「幼馴染との再会」
「私はハンナ。
ハンナ・ローランドだよ」
女の子は笑顔で僕にそう言った。
僕はその瞬間、頭の中が真っ白になる。
ハンナ・ローランド。
その名前を聞いて遠い昔の記憶が一気に蘇ってきた。
十年以上前。
僕は親に捨てられた後、ビーク王国の西区にある孤児院に拾われ、そこで十歳まで育てられた。
そのときの僕には、今と違って親友と呼べるやつが一人いた。
その親友とは毎日孤児院でたくさん遊んだり話したりした記憶がおぼろげながらある。
一番記憶に残っているのは、僕が十歳の誕生日を迎えたときだ。
孤児院の決まりで、孤児院で育てられた孤児達は十歳の誕生日に孤児院を追い出される。
それは僕も例外ではなかった。
親友とは同い年だったが、僕の方が誕生日が何カ月か早かったため先に孤児院を追い出されることになったのだ。
その日、親友は僕と別れたくないとたくさん泣いてくれた。
そして最後に別れるときにはお互いハグをして「絶対また外で会おうね」と約束したのを今でもしっかり覚えている。
それから外に出て、働き口を探し、ブラックポイズンに雇ってもらい、辞職した今に至るわけだが、その間に仕事の合間をぬって親友を探したことも何度かあった。
だが親友は孤児院を出たあとどこか遠い異国の地に行ってしまったようで、見つからずじまいに終わってしまった。
またいつか会いたいとは思っていたが、ブラックポイズンの仕事が忙しすぎて中々探せなかった。
そして探さなくなってから何年か経ち、探そうとしているのは僕だけで親友は僕のことなんて忘れているかもしれないと思い始め、いつしか探す気も湧かなくなってきて最近では存在すら忘れかけていた。
その親友の名前こそが、ハンナ・ローランドなのである。
久しぶりに聞いたその名前に開いた口が塞がらなかった。
「き、君がハンナ……?」
僕は声が自然と震えてしまう。
それほど僕にとって衝撃的なことだった。
「ふふ。
十年ぶりだね、コット。
元気してた?」
僕の驚いた反応を見て面白そうに笑うハンナを自称する女の子。
僕は本当に目の前の女の子がハンナなのか確かめるようにまじまじと見つめる。
確かに、ハンナに顔は似ているかもしれない。
だが十年も経てば人は顔つきが変わるものだし、女の子は化粧もしている。
ただ、一つ自信を持って言えることがある。
それは女の子の髪色が僕の覚えているハンナとは全く違うということだった。
僕の記憶の中のハンナは黒髪短髪で、少年みたいな見た目の女の子だったはずだ。
こんな桃色で長い髪ではなかったはずであり、そこが僕の中の一番の違和感でもあった。
「ず、随分変わったみたいだね……。
ハンナだって気づかなかったよ」
女の子は僕の目線に気づいたのか、長い髪を指でいじる。
「私も孤児院を出てから色々あったからね~。
でも私は孤児院を出てから、コットのことを忘れたことは一度もなかったよ。
その証拠に……ほら!」
女の子は首にかけていたペンダントを取って僕に見せてきた。
ペンダントの先には小さな小瓶が紐で結び付けられており、その中には黒く変色しかけたボロボロの四つ葉のクローバーが入っていた。
「あ、それは……!」
その四つ葉のクローバーには見覚えがあった。
ハンナが九歳の誕生日のときに僕がプレゼントをしたやつだ。
ハンナのために必死で四つ葉のクローバーを探した懐かしい記憶が蘇る。
「あのときコットが前日の夜まで孤児院の裏庭で、私のために四つ葉のクローバーを探してくれたの知ってたよ。
私には『草むしりしてるだけだからあっち行け』なんて言ってかっこつけちゃってさ。
でも、嬉しかったなぁ」
昔のことを思い出しながら笑う女の子。
僕がプレゼントした四つ葉のクローバーを大事に持っていて、ここまで当時の記憶を鮮明に覚えている。
髪色こそ違うが、どうやら本物のハンナらしい。
そういえば孤児院でもハンナはよくこんな風に笑っていたな。
ハンナの笑顔が十年前の親友との記憶と重なり、僕は自然と涙がこぼれた。
「……ごめん、ハンナ。
僕は孤児院を出たあと何度かハンナを探したんだけど、どうしても見つからなくて。
仕事も忙しかったから、もう探すのを諦めてたんだ。
孤児院を出るときにまた会おうって約束したのに……」
僕はハンナの方を向いて頭を下げた。
ハンナに十年ぶりに再会できたことは素直に嬉しいが、それ以上に今日会うまでハンナのことを忘れかけていたことへの罪悪感の方が強かった。
ハンナの顔を見てもすぐにハンナだと気づけなかった自分が愚かしい。
「気にしないでコット。
私だって同じだったんだから。
この十年間生きるのに必死で、人探しなんてしている余裕は無かったの。
きっとコットも同じだったんでしょ?
それに、私は今日コットに会えたことがとても嬉しいよ。
十年ぶりの再会なんだしたくさん話そ?
美味しいお酒もあることだし」
ハンナはニコニコと笑いながらグラスを持って僕に見せる。
そのハンナの笑顔に僕の心は救われたような気がした。
手元のグラスを見れば先ほど一気飲みしたせいでハチミツ酒は空になっている。
それを見て僕は勢いよく立ち上がった。
「すみません!
ビークミードのおかわりお願いします!」
僕が叫ぶと遠くで空グラスを運んでいた店員のお姉さんが「はいよ!」と大きな返事をしてくれた。
それを見て再びハンナはクスクスと可愛らしい笑みを浮かべるのだった。
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