第六話「新ギルド始動」

 酒場でハンナと出会ってから一か月が経ったある日。

 僕とハンナは、ビーク王国東区郊外のとある建物の前に並んで立っていた。


「これが私達の新しいギルドかあ……!」


 酒場で会ったときと同じ白いワンピースを着たハンナが、隣で嬉しそうに上を見上げている。

 僕もハンナに合わせて上を見上げた。


 目線の先には二階建ての木造の建物が立っていた。

 このあたりでは少し目立つ程度には大きい建物。

 今日からここが僕らの職場である。


 一か月前にハンナに新しいギルドを作ろうと言われてから、僕はギルド設立に向けて毎日準備を進めてきた。

 新しいギルドを作るために必要な申請書類を役所に届けたり、冒険者ギルド協会に行って新ギルド設立の許可を貰いに行ったり、ギルドの事務所にできそうな物件を探したり。

 そしてついに申請は受理され、いよいよ冒険者ギルドの営業をスタートすることになったので、先日購入したこの建物にハンナを呼んだのである。


「さあ、入ろうハンナ」


 僕は建物を見上げてポカンとしているハンナを呼びながら、入口の扉を開ける。

 扉を開くと、二階まで吹き抜けになっている広々とした空間が目に入ってきた。


「わあ! 広いね!」


 ハンナは手を広げながら、楽しそうに周りを見渡す。


「元々酒場だったところを改装したんだ。

 ここのオーナーだった人が土地ごと譲ってくれてラッキーだったよ」


 実際、僕の貯金残高ではこんなに大きな建物を買える余裕はなかった。

 しかし、この酒場を経営していた元オーナーの方とは昔ブラックポイズンの仕事で関わったことがある顔見知りの方。

 もう歳で仕事を続けられなくなってしまったようで、思い入れのあるこの酒場を放置したくなくて誰かに使ってほしかったそうだ。

 そんな中、僕がギルドの事務所として使う建物を探しているという話をどこからか聞きつけたらしく、連絡をもらったのである。


 交渉に出向いてみれば、ほとんどタダに近い値段で土地も建物も譲ってもらってしまい、本当にラッキーだった。

 まさか、こんなに広々とした綺麗な建物を頂けるとは。


 広々とした空間を生かし、奥にギルドの受付用のカウンター、入口から見て右側には受注依頼を張り付ける掲示板を設置した。

 また、元酒場というだけあって、大人数で囲んで座れる大きな丸机がいくつか並んでいたり、入口から見て左側にはバーカウンターまである。

 しかもカウンター内の棚にはお酒やグラスがいくつも並んでおり、今すぐにでもバーとしてお店を開けそうなレベルだ。


 並んでいるお酒は元オーナーのご厚意によって頂いたものである。

 開業祝いにお酒は置いて行くから好きに飲んでくれ、とのことだったのであそこに並ぶお酒はあとで美味しく頂こうと思っている。


「開業おめでとう!

 コットギルドマスター・・・・・・・!」

「……!」


 そうだ。

 僕はついにギルドマスターになったんだ。

 頭では分かっていたつもりだったが、ハンナに言われてようやく実感が湧いてきた。


「あ、ありがとう、ハンナ。

 でも、ギルドマスターって呼ばれるのはまだ慣れないや。

 ハンナは今まで通り、僕のことをコットって呼んでくれると嬉しいかな」


 幼馴染であり親友のハンナにいきなりかしこまられると恥ずかしいのである。


「ふふふ。

 分かった、コット。

 これから一緒に頑張ろうね!」


 僕の手を取って、にこりと笑いながらウインクするハンナ。

 そのハンナの可愛らしい笑みと、ハンナの温かい手の感触で心臓がバクバクと鳴り始める。


 いかんいかん。

 落ち着け、コット。

 僕は今日からギルドマスターなんだ。

 これからギルドの冒険者となるハンナを色目で見ているようでは、決してホワイトなギルドなんて作れるはずもない。

 ギルドの冒険者に手を出したらボルディアと変わらないぞ。


 頭の中で自分にかつを入れる。

 それと同時にブラックポイズン時代のボルディアの女癖の悪さを思い出す。


 ボルディアはギルドマスターという地位を使ってブラックポイズンの女冒険者や受付嬢に手を出しまくっていた。

 そして自分と寝なかったら仕事を振らないと言って追い詰め、多くの女性を自分のものにしていた。

 当然逃げ出す女性も多くいて、ボルディアのせいでブラックポイズンの半数の女性がギルドを辞めてしまった。


 そんな最低最悪なギルドマスターを見てきたからこそ、僕はギルドの女性には手を出さないと決めている。

 だからどんなにハンナが可愛くても僕がハンナに手を出すことはないだろう。

 もっとも、奥手な僕が今まで女性に手をだせたことなんてないのだが、それは置いておこう。


 僕はこれからホワイトなギルドを作るんだ。

 ギルドの風紀を乱すなんてことは絶対にあってはならない。


「ところで、コット。

 ギルドの名前はもう決まっているの?」


 待ってました、と言わんばかりの質問だった。


「もちろん!

 ちょっと待ってて!」


 僕はすぐにギルドの受付カウンターの方へと向かい、用意していたあるモノを両手で持つ。

 そしてそれをハンナに見えるように掲げた。


「ホワイト……ワークス?」


 僕が掲げたモノを見て、目を細めながら読むハンナ。


「そう!

 これが僕達のギルド『ホワイトワークス』の看板だよ!」


 ハンナに掲げて見せたのは、鍛冶屋さんに特注で作ってもらった白く塗装された鉄製の看板だった。

 そこには「ホワイトワークス」と文字が彫られていて、あとで事務所の入口に飾る予定だ。


「ホワイトなギルドでお仕事できるって意味でホワイトワークスってことね!

 いいわね、気に入ったわ!」


 気に入ってもらえたようで何よりだ。

 看板を作るのに多少お金もかかったのだが、作ったかいがあったというものである。


「じゃあ、ハンナ。

 ホワイトワークスの冒険者として、今から一緒に最初の仕事をしようか」


 ハンナはこてりと首をかしげた。


「最初の仕事?

 一体なにをするの?」


 冒険者経験の無いハンナが分からないのは仕方ないが、ちょっと想像すれば分かる話だ。

 出来立てほやほやの冒険者ギルドが最初にやる仕事なんて一つしかない。


「それはもちろん、仕事探しだよ」

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